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お茶の時間にしましょうか


 メガネを外し、見回してみる。

 意外なことに敵意を示す赤黒い色が無かった。

 亀なんとか君、真っ青。ヤジ娘は黒。

 つかパイセンが一番赤いという恐怖。

 他は紺色から紫色が多い傾向。

 灰色もぽつぽつ。

 伊藤さんとテロっ子は変わらず。ブレないなあ。

 お前ら二人はいい加減ピンクやめろ。

 では始めよう。


「周防、兄貴に電話、繋いでくれないか?」


 ばっと視線が集中する。

 みんな反応良すぎ。

 アイツの連絡先を唯一知る弟だ。休み時間にちょくちょく廊下へ呼び出されていたようだが、軒並み断っていたのだろう。


「えっ、いやあ、この時間はちょっと……」

「今ならまだ起きてるだろ?」

「起きてるけど、ほら、きっと今はアレな感じなんだよね」


 丁度いいじゃねえか。

 お前の兄貴の方がよっぽど期待を裏切らねえよ。


「時間もない。今はお前だけが頼りなんだよ」

「ぼ、僕だけが?」


「お前だけだ。頼むよ。スグル」


 キラッキラになってスマホを取り出してぱぱっと操作しだす。

 ちょろいぞ、スグル。

 俺は腕をのばし、呼び出し中のスマホを借りる。

 ひょひょいっとスピーカーをオン。


「え、ちょ、ユキト君!」


 ボリュームアーップ!

 狼狽える弟をよそに、テレンコテレンコ……。

 出やしねえ。


「で、出られないみたいだね、また今後にしようよ!」


 実験タイム。

 海の向こうでも『宣告』は使えるのか?


「はやく出ろ」

 遠慮なくブッコロすと口ずさんでやった。


 呼び出し音が鳴り止み、ガッ、ゴッとなにやら落とした音。

 続いて、


 “hmmm…, Oh, I love it, Ahhhhhh! Ah! come on, come on!”


 最高のバックグラウンドボイスが多目的教室へ響き渡る。

 そっちのエロ目的ベッドルームは最高潮かよ。


「「いやああ!」」


 こっちはこっちで断末魔の叫び声が飛び交う。


「黙れ。全員席を立つな。黙って聞け」


 ちょっと強めに言ってしまったがもう遅い。

 耳を塞ごうとした手が途中で止まったやつもいる。

 会議で意見の一つも言えないガキどもがこんな事だけ奇声を発するのにちょっとイラついた。俺もオトナゲない。


 “Sorry, I've got an important call.”

 ガサゴソとノイズ音


『スグル〜。この時間は電話するなと言ってるだろう』


「国際交流の最中に悪いな」


『あれ、ユキト君なのか。珍しいね、君から電話なんて』

「お前が学校辞めた事でさ、馬鹿どもが騒いで後任の早坂生徒会長が困ってんだよ」


『そうか。君が会長補佐役になったって聞いたよ。申し訳ないね』

「べつに。望んでやってることだ」


『早坂さん、手強いでしょ。僕は結局手も握れなかったよ』

「そうなのか? 付き合ってたんだろ?」


 彼女に握られた手を観衆に見せつけてみる。


『彼女と一緒にいると女の子達が寄って来なくなるからさ、虫除けとして便利にさせてもらっただけ。僕は付き合ってみたかったけどね』


「へえ。学校で堂々とキスしてたって聞いたけどな」

 宙に浮かせた彼女の手が俺の手ごと顔に当たってくる。

 首が後ろに仰け反った。


『キス? ああ、あれか。おでこにね、ちょっとしたスキンシップだよ。あのあと早坂さんから気持ち悪い事するなって言われて、流石にショックだったなあ』


 俺も顔面にショック。鼻血出てたりしない?

