俺のをだいぶ吸ってたんで
さて。
「早坂先輩、まだ寝てますか」
少し驚いた先生。
まずい。死神の辻褄合わせと矛盾があったか。確認しておけばよかったな。
うまく軌道修正できるといいのだが。
「長嶺が他人の心配をできるようになったとはね」
机に腰を掛けて感慨深げなうらら先生。
行人の事はだいぶ気に掛けてくれていたようで、先生の難読な名前は記憶に残っていた。先生の反応を見るに、行人は他人との関わりを悉く拒絶していたのだろう。例の動画で見た無感情な顔が思い浮かぶ。
果たして「頭打ったんで性格変わっちゃいました」とかいう栗菓子みたいな説明がこの人に通用するだろうか。
「心配というか、仕事にならないんで」
このくらいのツンな感じでどうだろうか。
ふっと笑った。よおし、よーし。
「さっきクラスの子が様子を見に来て、一緒に戻ったよ」
「そう、でしたか」
半開きになったベッドのカーテンから窓の方を覗くと、掛けておいた俺のシャツがなくなっていた。
先生に確認するのも矛盾があったら面倒だ。彼女へ訊くほかないだろう。
「少し貧血のようだから、もし生徒会で働いているようなら今日は帰るように言いなさい」
俺のをだいぶ吸ってたんで、もう大丈夫ですよ。なんてな。
ちゃんと回復していればいいのだが。
「わかりました」
もう家へ帰っているなら良しだ。
念のため生徒会室には寄っておこう。
先生へ軽く頭を下げ、扉に手をかける。
「長嶺」
「はい?」
「よく戻った。おかえり」
「おかえり、ですか」
「だって此処は君のホームみたいなものだろ?」
ここにも窓を開いておいてくれる人がいた。
いい先生だ。
行人。お前にできなくとも、俺は素直に感謝を伝える。
「そうですね。先生とならここで暮らすのも悪くないですね」
あれ。礼を言うつもりだったのだが。
正直って恐ろしい。
先生の惚けた顔は見なかったことにした。
足の裏がひりひりする。
夢中で走ったから、皮が剥けたかもしれない。サイアク。
このヒト今、黙って私を背負ってる。
恥ずかしくて顔見れないからいいけど。
なんかこう、もっと気を利かせて話しなさいよ。無理だろうけど。
「タケ、トラック歩いて何してたの?」
「ゴミ拾いさ。明日から慣れない人達を走らせるから。小さな石でも滑るだろ?」
思った通り、また誰かと走れる理由ができて嬉しくて仕方ないんだ。
「タケは、引退したくなかったんだね」
私は楽しみにしてたのにって、愚痴が零れそうになる。
「いや。部活に未練はないよ」
「じゃあ、なんでそんなに嬉しそうなんだよ」
「上手く言えないんだが。自分のやりたい事が見つかったんだ」
「やっぱり走りたいんでしょうに」
いやいやと少し照れくさそうに笑いながら首を振るタケ。
「困ってる人や迷ってる人を引っ張り上げたい。具体的じゃないが、そういうことをやっていきたい。でも今の俺は走る事しか知らないからな。はは」
立派だね。
立派すぎて涙出ちゃうよ。
そんな立派なタケの未来に、私はいられるのかな。
「よかったね」
「ああ。これも長嶺のおかげだ」
冷静になってみて思う。
ナガミネくん。彼、私がハネちゃんだって絶対わかってた。
完全に騙されたし。
先輩を揶揄って面白がるとか、悪徳商売より性悪だよ。
「それに引退しないと、遠野って呼ぶのもいい加減しんどくてな」
いきなり何言ってんだろ、このヒト。
期待しないからね。
絶対とんちんかんな方向に決まってるんだよ。
「ハネちゃん、昼メシに行かないか。その、二人で」
ほらやっぱり二人でとかさ。
え?
ふたりで、って言った。
ホントに?
ちがうよ、こんなのぜったい罠だ。
「定食屋とかじゃ嫌だからね。お洒落なところにして」
「そのハードルは俺には高いなあ。ハネちゃんが連れてってくれ。はは」
ウソ。ほんとに二人だけでご飯行くことになってる。
いっつも、なんっでも、みんなで行こうしか言わなかったくせに。
家の近くのコンビニに二人で寄り道するのが唯一の楽しみだったのに。
気が変わる前に口を塞いじゃおうかな。
タケをもっと近くに寄せたい。
苦しいとか言ってるけど知らない。
二年半分の我慢を思い知れ。
「そ、それで、ハネちゃん。なんで裸足?」
「……。ナガミネのおかげ。だよ」
ひやあ。まいった。
たくさん話せて嬉しかったけど。
ウチ、めっちゃキンチョーしいだった。
初めて話しかけられた頃思い出したよ。
あの超キレカワいいのにも慣れたつもりだったのに。
何だったんだろ、あれ。
「あ、いた。ユッキい」
帰り支度をしてたら、莉愛が廊下からひょっこり顔を出してきた。
手を振ったら、むすっとして来た。
「ユッキいがハヤサカ激おこさせて貧血がどうのってカノんが騒いでたぞ」
「もうさ、花音のクチにガムテ貼っとこうかな」
そうしときな。って莉愛が隣の机にお尻を置いた。
「んで? ダイジョブだったわけ」
「ん。なんかね、謝らなくてほんとよかった」
「え。まだケンカしてんの」
「ちがうちがう。んとね、初めてちゃんと話せたって感じ?」
そうだ。自分で言って気がついた。
さっきはちゃんと話してた。
なに言ってんのって、莉愛は笑った。
「みんなって誰かな」
「なにソレ?」
「早坂に言われたんだ。由紀もみんなと同じなのって」
そーゆーことかって、莉愛が首の横をぽりぽり掻いてる。
やっぱり莉愛はみんなと違うんだってわかる。
自分から早坂のこと話すの聞いたことないし、
みんなで早坂のこと話してる時は黙ってること多かったし。
なんでだろ。なんか羨ましい。
「めちゃくちゃカワイイのに上から見てこないし、頭良くて性格いいし、誰にでも優しいとか完璧じゃん。いいなあ。って思ってるやつが、みんなだよ」
「それ全員だよ。え、莉愛は違うの?」
「ばっか。チヨは性格サイアクなんだぞ。人の食い物すぐ奪いたがるし、すぐ拗ねるし。ワガママで甘えんぼで、面倒くさがり。あと人見知り」
「うっそだあ。逆のこと言ってるだけじゃん」
「そうだよ逆なんだよ。だから死ぬほどムリしてんのあいつは」
いきなりでとても信じられないけど。
でも、もし、それが本当だったら。
なんか、全部がわかるような気がした。
それって、ものすごくつらいことだよ。
でも、でも、でも。
「莉愛、死ぬほどムリするとかわいくなる?」
「は。んなわけないじゃん」
「さっきね、早坂がさ、今まで見たこともないくらい可愛かったんだよ」
かわいすぎて、話しててめっちゃキンチョーしたんだよって言ったとたん、莉愛がまたむすっとする。
「ユッキい。謝らなくてよかったってどゆこと?」
「え、ああ、早坂の補佐役?君に怒られちゃって。そうだ、こんどお礼しなきゃ」
すんごい不機嫌になった。
怖い顔してショウワオジってなんのこと?
やっぱり、莉愛はみんなと違う。




