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大丈夫。

 書記の篠田も亀山の態度に厳しい目を向ける。

 ある程度の事情は把握していても同情する気は微塵もない。


 文化祭実行委員長の亀山は野球部の部長を兼任する。

 強豪と呼ばれた野球部の部長と言っても有名無実。昨年の文化祭の後、周防新の告発により野球部の監督と一部の部員が文化祭売り上げ金を横領、賭博にも関わったことが発覚。

 監督は罷免され、野球部自体が無期限の活動停止処分となった。

 その後は定期的な地域奉仕活動を課せられ、殆どの部員は退部した。


 亀山は形式だけの野球部代表として行事委員に加わり、慣例だけが残って文化祭実行委員長の任を受けるという損な役回りとなってる。

 そうした背景を理解している花岡と篠田は、亀山がモチベーションなど持ち合わせているはずもないことを承知していた。

 だから生徒会の御膳立てに全て従えと言えば、ある程度の抵抗を見せるだろうとは予想していたのだが、此の期に及んで悪足掻きを演じてくるとは思っていなかった。


「冗談はよせ。採決は済んだ。潔く責任者として仕事をしろ」


 篠田は生徒会書記役としての仕事を終わらせたつもりで、他所行きの面を脱ぎ捨て亀山に引導を渡す。


 しかし、亀山はあくびをしながら資料をぱらぱらとめくり、酷くつまらなさそうな顔で頬杖をついて逃げ口上を始める。


「つったってよお。ここに書いてある資材とか備品とかさ、半分も残ってないと思うぜ? これで責任者やれって言われても困るんだよなあ」


 これは篠田も初耳で絶句した。

 大概の情報は掴んでいると慢心があった自分に苛立つ。


「どういう事か教えていただけますでしょうか。亀山先輩」


 ざわつく中、唯一動揺を見せなかった生徒会長が説明を求めると、亀山は歯を見せて喜び、当時の事実を教える。


 去年の文実が売上金を使い込んだ事件は知ってるだろ。主犯だった文実の連中がさ、まあ野球部なんだけどな、使い込みがバレそうになった時に資材とか売っぱらって誤魔化そうとしたんだよ。苦労して頑張って大量に運び出したのに、結局大した金にならなくて大失敗。そーゆーワケ。


 亀山は去年の事件を周知の事実のように語ったが、一部の噂程度でしか知られていなかったうえ、具体的な経緯まで明らかにされたことに委員たちの間で一層の衝撃が広がった。

 生徒会のメンバーでさえ顧問から事件の概要だけを教わり細かい顛末は一切伏せられていたというのに、亀山は全て承知しているようだった。


「そんな大事なこと、なぜ今まで黙っていたのかしら」

 花岡が苛立ちを隠さず問い責める。


「黙ってたとか人聞きの悪い言い方やめてくれよ。俺は周防生徒会長から事情を教わったんだぜ? あんた達の方が詳しいはずだろう」


 知るかそんなこと。

 周防のクソ野郎。


 胸の中で悪態をつく篠田は、存在を消しても傷跡だけはしっかり深く残したままの所業に報復してやろうとさえ思い始める。

 実際、物資の問題を提示されてしまっては安易に反論できない。既にこれだけの人数の前で生徒会内部の連携不足を露呈させてしまっている。すべて元生徒会長が悪いという真実その通りの理屈を並べるのは悪手でしかない。


 この問題をこれ以上話し合うのは危険だ。まずは生徒会もフォローするペンディング案件として収め、亀山を黙らせ文実を稼働させることが先決。

 篠田が話を切り換えようとするも、生徒会長は対話をやめようとはしなかった。


「わかりました。ありがとうございます。それでは、残る資材と備品の種類と数を確認して報告をお願いします。そこから改めて、」

「お断りだ。言っただろう。こんな状態で責任者なんかできねえんだよ。周防会長はどうにかするって言ってたんだ。そっちでやれよ」


 実行委員長が明確に拒絶の意思を示した。


 さらに全ての責任を生徒会へ押し返そうとしている。

 今優先すべきは正確な情報の把握。この作業を誰の指示で誰がやるかでイニシアチブを持つ者が決まる。

 生徒会長が問題の先送りを良しとしないならば、文実に情報を整理させるというスタンスは正しいと篠田は判断した。


「そのような事実を生徒会では把握していない。たとえ前生徒会長が問題に関わる旨の発言をしていたとしても、正式な記録がない以上、現生徒会長が責任を負うものではない。会長の指示に従え」