 しかしアイツらしくもない。強引にやれば拒絶されるのも分かっていたはず。だとすれば、


「誰かに見せつけるためか?」


『さすが鋭いね。あの時、平田先輩という男がいてさ。早坂さんに夢中で僕のお願いを全然きいてくれないものだから面白くなくてね。彼の心を折るため目の前でやったんだ』


「そりゃ気分良かったろ」


『まあね。でも、今は反省してるよ』


 アイツの言ったことはそのまま事実なのだろう。

 だが言葉を省くことでバイアスを誘導している。

 そう思ったら、なぜ彼女が過去の事で過敏に反応するのか少しわかった気がした。


 気にしていなかったはずなのに、わかってしまったその理由が急に胸の中をざわつかせる。頭の中にくだらない想像が湧き出して止まらなくなってしまった。

 動揺で気持ちが途切れそうになるのを無理矢理に堪えて意識を戻す。



『それで、僕は何をすればいいのかな』


「みんなの前で二つほど質問に答えて欲しい。お前の口からじゃないと誰も信用する気がないらしいんだ」


『構わないよ。いつがいい?』


「今。文化祭実行委員会で揉めてる最中だから」


『あははっ、そうか、これ、みんな聞いてるんだね。ユキト君、僕が喜ぶ事をよくわかってるじゃないか』


「悪いな。国際交流しながらで構わないからさ、頼む」


『いいねそれ。でもみんなには刺激が強いかな』


 向こうでマジもんのキスの音がする。

 “Wow. … is getting rock hard,”

 海の向こうの子猫ちゃんは大喜び。

 英雄色を好むと聞くが、コイツは大物になる予感しかしない。


「一つ目。高校を退学した理由について」


『それこそユキト君が好きに言ってくれていいんだよ?』


「俺はあの日に清算を済ませた。お前の事を誰に語る気もない。だが、お前が彼女を孕ませて逃げたなんて考えるアホが実在するんだよ」


『僕が彼女の尊厳を傷つけたわけだね。わかった』


 みんな、よく聞いて知っておいて欲しい。

 長嶺行人君のイジメを最初に始めたのは僕だ。

 当時の僕は学校を潰す目的で色々手を尽くしていて、いじめ問題を起こすのもその一環だった。みんな想像以上によく手伝ってくれたから感謝していたよ。

 だけどついこの間、僕はユキト君のおかげで行動する理由がなくなった。

 全てを壊さなければ果たせないと思ってた願いが、呆気なく叶って、僕の中は空っぽになったんだ。

 だからもう学校に通う必要もないと思って、退学した。

 これが一つ目の回答。でも、これじゃ分かりにくいね。

 早い話、捕まりたくなくて海外へ逃げたと思って欲しい。


「二つ目。今でもウチの文化祭を中止にさせたいか」


『ノー。さっき言った通り、もう理由がない』


「以上。質問ある人手を挙げて」


 なし。

 後ろに控えるお嬢へ振り返り、ヤジ娘を指差す。

「新庄さん」と名前を教えてくれた。


「新庄って人が、お前をそっちまで追いかけて行きそうなんだけど」


『ああ、それはご容赦願いたいかな』


 そのままお嬢へスマホを渡すと、躊躇いなくヤジ娘の膝元に置いた。


「……。本当に、アラタ君なの? 嘘だよね?」


『ごめんね』


「早坂なんかより好きだって言ってくれたのに、なんで?」


『なんか、とは言ってないね。えっと、新庄さんだっけ? 全員は覚えてないけど、その時は一番好きだったよ。どの子も一緒になれた時は喜んでくれたし、僕も心から嬉しかった。それは本当だよ』


