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マネージャーでも速えなあ


 三年生の夏休み明けにもなると、模試の結果がどうだったとか、予備校で個人指導の先生がイケてる大学生で気が散っちゃうとか、嬉しそうな事まで不安と結びつけた話が終わりゃあしない。

 何かと「みんな同じだよね」を確認したがるから、ちょっと合わせるのに疲れた。


 今日くらい息抜きしよーよ。って寄ってくる友だちの誘惑に負けず、なんだかんだと苦しい理由を並べて教室に居残った私。みんな「オトコできたんだあ」って揶揄ってから帰って行った。


 ほんとアタマにくる。

 それもこれもみんなアイツが悪い。あのバカ、放課後になってから制服のままずっとグラウンドのトラックを歩いて回ってる。


「なにがオレにまかせろ、だよ」


 せっかく、ようやく、やっと部活を引退できたはずだったのに。

 なんとなくわかってたけどさ。

 でも初日からってヒドくない?

 文句のひとつも言ってやらないと気が済まないんだよ。


 あ。いた。

 教室から出てわりとすぐに見つけた元凶。

 保健室に入ろうとしてる。


「ナガミネくーん。具合悪いのー?」


 後ろから肩を叩いて呼び止めると、すぐに私とわかったのか、振り返る前から気まずい顔が出来上がってた。


「と、遠野先輩。ちわっす。……あの、俺はなんともないんで」


 目を合わせてくれない。

 どうしたのかな。

 キミは他人を思いやれる優しいヒトのはずだったのにね。

「はずだったのにね!」

 心の語尾が抑えきれず声に出てしまった。


「いやっ、これには深い事情がありまして、決して遠野先輩の気持ちを蔑ろにしたわけじゃなくてですね。総合的に考えて最善を取ったといいますか、えっと……」


 事情は察してるよ。私もみんなも見てたもの。

 素直にキミの勇気はすごいと思ったよ。

 だけどさ、あそこで指名なんかしたらあのバカが喜ぶに決まってんじゃん!


 ていうか。


「え、待って。私の気持ちってナニ?」


 顔を逸らした。

 天井に誰か居るのかな。

 廊下の奥に誰か居るのかな。

 私は目の前に居るよ。


「その、長い間、陸上部のマネージャーで尽くして、やっと好きな人を独り占めできるはずだったのに、みたいな?」

「はっ、え、えええっ! す、すきなって、な、なんで!」


 図星突かれて頭ん中爆発。

 部活じゃ完全に隠してたはずだよ。そんなに勘の鋭いヒトだったの?

 やだ、どうしよ、ムリ。


「なんでもなにも、陸上部のルールでしたよね」

「ルール? なにそれ」

「部活帰りの杉田先輩は遠野先輩のものだって最初に教えられましたけど」


 引退後に告げられた真実。

 まさかの全員に気遣われてた私。


 息ができないくらい恥ずかしい。

 脚から力が抜けて、廊下にへたり込んでしまう。

「せ、先輩! 大丈夫ですか、保健室入ります?」

「いいってば」

 どうしよ。もうみんなの前に立てる気がしない。

 家が近いから帰りが二人だけになるは当たり前と思ってた。


「もしかして、秘密でした?」

 ゆっくりと腰を落として今更なこと訊いてくるナガミネくん。

 部外の人から見ても、当たり前と思うくらいわかり易かったってこと?


「ねえ。私、そんなメス顔してたの?」

「メスて。どこでそんな言葉……。いやほら、陸上部のみんな杉田先輩が大好きじゃないですか。だから上手くシェアするルールがあるんだなと思ってただけで」


「みんなって、まさか男子だけじゃないの?」

「さあ。俺は女子部員とそこまで面識ないんで」


 ありえないありえない。

 あんな鈍臭くて暑っ苦しいの相手にしたがる女なんて他にいるわけないんだから。今までだってそうだし、これからだって。

 ああでも、今朝の始業式でアイツが声掛けてた人たちって女子も多かった気がする。なんか弱ったところを助けられてフィルターかかって見えちゃうみたいな流れなわけ?