 篠田も書記役として記録のない事は罷り成らぬと態度を硬化する。


「記録だ? 笑わせんなよ。お前らの怠慢だろ。それとも、新しい生徒会長さんは備品の数も数えられないポンコツなのか?」


 花岡は不思議と思うくらい耐えられていた。

 昨日までの自分だったら殴りかかっていた自信はある。

 おそらく昼の出来事のおかげで心が大きく広まって凪いだ状態でいられるのだと思える。

 そんな心持ちでいると、亀山の煽り方が段々と不自然に見えてくるようになった。仕事を引き受けるための条件提示がない。

 これではただ場を乱すことが目的のよう。


「やめろ亀山。早坂さんは夏休みも頑張ってくれたんだ。上級生のお前が応えてやらないでどうすんだよ」

「そうだ、みっともねえぞ」

「早坂さん責めたらかわいそーだよ」


 いよいよ三年生の面々から亀山へ非難の言葉が出てくる。同調するように下級生からも厳しい視線が集まるようになった。


「だから俺を悪者にしないでくれよ。周防会長がどうするつもりだったのか、生徒会長がちゃんと引き継いでいれば問題なかったはずだ。なんなら本人に確かめればいいじゃねえか」


 亀山が誘導している方向が花岡にはおおよそ見えて来た。


 問題の先送り。理由は知らないけども課題を並べては結論を持ち越し、進展を遅らせようとしている。

 この目的が単に文化祭の妨害だったとしたら。

 過去の不都合を持ち出し生徒会へ重荷を負わせるだけで一週間以上の遅延を招く。更に状況を拗らせて二週間も続けられたら文化祭の準備は致命的に間に合わなくなってしまう。

 もし私がやるなら就任して間もない生徒会長を狙う。

 弱みがひとつでもあれば一点集中で徹底的に叩いて追い詰め、立ち直れなくなるほどに心を折る。そうなれば体制は崩壊しタイムオーバーは確実。学校は文化祭どころでなくなる。

 同じ卑怯な人種だから、手に取るようにわかってしまう。今の私には、彼の必死さが滑稽で哀れみさえ感じる。


「早坂さん、彼の挑発に乗らないで」


 隣で懸命に平静を装う大事な人に、どうか耐えて欲しいと願う。


 篠田も挑発に乗る気はさらさらない。

「既に周防君は当校の関係者ではない。今更連絡をとる手段はないし、その必要性がないことは先ほど述べた通りだ」


「いやいや思いっきり関係者だよな。だってそこのカワイイ生徒会長のカレシじゃんか」


 始まる。


 花岡は隣で机の下に握られる拳へ誰にも見られないよう自分の手を被せる。


「どうせ毎晩会ってイチャついてんだろ? やること済ませてから、ゆっくり引き継ぎしてくれよ」


 数人の女子が小さな悲鳴をあげて耳を塞ぐ。



 くだらない。

 ユキトと一緒じゃなくてよかった。


 ———— 千代乃さん、

     最初から申し訳ないんですけど

 

 ———— どんな罰がいい?


 ———— まだ何も言ってないし


 ———— やっぱり学校でも首輪つけようかな


 ———— やっぱりて。今日の文実、

     三十分ほど遅れて出席します


 ———— 三十分もいったい誰に奉仕するのかな


 ———— 奉仕? うちのクラスの文化祭企画が

     揉めてるらしくて。

     臨時のホームルームがあるんですよ


 大丈夫。

 彼さえ此処に居なければ、

 彼に聞かれさえしなければ、

 何を言われても耐えられる。


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