人間恥ずかしくて死ぬ時もあるんです
二限目が終わった後の休み時間。
一年一組に足を運んできた上級生の二人に気づいた女子が、ぱあっと明るい顔になって駆け寄る。
「莉愛センパーイ、おひさです!」
「アミい、おひさー。ね、ナガミー、長嶺君いるかな?」
「えっ、あー。えっと、いるにはいるんですけどお……」
新入生歓迎会で歌声を聴いた瞬間から大ファンになった先輩に会えて喜んでいると、わざわざ一年の教室まで訪ねてきた目的の人物があまりに意外で、驚きと困惑の複雑な顔になってしまう。
教室の入り口から遠慮気味に居場所を指し示して視線を誘導する。
見遣れば、席に座って顔をランチクロスで覆う男子一人と、それを板挟む様に立つ男子が二人。見ようによっては因縁つけられて弱っている光景。
「なにアレ。泣かされてんの?」
「うーん。ちょっと違くて、モテモテ君たちにモテモテみたいな?」
ある程度冷静に客観視できていたそのクラスメートの女子は、手短に二日続けて土下座があった経緯を説明する。
「ほんとだ。アラタ先輩の弟くんと君島くんだ」
「ユッキい知ってんの?」
「決まってんじゃん。二年の男子パッとしないし。アラタ先輩最高だけど弟くんの方がカワイイとか、君島くんもクールな歳下しか勝たんとか、どっちもすごい人気」
そんな二人にモテモテらしい。
「あ、莉愛」
どうして絡まれているのかは想像できなくもないけども、それはどうでもよくて、用事を済ませるには引っ張り出すしかないと足を踏み入れる。
「師匠。俺に足りないモノって何ですかね」
「君はユキト君に教わる前に僕から学ぶべき事があると思うよ?」
「お前みたいな顔だけのペラッペラな野郎に用は無いんだよ」
「へえ。そんな僕に質より量で挑んでた君はまず美学が足りてないよね」
「んだとコラ」
「ちょっとごめん。ナガミー。ツラ貸せ」
揉めてる二人に割り込んできた声にぴくりと反応するモテモテにモテの男子。
顔を覆った布を緩め引き攣った頬を覗かせる。
「……莉愛先輩?」
おにぎりの残り香で幸福感にトリップしていたというのに強制終了。
彼女の親友に耳たぶを掴まれ廊下に引っ張り出されてみると、もう一人、昨日見た顔というか、昨日泣かせた顔があった。
笑顔で手をひらひらして挨拶してくれるけども、気のせいか頬がやや引き攣っているように見える。あんな態度とったからな。苦手意識を植え付けてしまったかもしれない。
ご来訪の理由に大凡の察しはついたから速攻で詫びようとしたところ、逆に「きのうはありがとね!」といきなり礼を言われてしまい、あれよあれよといううちに、お願い事の話へ移ってしまった。
「えっとだからね、今まで早坂はランチもみんなと一緒するの我慢してたと思うんだ。だから、よかったらどうかなって誘ってみたんだけど、仕事があるから生徒会室で食べるって。その、まだ遠慮してるっていうか……」
これはどう説明したものか。
多分、この子は彼女のことを、補佐役を買って出た俺がぼっち飯にならないよう気遣っていて、生徒会室で一緒にお昼を過ごすことにしていると理解している。
だから、できるなら彼女を解放してあげて欲しいと直談判しに来たわけだ。
その理解、半分は当たっている。
だけど半分なんだ。
こうなる予想はしていたし、むしろ俺も望んでいた良い流れの話だ。
この子の言う“みんな”はもう敵じゃない。彼女と友達になれるみんなだ。ちゃんと向き合おうとする姿勢や良し。そうやって良い友達が増えていって欲しいと思う。
実際、俺もそうするよう勧めたんだけどさ。
俺が反応に困っていると、親友の方も困った顔で溜息をついた。
「ユッキいはチヨノがナガミーのために遠慮してるって思ってんの。でも違うでしょ? あたしにそんなん説明させんなよ」
さすがパイセン。お見通し。
しかも自力で誤解を解けと厳しいご指導。
口頭で説明しても信じてもらえないだろう。
やっぱエビデンスは必要だよなあ。
「あの、これ見せたのは内緒ということで」
やむなく、尻のポケットからスマホを取り出してトークアプリを立ち上げ、二人に渡す。
それは、昨夜の履歴。
———— 話すの忘れてた
明日のお昼はどこで食べるの?