 俺もそんなん言ってみてえ。

 クソ。今別行動してるアイツの下半身に繁殖活動終了を宣告してやりたい。


 ヤジ娘、黒色さえ失い闇の中へ。

 そもそもこの娘、昨日はアイツの退学を嘆く友達のために怒っていたと思ったのだが、実のところ自分だけのオトコにするため必死だったわけか。

 黙って正座してりゃ同情もしてやったんだが。

 人柱ご苦労。


 お嬢が軽快なステップでスマホを回収してきた。

 恐ろしい子よ。


「あとは、亀なんとか……。おい、ふざけんなよ」


 涙ボロボロ流してやがる。

 泣くくらいなら最初から仕掛けてくるなと本気で頭に来たが、ここで壊してしまっては文実の人員を新たに確保しなくてはならなくなる。

 せいぜい使い潰してやるから覚悟しろと念を送ってこの場は堪えた。


「要件は済んだ。夜分にすまなかったな。それじゃ、Go ahead. このまま繋いでおくか?」

『お願いできるかい? カメラもオンにしよ……』

 我がお怒りの女神がスマホを持ち主に向かって放り投げた。

 終了。


「資材と備品の問題は解決することを前提に各自で準備を進めてもらいたい。そして亀山。生徒会長に対する誹謗中傷の数々は生徒会として到底看過できない。後日の謝罪と、文化祭実行委員長として責務の全うを強く要求する。本日は以上で終了します。解散」

 最後、イケメン書記君が御奉行様然となって全部持ってった。

 マジ嫉妬しかない。


 と思ってたら誰も立たない。

 じゃねえよ、俺の宣告縛りで立てないのか。

「はい皆さん静かに解散ですよー」

 間抜けな声で上書いて退場を促す。殆どが呆然とした顔のまま立ち上がって無言のまま去っていった。唯一睨みつけてくるパイセンに手を合わせてこの場はご容赦いただく。なんかもう俺だけ格好悪すぎなんだが。

 隣の彼女が席を立とうとしないので、お嬢や舎弟にも先に帰ってもらった。


 やたら広い空間に二人だけ残ってみると、やはり落ち着かない。

 どんと来いと言った手前、多少の手荒な仕打ちは覚悟しているものの、沈黙だけが続いて一向に手が出てくる気配がない。

 時折、何か言おうとする息遣いだけが聞こえて、続きを待つ。


「戻ってお茶の時間にしましょうか」


 痺れを切らした俺が切り出したが、反応がない。

 もう少し疲れを労ってからだなと思っていると、彼女が立ち上がった。


「わたし、今日は帰るね」


 きつい思いをさせてしまったか。

 申し訳なかったと感じる反面、このくらいで弱ってしまう彼女にどうしようもなく苛立ちを覚えてしまう。

 そんな身勝手な感情を表に出してはならない。

 黙って見送るべきだと頭ではわかっていた。


「あの人の声を聞いて、やっぱり恋しくなりましたか」


 背を向けたまま足を止めた。拳を握っている。


「怒るよ」


「すみません。悔しくてつい、意地悪を言ってみたくなりました」


 不本意ながら直近で言葉のチカラを思い知っている俺は、いかような言葉にも聞こえてしまう沈黙を恐れるようになってしまったのかも知れない。何も言葉を交わさないまま彼女と離れることが耐え難かった。

