気持ち悪いとか言わない
昼。
まずはよく手を洗ってと。
慌てて全部同時にやるとブレーカーが落ちるというので、気分を落ち着かせ順序立てて丁寧な作業を心がける。
タッパーに入れて持ってきた白飯をレンジでチン。
よくほぐしてから御飯茶碗によそう。
普通盛りを二膳。
ちょっとちょっと、普通盛りにしときなさいって。
オーブントースターでフライをチン。
じゃなくてリン。
かなり古いボロと思ってたら、なんとコンベクションオーブンだった。しかも風鈴を思わせる心地良い音を鳴らせるもんだから一発で惚れてしまった。これを寄贈した先輩はかなりの目利きだったのだろう。
俺はこの愛機をリンちゃんと呼ぶとことにする。
気持ち悪いとか言わない。
冷蔵庫から取り出した冷え冷えのキャベツの千切りを平皿に盛って、リンちゃんから出したアツアツのキツネ色を置いていく。
くし切りにしたレモンも忘れず添えて。
そのイカリンリンってなんの唄ですかね。
なんだか可愛いけど。
時間差で電気ケトルのお湯が沸いたらお椀のインスタント味噌汁に注ぐ。
乾燥ワカメ? そのパックどこから?
古くない? いえ、ウェルカムですよ?
冷茶用の透明なガラス製の湯呑みに特製タルタルソースをたっぷり入れる。
夏休みの弁当で気に入ってましたよね、これ。
お茶は粉末タイプで我慢。時短も大事。
ご機嫌に台ふきんで机をきれいにした彼女が、トレーを使って出来たものから運んでくれる。最後に俺が大きめの平皿を両手に持って、崩れないよう慎重に置く。
即席にしては、まずまずの出来。
惜しむらくはスチールデスクの灰色が食卓にそぐわないこと。
何せ急な方針転換だったので、テーブルクロスの調達までは間に合わなかった。
「「いただきます」」
二人で向き合い両手を合わせ、今日も幸せな昼食を頂けることに感謝。
「ユキト、これは?」
さっそく箸で挟み上げたひとつの中身を問うてくる。
「ホタテの貝柱。真ん中のがカキで、イカリンリンがスルメイカ」
俺の説明が終わる前に、ホタテが彼女の口に収まっていた。
上履きの裏が小刻みに床を叩いている。
「ユキトほたてぷりぷり!」
最初の感想が済んだら、はむっとご飯を放り込んで唇を閉じる。
次にカキフライをひと齧り。くわっと目をひらいて止まったのち、うんうんと首を縦に振って頷いている。
生食用の牡蠣はフライにするとあっさりした味になってしまうので、少々邪道だがオイスターソースで軽く下味を付けている。何か気付いたのならさすがだ。
イカフライも意外に手間がかかるもので、下処理は史奈さんに頼った。
今回はどれも揚げすぎないことが肝要。
できれば揚げたてを出して喜んで欲しいのだが、この場の環境では難しい。
いつか振る舞える日のためにもっと腕を磨こうと思う。
俺もカキフライを一口で頬張る。
あー、ビール飲みてえ。
イカも柔らかいままで良かった。
イカ天も好きなんだよなー。今度やろ。
「ユキト。なんか遠くて嫌」
突然に不満を露にする自由な女神。
なんだ、俺の顔をもっと近くで見ながら食べたいのか。カワイイこと言いやがる。なんて勘違いしてはいけない。彼女の獲物、すなわち俺のおかずが遠くて手が届かないことに不満なのだ。
食べ方は見惚れるほど上品なくせに、いかんせん意地汚い。
自分のより俺が食ってるものの方が美味しそうに見えるのだそうだ。
スチールデスクの向かい合わせだからな、無駄に広い。腰を浮かせて取りにくるほど行儀悪くはないので、いつになく安全。
「同じものだから」
「やだ」
しっかり会話が成り立ってしまうあたり、世界で最も彼女を学んだ俺スゲー。
などと自画自賛しているうちにリンちゃんが次弾のあたため完了を教えてくれる。
「待て」
ここでザ・マテを発動。
彼女の皿を取り上げ、迫力を増してから戻す。
「よし」
「エビフライおっきいよユキトエビユキト!」
誰がエビユキトだよ。興奮しすぎ。
でも気持ちはわかる。
弁当用冷凍食品のエビフライとはわけが違う。
史奈さんが躊躇なく特大の海老を選んでくれたからな。
たった一尾で皿の主役に躍り出る。
そうそう。タルタルたっぷりかけてね、箸で切ろうなんて考えずガブリとね。
目が横線になったよ。
幸せ?