———— 教室ですかね
———— そっか でもわたしがお邪魔したら
迷惑じゃないかな
———— まさか俺と一緒に食べる気とか?
———— ダメなの?
———— ダメなわけないけど、マズイでしょ
———— ユキトのゴハンはいつもおいしいよ
———— そういうボケは可愛いですけど
お昼はトモダチと過ごした方が
千代乃さんにも嬉しい結果になると
思うんですよ
———— その方がユキトにも嬉しいんだ?
———— そうです
———— バカユキト
———— 必死に我慢してるのにバカはないでしょ
———— また低血糖になっても知らないからね
そこらの誰かに噛みついちゃうかも
———— それ俺の気持ち考えて言ってます?
———— ごめんなさい
———— 生徒会室にします
上手に言い訳して来てください
———— ユキト怒ってる?
———— 明日のおかずは海鮮フライですよ
———— 怒ってるのやだ
———— 朝には忘れてる
———— そんなのやだ
———— 寝る前に少し声を聞いても?
———— いいよ
二人が廊下の床に崩れ落ちて震えている。
続いて俺も膝を折り頭を抱える。
顔から火が出る思いとはまさにこのこと。
「さ、最後おおお、オマエエエ」
「莉愛先輩、どうか口には出さず! 人間恥ずかしくて死ぬ時もあるんです!」
真っ赤な顔になったパイセンが震える手でスマホを俺の顔に押し当ててくる。
でもパイセンならわかるでしょ。
こんなの耐えるのムリだって。
可愛すぎんだよ。不可抗力だってば。
「莉愛。こ、これ、ホントに早坂なの?」
「ぜったいに誰にも言うなよ」
パイセン顔怖い。
言ったって誰も信じないけどな。
「そんなわけで、彼女の昼メシは俺の預かるところになりましたので」
「ひやあ。腰が抜けるって、こんなんなるんだねえ」
犠牲は大きかったが、とりあえず理解は得たようで安堵する。
気持ち的には立ち直れないまま三人とも立ち上がって、一息。
だが、敵じゃなく味方になるということを少し勘違いされる。
「そういうことならバッチリ応援するからね」
「ユッキー先輩、それは違いますよ」
そこで距離をおかれては全く意味がない。
人気者は引っ張り合ってなんぼのものだから。
みんなと歩調を合わせるのが当たり前で、遠慮がちな性格になっている自分に気付いてないのだろう。首を傾げてぽかんとなっている。
「よかったら一緒に、なんて誘い方じゃ気持ちは伝わらない。一緒にお昼を食べたいとはっきり望みを言えば、彼女は喜びますし、週の一日か二日は俺から奪い取れるかもしれませんよ?」
ナニサマだこのヤローとパイセンから突っ込みが入る。
「ちょ、そこ痛いからダメって、ワキバラハキハラ! おおおっつ」
彼女のより劇イタ。
こっちが元祖だったり?
「ユッキー先輩かあ。なんか新鮮。よしっ。早坂とられて後悔すんなよ、ナガミー」
「あ。ナガミーはやめてください。ちょっとセンスがアレなんで。いっ、たいってば!」
「だよね。じゃ、どうしよっか」
「ユッキい!」
思わぬところで味方を失いショックを受けるパイセン。
こんなところで同志を得られて調子に乗った俺。
「ユキトだからユッキーがいいと言ったら、トモダチにいるからと却下されまして」
こそこそ話をするようにわざとらしく口に手を添えて残念な経緯を説明すると、自分の所為だったかと納得する。
「あははっ、そっか。じゃ、ウチがユッキーって呼んだげるね」
「ユッキい!」
パイセンひとりがややこしい思いをする羽目に。
そう思って喜んで受け入れたのだが。
ちょっと調子に乗り過ぎた感は拭えなかった。
ご機嫌で「じゃあね、ユッキー」とひらひら手を振って戻って行くユッキいから数拍遅れ、「このツケあとで纏め払いさせてやる」と脅迫めいた言葉を残して去るパイセン。
この時点でどれだけのツケになっているのかさっぱりの俺。
後悔先に立たずというもの。
今から後悔して分割払いにしてもらおう。
同じ時。教室の中。
帰り支度を済ませたバッグを片手にぶら下げる男子がクラス委員長の席に寄る。感情の読めない顔が、抑揚の足りない声で委員長に話し掛ける。
落ちてきた影に気づいた委員長は何者も恐れない顔を上げて見せ、向けられ届く声から言葉の意味だけを注意深く聞き取ろうとする。
開かれた窓は、いつでも誰であっても拒むことはない。




