怪物に食われてしまうわよ
青春テロっ子富田、結構な前科持ちだった。
夏休み前の出来事。
テロっ子の座席が周防と近かったおかげで、暇さえあれば寄ってくる取り巻き女子連合の騒がしい声にうんざりしていた日々。
あるとき、文化祭の企画で周防の執事姿が見たいと話が盛り上がり「じゃあ君たちはメイドだね」という流れが起こる。そのまま仲良し同士で済ませていれば良かったのを周防が突然、「富田さん、メイド長やってくれないかな」と言い出した。
———— は。なんでアタシ?
———— だって富田さんカワイイし、人気あるし
「周防お前、真性のアホだな」
「アホなんだよ」
テロっ子が深く頷く。
当然その場で断ったが、想像するまでもなく、その日から取り巻き女子連合からのヒステリックアタックが始まった。元々女子集団の中で行動する習慣の乏しかったテロっ子だからハブられても実害はなく、わざと聞こえる陰口や嫌味を不快に思う程度で済んでいた。
我慢ならなかったのは相変わらず騒々しく鬱陶しいのと、少しでも席を外していると勝手に座って占拠されてしまうこと。
いい加減にしろと限界にきたところで周防のダメ押し。
———— やっぱり富田さんにメイド長やってほしいんだよねー
ついにキレたテロっ子。火薬を点火した。
———— ならさぁ。周防がアタシのカレシになってよ。そしたら考える
———— えっ、ホント? なるなる、付き合っちゃおうよ!
「周防お前、真性のクズだな」
「クズなんだよ」
あっさり持ってかれて固まる取り巻き女子連合。
———— じゃあ、カノジョからさっそくお願いなんだけどぉ
———— なんだい?
———— その子たちうるさいから、外でイチャついてくんない?
さすがに空気読んだ周防。
その場は素直に離脱したので、仮初めの平穏を得られた。
だが、ヒステリックアタックはより陰湿で過激なものへと加速していく。
「廊下とか体育で足引っ掛けてくるじゃん。だから足首に画鋲巻いたりしたー」
テロっ子、戦士だった。
しかもリケジョ思考の反撃は止まらない。
定めた戦法は秤量攻め。
休み時間の度にカレシを連れ回し、取り巻き女子連合から完全に周防を取り上げた。その上で、意志の弱そうな子から誘って寝返りさせていく。順番を決めて周防と二人きりにさせるというメンバー加入特典は効果テキメンだった。
あっという間に富田派は勢力を拡大。
取り残されたのはリーダー格で最も執拗で陰湿な高見沢さんとか、タカミサワさんとか、たかみさわさん。
完全勝利のまま夏休みへ突入。までは良かった。
テロっ子、夏休み中に学校から呼び出され事情聴取される。
学校へ匿名のタレコミがあった。
P活していると。
マッチングアプリでテロっ子の顔写真を使って成りすまし、待ち合わせをすっぽかす行為を繰り返した奴がいた。待ちぼうけくらってアタマにきた男がスクショの顔写真をSNSに載せたらあまりにカワイイと評判で、「これは釣られる夢がある」とバズって発覚。
疑わしきは高見沢さんとか、タカミサワさんとか、たかみさわさん。
つまりマッチポンプならぬマッチガソリンをやらかしてくれたようだ。
全て同一人物の仕業なのは言わずもがなだが、証拠がない。学校側も制服まで写っている以上、発信者開示請求も辞さない事案であるのに、その元凶が学内生徒であることを察知すると沈黙に徹したという。
「泣き寝入りか」
「それ。ほんとにね、しょーもない」
周防のメイド長発言から始まった被害は甚大だった。
これは謝ってどうにかなる問題じゃなかったな。
「富田さん、本当にごめん。やっぱり僕たち別れよう」
「あーはいはい。さよならさよなら。バイバイ」
はやくもイメケン小僧を使いこなす自信がなくなってきた。
女に刺されて死ぬヤツって、リアルでこんな感じなんだな。
ある意味本物見て感動さえあるよ。