そっかそっか。
俺もひと齧り。
見た目からして大味かと思えばしっかり風味があって、しかも食感はふんわり、噛むほどに口の中で海老の甘味が広がる。思わず笑ってしまう。
やっぱ史奈さん、調理の腕だけじゃなく素材選びもプロ級だな。
堪能堪能。
そして、その時は想像より遥かに早く訪れる。
「ユキトおかわり!」
御飯茶碗を真っ直ぐ俺の方へ差し出してニコリ。
破壊的に可愛い。
もちろん用意はある。
無いです。なんつったらまたサイコホラーが始まるのは学習済みだからな。
そしてこれは、夏休み期間限定だからと見て見ぬ振りをしてきた問題に直結している。
題して『カロリー調整疑惑』という。
彼女がテレビなどでよく言われる褐色脂肪細胞の活性が旺盛な大食いタイプであったなら話は簡単だったかもしれない。しかし、現千代乃母との交流を始めて間もないものの、やはり彼女はごく普通の体質で、平均的な胃袋の持ち主であることは間違いないようなのだ。
夏休みから今日に至るまで、俺の知る限り、彼女は高校男子の俺と同じかそれ以上のカロリーを摂取している。にも関わらず、俺の見る限り、少しもふっくらした様子は無い。
つまり、彼女が俺の知らないところで食事量を調整しているのではないかという疑惑が生じているのである。
もしこの心配が的中してしまうなら由々しき事態。
一日三食、バランスのとれた食事は健康の基本。根拠は史奈さんと生活を始めてから絶好調の俺。
その俺が彼女の健康を阻害していたとあっては俺自身が耐えられない。
そういうわけで、彼女の食事事情を把握し、是正していく所存。
一方的に量を制限するような真似はサイコホラーEND確実。
まずは最適解の把握。そのあとに是正方法を検討する。
彼女から預かった御飯茶碗にタッパーの白飯をよそって差し出す。今日は普通盛り四杯分、最大三杯の供給を想定。
「ありがと」
「腹八分にしてくださいね。午後の授業寝てしまわないように」
「それはユキトでしょ。わたしはこのくらい平気」
いいや。優等生とは思えないほど食後は良く寝る子なんだよ。
俺の茶碗にはまだ半分以上の飯が残っている。
再び箸を手に取るも、彼女の幸せそうな様子に目が行ってしまう。
「ちなみに、あとどのくらい食べられます?」
「んー。わかんない!」
ニコッ。
あざとすぎる幼女化。
そうかそうか。
好きなだけたんと食べなさい。よしよし。
気分は孫に激甘なお爺ちゃん。
ついにおっさんから老人へ進行してしまう俺。
これはいかんぞ。
もってかれるな、しっかりしろ。
「きょ、今日はあと一杯分しかないから。そこまでで我慢ですよ」
「あ、ユキト、わたしのために我慢しなくていいからね。そこの棚に非常食用のパックのご飯がいっぱいあるから」
非常食を常食にする彼女。
レトルトのカレーもあるんだよと得意になって教えてくれる。
これはあれか。生徒会の仕事で夜遅くなった時のために常備されているのを『非常食』と呼んでいるのだろう。
彼女の瞳が輝くのを俺は見逃さなかった。
先回りして阻止する。
「エビフライカレーはまた今度ねっ、今日はダメ!」
「ええっ、ケチー」
やっぱりか。恐ろしい!
油断も隙もあったもんじゃない。
「ユキト」
すんとなった彼女が箸を置いて姿勢を正し、手にした湯呑みを丁寧な所作で傾け一口飲むと、真剣な眼差しを向けてきた。
「はい」
つられて俺もスチールデスク越しに真っ直ぐ向き合う。
そして衝撃の事実を語られる。
「女の子はね、可愛いを維持するのにカロリーが必要なんだよ」
「まじすか」
「とくにユキト好みでいると消費がすごいの」
「ど、どんだけ?」
「普段の……、倍かな」
「倍かあ!」
アホの子。
俺はこれ以上可愛い生き物を知らない。
どうすんだよ。もうこんなの耐える方がアホに思えてくる。
「あとユキト。遠いの嫌」
降参。
「わかりました。どれでもいいけど、ひとつだけですよ?」
俺は自分の平皿を前に差し出す。
本当は全部、好きなだけあげてしまいたい。
「違うってば」
「えっ、ご飯だった? 味噌汁?」
思い込みが外れて、ちょっと思考が頓挫する。
他に欲しがられるものが手元にあっただろうか。
慌てて探すも何も見当たらない。
「遠いの嫌。……となりに来て」
なんだっけか。
頭の中吹っ飛ばされて、なんもなくなった。
「その、今日は抱っこ紐持って来てないんで」
「なんのこと?」
青春爆弾魔の早坂千代乃は、ルミさんの計算をも上回ってしまった。
賢者ユキトはもう粉々である。
かくして『カロリー調整疑惑』も先送り。
昨日に続いて限界突破間際の本能と理性のせめぎ合いで必死になる俺。
「ナガミネ。お茶」
このお嬢セーフティーシステムが機能しなかったらどうなっていたことだろう。




