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子連れ好きな貴方への配慮です

 慌てて戻ると、見事に行列が復活していた。

 史奈さんはジジイども相手に忙殺されている。なんてこった。


「お兄さん邪魔になるよ」

「あっ、すんません」


 入り口の真ん中で立ち尽くして塞いでいたのを、お婆さんに叱られた。


「貴方は子連れの女性にも見境ないのですね」

「え?」


 お婆さんが買い物かごを取りながら、奇妙なことを言い出す。声こそ年寄りのままだが、語り口は井澤さんのそれだとすぐにわかった。


「私というものがありながら」

「いや勘弁しろ。冗談でもセリフに合ったキャラ選んでくれ」


 ふふっと笑って、お婆さんは去っていく。


「何なんだよ……」

「買い物しながら話しましょう」

「うわっと」


 今度は、男の店員が提案しながら俺にカラの買い物かごを手渡し、目の前を横切って行った。

 どうやら、リアルの世界では死神井澤さんの実体はなく、自由自在に人を乗っ取ることで俺と話ができるようだ。


 店内全員イタコ状態。しかも利用された本人も周囲も全く認識していない。史奈さんの事は心配だが、近寄って操られでもしたら嫌だ。


 仕方なく、距離をとって買い物に着手する。


 玉ねぎを手に取ると、隣に立った別の店員が俺のカゴにジャガイモを入れてくる。


「それで、私に尋ねたい事とは何でしょう?」

「なんでカレーだって知ってんだよ」

「貴方の記憶に嬉しそうな夕食の予定がありましたので。お手伝いです」


 なんか、つっかかるような物言いだな。

 まあいい。何を問うんだったか。


「ええと、ああそうだ。この間の契約書、俺が読みたいときはどうすればいいんだ?」


「魂のメモリーなので、文字に起こして読むのは難しいですね」


「難しいですねって。それじゃ契約書の意味ないだろが」


「意味はあります。魂に刻まれた契約は既に貴方の精神活動へ反映されていますし」


「そら契約じゃなくて洗脳とか呪いの類じゃねえか!」


 店員が俺の問い詰めを逃げるように離れていった。追いかけても無駄なのはわかっている。


 野菜売り場を離れて精肉売り場に差し掛かった時。


「ポークかチキン、決まりました?」

 俺(中の人)と同い年くらいのおじさんでびっくり。


 上下スウェット。玉ねぎ、人参、ジャガイモ、カレールゥと、他にも色々入ったカートを押して来た。

 生活事情、気になるなー。


「カレー仲間?」

「そのようですね。結構しっかりした主夫の方です。それでお肉は決まりました?」


「チキンだ。それより呪い解け」

「ちゃんとした契約なので、貴方の権利も守られています」


「その辺の細かいこと確認したいわけ。頭痛の種なわけ」

「おや、頭痛ですか」


 おじさん、これ見よがしに牛すじ肉をチョイス。手間を惜しまないのが愛ですよ。みたいな余裕顔でマウントしてから離脱する。


 今のは本人の意識なのか?

 わかった。受けて立つ。料理は手間の数じゃない。工夫さっ!