「ピーカツってどんなものなの?」
純度100%の質問。
「お前ら。くれぐれも、伊藤さんを汚すなよ?」
反射的に威嚇してしまった。
「う、うん」「あ、ね、あはは……」
ほんの少し宣告が漏れてしまったようだ。
メガネをしていなかったら失神させてしまったかもしれない。
「伊藤さん、新学期って席替えないのかな?」
「そういえばそうね。あると思う」
慌てて別の話題を振って誤魔化す。
「なら、俺から黒澤、先生へ相談してみるよ」
「そう。よろしくね」
セーフ。
伊藤さんは世界遺産に住まう特別天然記念物並みに保護されるべき存在。しかも学習能力がAI並みに優れている。
決して歪む社会の深淵を覗かせてはならない。
そして男のパンツの闇を覗かせてはならない。
「次は静かな席になるよう頼んでおくよ」
テロっ子へ宥めるように笑いかける。
色々災難だったけども、高見沢さんの方は杉田Bがケア(矯正)してくれるだろうし、周防の方は俺がケア(酷使)していくから、今以上悪くはならないと思う。
だから心置きなく青春を謳歌してくれたまえ。
そして俺には絡まないでくれたまえ。
「ね、もしかして。さっきのイジメアクティビティってアタシのためだった?」
俺の腕に絡まないでくれたまえ!
「もののついでだよ。俺も周防の不用意な発言で頭にきてたし、ちょうど富田さんが怒ってたから、少し懲らしめてやっただけ」
「アタシ怒ってた?」
テロっ子が振り返って確かめるも、伊藤さんは首を傾げるだけ。
周防は頭を抱える。
本人からしたら全く悪気がないので、反省点が浮かばないのである。犬は時間が経ってから叱っても、どうして怒られたか分からず調教にならないって言うしな。
やらかしたその場で締め上げての反復学習を心掛けよう。
犬の俺ができるか知らんけど。
「少ししか知らないとかぁ、超嘘つきじゃん。ね、早坂先輩よりアタシ狙おうよ、落ちるかもよ?」
かもよテロ。
条約で禁止された兵器を使いやがった。
「え、遠慮しとくって。てか、なんでついてきてるのかな」
「文実? 伊藤さんの付き添いだけど」
「そうだったのね」
伊藤さんも今知った新事実。
そうこうしているうちに、というか、漸く多目的教室のところまで来れたと思ったら、教室前後の出入り口付近に人集り。女子の割合が圧倒的に多いので、埋もれていた君島をすぐに見つけることができた。
どういう状況なのか説明させると、文実委員長の亀なんとか先輩が生徒会相手に難癖つけてやり合ってる状況だと言う。周防アラタの名前が挙がった時点で、この有象無象の理由も大凡把握した。
「つかなんだよソレ。学年人気トップの富田さんまであっさり周防から奪い取るとか、師匠、凄すぎかよ」
「そーそー、奪われちゃったぁ」
テロっ子、俺の腕を一層引き寄せてノリノリの調子。
人気トップか。まあ、そう言うならそうなんだろう。
俺にとっては、女神かそれ以外でしかないから、その辺はよくわからん。
腕を掴む指に俺の手をそっと当ててほどいてもらう。
「ここから先は見ていて気分のいいものじゃないよ。帰った方がいい」
「ええっ、面白そーなんだけどお」
時代劇の成敗みたいな爽快なものじゃない。
腐った部分を切って捨てる作業なのは同じなんだけどな。
突然、バンと何か叩く音が壁の向こうで響いた。
怒鳴り声が続く。
「君島、伊藤さんを中へ入れてやってくれ。周防は俺と一緒に前の方から入るぞ」
ここで俺の気持ちがわからないほどの二人じゃない。
黙って頷いて分かれた。
「ふざけんなよ、どヘンタイ委員長が!」
「おいおい。それが先輩への態度かよ。犬だって上下関係知ってんのによお」
「どこがセンパイだっつの。ただの老けたクソオスじゃねえか」
「そう言うお猿ちゃんも真っ赤になって発情期かよ。クソオスも近寄らねーから欲求不満なんだな。かわいそーに」
「もっぺん言ってみろこの野郎!」