 そっか。


「さっき言ってた最善て、あんなの他のメスにくれてやれってことね」

「メスて。違いますって。うわっ、泣かない泣かない、大丈夫ですから!」

「だあってええ」


 あ、いま面倒臭そうな顔した。


 アイツと同じだ。オトコってちょっと我儘言うとすぐそうなるんだ。

 いいよもう。どうせ私はクソオモオンナだよ。


「昨夜、杉田先輩から朝練に誘われて、てっきり遠野先輩とか他の部員も一緒と思ってたんですけど。あの人、引退したらスッパリ割り切って距離置いてますよね」

「そうだよ。そういう性格なんだよ昔から」

 来るもの拒まず去るもの追わず。

 だから自分が去る時に追って来られるなんてカケラも考えないヤツなんだよ。


「あの人はそれでいいでしょうけど、去られる方はたまったもんじゃない」


「え?」


「だから、同じグラウンドを必要とするもの同士として陸上部と関係が続けばいいと」

「ナガミネくん、それって……」


「いい人には違いないんですけど、細かなケアはできない自覚もあるみたいですし。遠野先輩なしではやっていけないと改めて意識すると思うんですよね」


 ああ、なんて思慮深い。

 そこまでみんなと私の事を考えてくれていたなんて。

 あの鈍感オトコに思い知らせる機会を作ってくれたんだね。

 感謝だよ。嬉しいよ。

 キミの思いは無駄にしないから。


「うん。わかった。私、協力するよ」

「ただ、その……」

「タダ?」


 天井に誰か居るのかな。

 廊下の奥に誰か居るのかな。

 私は目の前に居るよ。


「杉田先輩、既に決まったヒトがいるらしいです。遠野先輩にはちょっと道のりが長いかも、です」

 決まった女。

 崖から落ちるところを救われて岩を落とされた気分。

 ナガミネくん、きっと悪徳商売の人なんだ。霊感商法とか。そのオンナと別れさせるために高い壺とか勧めてくるんだ。買っちゃうね、私。


「なんで、ナガミネくんがそんなこと知ってるの?」

「前に、杉田先輩と早坂先輩が、」

「ハヤサカッ!」

「……んが、が、ギブ……」

 ぱんぱんと腕を叩かれる。

 無意識に手が伸びて首を絞めてた。

 落ち着け?

 冷静だよ。早く続けろ。


「はあ。杉田先輩、あの早坂先輩と普通に話してたんで、これは彼女がいるに違いないと思いまして。それで尋ねてみたら、決まった相手ならいると」

「へえ。普通に早坂さんとデレデレ話してたんだ。それで心に決めたんだ」

「違いますって。ちょっとつついてみたら、こう言ってたんです」


 ———— それって遠野先輩のことですね?

 ———— はは。俺と遠野の関係はこの夏で終わりだ


 終わり。なんだ。

 終わってたんだ。

 ちゃんと始まってもいなかったのに、終わりにされちゃった。

 ひとりで思い込んで期待なんかして。

 なんかもう、ばかみたい。


「相手、誰だろ。キミの知ってるヒト?」

「いえ。でも名前は教えてくれましたよ。えーっと、なんか元気そうな、飛び跳ねてるみたいな」


 ウソ。心臓が、きゅっとなった。


 ———— その呼び方、ぜったいみんなの前でしないで

 ———— なんでだ。元気に飛び跳ねてるみたいでいいじゃないか


「そうだ、ハネちゃん。ようやくハネちゃんを独り占めできるんだって自慢してましたけど……。おお、マネージャーでも速えなあ」


 胸が一杯になって、何も考えず走ってた。

 靴を履き替える時間も惜しくて、なのに上履きも靴下も邪魔で脱ぎ捨てて、玄関から飛び出ちゃった。



「失礼しまーす」

「はーい。長嶺、どした、誰かにやられた?」

「いえ、ちょっと青春が見たくて」

 入るや否や心配してくれる保健の先生をよそに、俺は窓際までお邪魔して外を眺める。ついさっきまで地獄の海だったとは思えない白く照ったグラウンドに、疾走する一点が現れた。


 スカートを思いきりなびかせ、大きなストライドで一直線。

 その延長線上にチンタラと歩く朴念仁がひとり。


「ん? あれ颯音じゃないか? どしたのよ裸足で」

 俺に釣られて外の様子に気付いた先生。


「ハヤネって、難しい読みですよね」

 ハヤネでハネちゃんて、さすが昭和センスの杉田B。

「読み易い方だよ。あたしだって」

うららセンセーですもんね」

「お、知ってたか」


 見る見るうちに距離が縮まり、杉田Bも気付いたようで足を止めた。

 いち、にの、さん。

 ハネちゃんが、跳ねた。


 驚くべきは杉田Bの体幹。ぱない。

 しっかり抱き止めて、よろけ回りながらも倒れなかった。

 ハネちゃんは両腕と両足でがっちりと捕まえたったみたいな感じで遠慮がない。

 二人とも同じ色になって重なった。

 幸せは黄色で確定。


「「はあっ。いいなあ、青春」」


 深い溜め息のハーモニーが保健室に響き渡る。


 いやマジで遠野先輩のこと忘れててヤバかった。

 正直、とっくに二人はデキてると思ってたからさ、まさかあんなに思い詰めてたなんて考えもせず。これで俺が杉田Bへ業務委託したことで決定的にヒビが入ったら洒落にならんし。ダメ元で理由こじつけてみたが鵜呑みにしてくれて助かった。

 小宮山たちから二人が幼馴染みとは聞いていたけども、病んでてハネられないハネちゃんの話からして進展ゼロに等しい関係だったと察し。

 なにが、

 ———— 俺が遠野と呼ぶのは、部長とマネージャーのけじめだからな

 だよ。

 二人とも部活引退をきっかけに変われると期待していたのだろうが、そんな実りの季節が自然と訪れるものじゃあない。想いを募らせたまま悶々と時だけが過ぎて卒業、別々の大学へ進み、ハネちゃんはヤリサーの先輩に誘われるがまま……。うわああああっ。なんて大興奮な展開で喜ぶのはクズな俺だけなのだ。


 そんなわけで、僭越ながら俺が火付け役を務めさせていただいた。

 最後はちょっと揶揄ってしまったが、いい具合にくっついたな。

 まだ抱き合ってら。


「これで手を繋いで帰るくらいにはなるか。てかあの格好はもう入ってるイテッ」


 ピシャッっと鋭く伸びてきた手に頭を叩かれた。

 先生反応よすぎ。軽いジョークでしょうに。


 ハネちゃん降ろされるも、地面が熱くて立ってられないことに気付いてぴょんぴょん跳ねてる。結局おんぶされることに。

 バカップルのクソ甘な会話が聞こえるようで、もうお腹一杯。

 青春。ごちそうさま。


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