 だからといって、何を投げつけてもいい訳じゃない。

 立ち上がり、素直に伝えなくてはと思い直す。

 彼女に近づこうとすると、それを拒むように言い返される。


「悔しいのはわたしの方なんだよ。わからないだろうけど」


「わかりません。じゃあどっちの方が悔しいのか、勝負しましょう」


「そういうのやめて」


「なら、俺の気持ちだけでも聞いておいてください」


「やだ」


 つま先が出口の方向に向かう。


「今、俺の頭の中、千代乃さんと『あの人』がベッドの上でイチャついてるところの想像が止ま」


 乾いた音と共に俺の頬が消えて無くなった。

 と思うのは二度目。


「最っ低!」


 確かめると頬の肉は残っている。

 彼女の指の骨が折れてやしないか心配になる。

 ああ、沁みる。やっぱり痛えよ。


「たった一ヶ月前なのに、懐かしいな」


 あの時の俺なら、こんな幼い感情を抱くなど絶対に良しとしない。

 自分を俯瞰的にとらえてあるべき大人の姿へ律することのできる、堅牢な心の持ち主だと自負していた。

 それがどういうわけか、この短い間のうちに笑えるほど脆くなっていた。

 あまりに情けなくて、あまりの格好悪さに呆れて、床に座り込んでしまう。


 それでも、今の俺に沈黙は許される事じゃない。

 どれほどみっともなくとも言葉で晒すべきなんだ。

 固くなった唇を無理やり開いて、この幼稚な心を声にする。


 別に千代乃さんがアイツとキスしてようと抱かれていようと、過去の事はどうでもよかったんです。それは今でもそう思ってます。

 さっき、アイツは千代乃さんのことを一度も悪く言わなかった。

 みんなの前でキスしたって話も、嘘は言わなかった。

 だけど、わざと言葉を削った。「誰の為なのか」を言わなかった。

 俺も最初はアイツの憂さ晴らしのためだと思い込んだ。

 でも違った。千代乃さんだけは正しく理解した。

 そのキスは、警告しても全然言う事をきかない男から千代乃さんを守る為だった。

 違いますか?


 千代乃さんの事だから、最初から気付いてたでしょ。

 わかってて、迷惑そうな顔しながら、守られていたんだ。

 そのうち、それが当たり前になって、心地よくさえ感じて、『あの人』の優しさに期待してた時があったんじゃないかな。


「お願い、やめて」


 でも、それだって過去の話。俺にはどうでもいいはずだった。

 それなのに、未来が頭に浮かんできた。

 アイツがここへ戻って来て、あっさり千代乃さんを持っていかれる俺の姿が。

 絶対に誰にも渡さないとか空回りして、滑って転んで、千代乃さんとアイツの仲睦まじいところをまざまざと見せつけられる、滑稽な俺の姿が。

 近寄っても顔さえ合わせてもらえないんですよ。

 ちょうど今みたいに。

 俺、予知能力あったんですかね。


 ひとりで昼メシ食ってる俺の姿がさ、

 胸に刺さって痛くて痛くて笑えた。

 どうにか平静を装ってましたけどね、

 実は胸ん中、血だらけなんですよ。


 なのにさ、

 こんなにきつい思いしてる俺を放ってさ、

 今日は帰るとかなんだよ。

 意地悪のひとつも言いたくなるじゃんか。


 俺の気持ちを聞くだけもやだとかさ、

 もうアイツの声しか聞きたくないのかよ。


 そんな簡単に気が変わるんだったらさ、

 へんな勘違いさせないでくれ。


 俺のことを思っておにぎり作ってくれたとか、

 思いっきり喜んじまったじゃねえかよ。


 俺がどう足掻いたって無駄なんだ。

 そんなの最初からわかってたさ。


 わかってるのにさ、

 ぜんぜん、どうでもよくなかった。


 ああ、くそ、きっつい。

 なんなんだよ、これ。

 ガキかよ。



 もう自分が何を口走ってるのかもわからない。

 俯いているうちに床へ滴が落ちて、

 泣いてることに気付いた。

 信じられない。

 本気で泣くなんていつ以来だよ。

 二十年ぶり、もっとだろ。

 いい歳こいて何やってんだよ、

 どうなってんだよ、アホかよ俺。


 みっともないにも限度ってものがある。

 彼女へ顔を向けることさえできないでいると、

 目の前に影が被さってくる。

 床に膝立ちとなった彼女が俺の頭を胸に抱いた。


 くそ、こんな時でもやっぱりいい匂いしやがる。


「ごめんなさい」


 謝りながら頭の高さを同じにした彼女は、俺の肩に顎を乗せて腕を後ろに回し、精一杯の力で抱きしめてくれる。


「ごめんね。帰るのやめる。お茶しよ」


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