 牛乳忘れてた。

 —— 乳脂肪分3・5%以上

 そうだった、若いんだった。濃いーのいっちゃうか。

 史奈さんは、気にするかな。


「健康を害するような契約事項はなかったはずですよ」

「これだこれ」


 振り返り牛乳パックの成分表示を指差して見せる。もう驚かん。背後に居たのは若い女の子の店員だ。大学生のバイトかな。


 わざとらしく興味深そうに俺の指先を追う。

「牛乳を飲むと頭痛ですか。変わった体質ですね」

「ユキト成分の具体的な影響についてだよ。契約に何か特約があったか?」


 はて。のオーバーリアクション。

 若い子がやるとあざと可愛いな。


 次のアクションを期待していると。あっという間にジト目に変化。


「ほんと見境ないですね。嬉しそうな顔していやらしい」


「ウブな童貞ユキトが興奮すると頭割れそうになるわけ。仕事に支障出るわけ」


 牛乳の並びを横にスライド移動。

 オレンジ果汁100%をドンんと陽気に銘打ったジュースのパックを手に取る。


『濃縮還元』の表記を目にしてドキリとする。慌てて戻した。


「なるほど、そうでしたか」

 おもいっきり興味なさげ。もっと心配そうな顔になれよ。


「十パーセントは濃すぎだった」

「ええ。そのための研究ですし」


 だよなあ。知ってたけどさ。


「でもほら、アフターケアも大事と思うよね、優しいルミさん?」


「莉緒です」

「それ本人の名だろ? プライバシー大事!」


 もっといろいろ知りたくなっちゃうじゃないか。自重してくれよ。ルミさんの事ならいいってわけじゃないけどさ。是非ともいいけどさ。


「あ、りおさん、顔が赤くなってら」

「へっ? 誰!」

「え?」

 この反応。まさか逃げやがったのか? マジかっ!