「神木さん、抑えて」
「でもさあ!」
「大丈夫。大丈夫だから」
軽音部の代表として出席していた神木莉愛が、一方的に中傷を受ける親友を見兼ねて声を荒げた。エスカレーションは亀山を喜ばせるだけだと分かっていても、親友が自分のために怒ってくれるのをすぐには止められなかった生徒会長。
それでも席を立ってしまった時点で遮るしかなかった。
亀山は周囲から非難を浴びる度に、周防アラタのカノジョがしっかりしていないからだ、責任を果たしてないからだと、こじつけの理屈を並べる。
そんな亀山にとって想定外だったのは、当のカノジョが異常に打たれ強いこと。どれだけ揺さぶっても顔色ひとつ変えず、周防アラタとの関係を否定し、問題解決の協力を乞う対応を繰り返している。
不毛なやり取りを続けこのまま時間切れになっても目的は果たせた。
しかし、ここには頭の固くなった亀山を諭してくれる相棒が居ない。
自分ひとりで終わりにすることへ執着する。
「つうかさ、周防はなんで学校辞めたんだよ。そこんとこ、どうなのカノジョさん?」
亀山はとっておきの急所狙いだと言わんばかりに攻め手を変える。
「亀山、いい加減にしろ。生徒会長に対するその非礼は生徒会への侮辱であると思え。それ以上続けるなら我々も相応の対応をとる」
論点の飛躍があると予想していた篠田は、この場に賛同者を出さないよう強い警告を発した。これに生徒会長は淡々と続く。
「何度も繰り返しますが、私は周防先輩の個人的事情を知る関係にありませんので、質問に答えようがありません」
「そうやってトボけてたって俺は構わないんだぜ? でもさ、ハッキリさせとかないとさ、『カノジョのせいで周防新が学校辞めた』なんて噂にならないか、心配なんだよなあ」
さも何か知っている風の顔で煽りを加える。
これには周囲がざわつき始めてしまい、篠田が小さく舌打ちする。
それでも冷静でいられた花岡は、外の空気が変わったことに気付くことができた。
「亀山君、そのくらいにしておかないとアナタ、怪物に食われてしまうわよ?」
「ハハッ、笑わせんなよ花岡、怪物とか。脅しにもなってねえぞ」
「あら。同学年のよしみでせめてもの親切なのだけど」
わかってもらえなくて残念ね。
そう呟きながらゆっくりと席を立つ。
若干の不安な表情を見せて見上げる生徒会長に余裕の笑みで「よく頑張ったわね」と肩を叩くと、席の後ろ側に控えた。
「それで亀山君、カノジョのせいで学校辞めるって、どんな理由があるのかしら?」
なぜか扉の方を見ながら、亀山の煽りに乗ってみせる花岡。
花岡の不可解な態度に違和感を覚えながらも好都合と攻め入る。
「そんなの俺の口から言わせんなよ。カノジョから男が逃げ出すなんて、だいたい決まってんじゃん。アレに失敗して責任問題ってやつ? 知らんけど」
亀山は相棒が居ないおかげで誘導されたことに気付かず、一線を越えてしまった。
それは、絶対に犯してはならない罪。
女神への冒涜。
教室の扉が勢いよく開かれる。
現れたのは、
「そういう事なの? ねえ、そういう事なわけ?」
昨日の始業式で野次を飛ばした女。
その顔をしっかり目に焼き付けていた生徒会長は、瞬時に我慢の限界に達して歯を食いしばる。
「そうまでしてアラタ君を他の女に取られたくなかったんだ。ハハハッ、サイテーだね。でも結局逃げられるとか、バッカじゃな」
突然声が途切れ、床に崩れ落ちた。
「バカはあなたですよ。そこで正座」
頭の上から掛けられる言葉に全身を震わせながら従う。
やって来た怪物を柔らかい笑みで歓迎する花岡は生徒会長の隣席を案内すると、背後からチクリと嫌味を言う。
「遅かったのはわざと?」
「まさか」
続いて来た周防優が扉を開けたままにして立つ。
「えっと、失礼しました。続けてください」
間の抜けた声が、その場の全部を止めた。