「名前、どうして……」


「り、お、リオール酸の入ったヨーグルトがなくなってら、なんて……。失礼しましたあ!」


 リオール酸ってなんだよ。

 ちくしょー恥かかせやがって。


 菓子売り場まで一気に来てしまった。ヨーグルトも頼まれてたんだけどなあ。戻れん。


「きやすくじょしをナマエよびなんかするからです」


「…………」


「はんせーしてください」


 膝下から俺を見上げる幼児がころっとひとつ。肥えてんな。


「下の毛も生えてないつるつる坊やに説教されるとはな。ママどした?」

「まいごです」

「マズイじゃねえか。また俺を嵌める気かよ」


 子供の栄養過多状況からしてビッグマザーが登場しちまうだろうが。


 俺を誘拐魔と間違えたマザーと激突死(二回目)てへっ。


 全く笑えん。逃げるか。


「ご心配なく。子連れ好きな貴方への配慮です」

 Wow! スレンダーマム。


 腰の細さを強調するワンピースに高めのヒール。たかがスーパーの買い物に戦闘意識高すぎだろ。

 好きだけども。


「まさか、コレ産んだの?」

「失礼ですね。本人に直接聞いてみます?」

「嘘です、ごめんなさい。とってもキュートなお子様です」


 御坊ちゃま、それはキャラメルとナッツをね、チョコで包んでね、つまりハイカロリーだから。

 そんなに幾つもやめとこうね。ねっ。


「これは経験的な推測ですが、貴方が頭痛として感じている事象は貴方自身が原因である可能性が高いです」


 スレンダーマム(愛称)は激甘ハイカロリー菓子を太丸くん(俗称)から引き取ってカゴに収める。


「なんで俺が原因?」

「貴方にとって十パーセントは決して少なくない割合ですが、長嶺行人からすれば九十パーセントの貴方が常

に圧倒しているわけです。肉体へ干渉する余裕はとてもありません」


「つったって現に、」

「現に、指一本でも勝手に動くことはないですよね?」


 確かに。最初に目覚めた時から当然のように俺が身体を支配している。むしろ普段はユキトの存在を意識から外してしまうほどおとなしい。


 これがもし、おとなしいではなくて、俺がユキトを圧倒して付け入る隙を与えていないからだとしたら。だとしたら、あれはユキトの主張じゃなかったのか。


「じゃあ、なんだって頭痛が?」


「それはおそらく、長嶺行人の魂の震えを感じた貴方の魂が、肉体に干渉している結果です」


「俺の魂って、俺は自分を痛めつける気はさらさらないんだがな」


「貴方が思っている自分自身は、貴方の魂からすれば、ほんの一部にすぎません」


 スレンダーマムは自分のカゴからパック詰めされた魚の切り身を取り出して見せる。


 太丸くんもポカンと見上げているが、見ているだけでは元の魚の姿を知ることはないだろう。そういうことが言いたいのか。それとも、


「切り身は自分の原形を知らない?」


「その通りです。貴方たち人間は己の魂を理解できない存在。理解できない自分自身が起こす事象など、考えても理解できません」


 バカは自分がバカだと理解できないからずっとバカなんだ。


 そういう物言いが大好きな上司が昔いたっけな。みんなから嫌われてる自分を定年で去る日に理解したようだが。


「切り身が身の程知らずに海を泳いだら困るだろ。俺の魂がどんなのか俺は知るべきでしょ」


 本音を言えばバカのままでいたい。俺の知らん俺などどうでもいい。だが、俺がこれから大人の階段を上るたびにあの激痛が起きるのは本気で困る。


「貴方の記憶にあるもので喩えるなら、貴方の魂の大半はアホ君が占めているような感じでしょうか」


「なんだその絶望。人生中止でいいか?」


「挙動が読めない象徴として引用しました。中止は困ります」


 絶妙にヒトの記憶使ってココロを折ってきやがる。


 なんかモデルみたいに腰へ手を当てて決めポーズしてるけど、この追い込み漁みたいな攻め方はやっぱり井澤さんだ。俺一人では解決できない問題だとわからせて降参させたいのだ。


 彼女の場合、そうしてくる理由は二つ。

 力関係を維持するための定期的なマウント更新。

 それと、なんだか時々頼られたいらしい。

 後者であると嬉しいんだが。


「降参です。イサワ様。この無知で哀れな切り身の頭痛を、どうにかしていただけませんでしょうか」


「そこまで卑下ひげしなくても解決策は教えて差し上げます」


「解決できんの? 是非授けてくださいませ!」


 咳払いあって一呼吸ののち。


「長嶺史奈から手を引きなさい!」


「は?」


「長嶺史奈に手を出さないと、この私に誓ってください!」

 スレンダーマムが顔を赤らめて必死だ。


 このわたしって誰のことだよ。いいかげん固有名詞じゃねえと会話が破綻すんぞ。


「ちょっ、ちょい待ち。手が出るとか引っ込むとか、史奈さん俺の母親だよ?」


「そこです」

「どこ!」


「自分よりずっと歳下で好みのど真ん中、母親のていはあっても血の繋がりはなし。何か間違いがあってもどうにかなるんじゃないか、なろうかな、みたいなそこです!」


「なろうかなって……。俺の倫理……」


「魂の総意を、貴方のちっぽけな外ヅラが長嶺行人の立場を使って押さえつける。それが頭痛の正体です」


 魂まるまる変態願望。切り身の話はどうなったんだよ、俺の原形理解できちゃったじゃないかよ。しかも切り身の部分までディスられてるし。


 せっかく二度目の人生は真っ当にいこうと思ってたのに、魂が変態じゃなあ。だったら、いっそ魂の赴くままに生きたいところだが、ユキト成分の濃さゆえに理性が残る。

 そんで魂がたかぶるたびに激痛。

 詰んでるじゃんか。


「それ、どうしようもなくない?」


「貴方ごときの魂、どうにでもなります。だから私に誓いなさい」


「だからて。切り身が誓ったところで意味あるの?」


「そこです」

「どこ!」


 スレンダーマムのお洒落なネイルの先端が俺の股間に向けられる。つか当たってますよ?


 太丸くんもつられて指を差す。


「長嶺史奈にソレが反応しないようにします。そうなれば魂全体が屈します」 


 ソレとは何語だそれ。

 誰に、何が、どうする。

 史奈さんに、ナニが、どうにもならない。


 理解。四十一年生きてきて、一回死んだけども、真の殺生を今知った。


「後生です! 後生ですからそれだけは勘弁を」


「この後生で必要ですか?」


「いやっ、いや、いやあ……」


「不要ですよね?」


「まあ、はい、そう、かな……」


「いるのいらないのっ!」


「要りませんマム!」


「私に誓いなさい!」


「誓いますマム!」


「誓うのね!」


「イエスッ、マム!」


 ヒールの先を向けるのは卑怯だろお。最初から俺に選択権ねえじゃんか。子供の前で脅迫とか教育に悪いっての。ほら太丸くんが、いえっすまむ、えっすまむ、って連発するようになっちまったぞ。

 飛び跳ねて喜んでら。暫く続くなこれ。


「では契約の特約追加です」

「えっ、特約って追加ありなの?」


 驚く間もなく俺の全身が一瞬だけ輝く。


 股間が一際眩しかったのは気のせいだろうか。特約っていうかほとんど詐欺だろ。太丸くんは俺が光ったのを認識したらしく大興奮。もっかいもっかいと俺の股間をパシパシ叩いてくる。


「翔くーん、ほらお兄ちゃんを叩かないの」

「えすっ、まむっ!」

「んー? なんて言ったの?」


 スレンダーマムは太丸くん(なにが翔くんだよ)のえすまむ連発に困惑しながら「ごめんなさいねー」と俺に軽く詫びて親子並んで離れていった。「変なところ触っちゃダメよ。おててがばっちいから洗うわよー」と言っていたのを俺は聞き逃さなかった。


 マムもその指先で俺の変なところを散々つついてたんですよと旦那様に教えて差し上げたい。若いカチカチの方がお好みのようですよと耳打ちして差し上げたい。


 でもね、俺のカチカチは終わったの。


「ああぁ、不能特約とか誰得だっつーの!」

「特約に妙な名前付けないでください」


 まさかの、りおさん再登場。

 そっと俺のカゴにヨーグルトを入れてくれた。

 なんかこういうの、ちょっとグッとくるな。


「それ以外表現しようのない特約でしょ」


「特定の女性に対する特約です。強いて言うなら長嶺史奈特約です」


「名前詐欺じゃん」


「失礼な。貴方が長嶺史奈に対してその汚い獣を行使できない代わりに、私たちも長嶺史奈を利用しない。立派な契約です」


 ケモノて。まだコレで吠えたこともないし。昨日も洗ったし。


 ただなー。

 死神の実験に史奈さんを巻き込むわけにわいかない。これは最優先だ。そして史奈さんに笑顔で暮らしてもらうためには、おとなしいムスコを持った息子が母に寄り添う平穏な毎日が必要だ。


 むしろ現実的で最初から必要な特約だよ。わかってたさ。


「そうですね。わかってましたよ。ルミさんは最初から優しい人だ」

「な、泣くほど?」


 泣いてなんかないやい。

 魂の汗さ。


「ていうかさ、随分俺を弄ってくれたけど、実験の方は成り立つわけ?」


「今回も魂には触れず、精神と脳のパイプを一本だけきゅっと縛ったようなものなので、セーフです」


 なんか股間がきゅっとなる。

 巷に聞くパイプカット的なあれじゃないよな。いくらなんでも男子高校生にその仕打ちは安心、じゃなくて、酷だと思うんだ。


「きゅっと、って、史奈さん以外にはちゃんと機能するよね、大丈夫だよね?」


 俺が焦って質すと、すっと俺の腕が絡め取られ、そのまま胸を押し当ててくる。


 エプロン越しになかなか実のある……。


「莉緒で試してみます?」


 悪戯っ子の微笑みで息がかかりそうなほどの距離から誘惑。


 ちょいちょいちょい、人様のカラダだから。勝手にそんな事したらだめだめだめ。


 顔近いって。まずいって。


「えええ遠慮しとくからっ!」

 りおさんがぱっと離れて俯く。


 まさか、また本人モードじゃねえよな。そんなんマジで死ぬぞ。死んだけど。


 なにこの沈黙、なにが始まるの?

 先に土下座した方がいい?


「浮気者!」

「あうっ!」


 気付かぬ間に元気になってた俺のディッ君にデコピンならぬチコピンやられた。


 立ってられない激痛。たってるけど。

 お菓子の棚に寄りかかるわけにもいかず、ただ前屈みに震える。俺自身は苦しんでいるのに、俺の奥底で何かが噴流しているのを感じる。


 これが、俺の魂(変態)なのか!


「あ、あの、お客様? お体の具合が悪いのでしょうか」


 こんな変態の塊魂に、りおさんご本人の慈愛に満ちたもったいないお言葉。


 姿勢を正してお礼を述べたいところですが、ディッ君が元気のまんまで体起こせません。


「だ、大丈夫なんで。ちょっとしたら治りますんで。ほんとすぐ、どうにかしますんで!」


 怪訝そうな顔になりながらも、コクリと頷いて去っていくりおさん。


 ありゃ誰か呼びに行ったな。

 この場を離れねばっ。


 クールダウン、クールダウン、クール、クールダーン。


 何か萎える物を見ればきっと。何かあるだろ。


 居た。過積載ジジイ。

 ジジイが一匹、ジジイが二匹……。

 瞬時に血流が途絶えるね。


 よおし。いい子だディッ君。移動するぞ。


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