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今日一番の反省点だぞ

 しっかし、男だらけの反省会、色気ゼロで何も面白くない。


「そういや、あの一人で頑張ってたお姉さんは帰ったのか?」


 周防とは反対方向にもたれかかっている黒澤はもう限界。

「シャワーを浴びたいと言うから部室棟を案内しましたけどね、もう済ませて帰ったでしょう」


 お前なにしてんだよ先に言えよ。偶然意図的に間違ってシャワールームで鉢合わせるイベント逃したじゃねえか。今日一番の反省点だぞ。


「まだ色々尋ねたい事があるんだが。お疲れのようだから一つだけ教えてくれ」

「…………」


 返事がないのは元気な証拠。


「少し失礼なのは許してくれ。指導員。指導主事だったか。かなりのキャリアを積まないと得られない職だと思うんだが、実力なのか?」


 のっそりと身を起こす。

 それでも上半身に力が入らず、両の肘を膝に乗せて項垂れる。


「そんなのイカサマに決まってるでしょう」


 あっさりと成りすましを認めてしまった。


「嘘でも先生に憧れを?」

「ただ都合が良かった。それだけです」


 だるそうにもらった説明によると、ムシというのは、人間の集団に現れる確率が高いらしい。理由は単純で、獲物の死神を捕えやすいから。

 死神を宿した人間を見つけたら、魂の活性が弱る瞬間を狙う。中に潜んだ死神が簡単に引っ張り出せるタイミングなのそうだ。魂の活性というのは一日の中でも波があり、特に子供は精神状態と直結して小刻みに変動する。


 だからムシにとって学校は格好の餌場なのだと。

 逆を言えば、ムシ狩りにとって学校は絶好の狩場というわけだ。


「そうか。問題のある学校の方がムシの収穫が上がる。そうした所を転々とできるのは、教育委員会の指導員というわけか」

「ご明察です」


 なるほどなー。そういう世界があったんだなー。

 素直に感心するも、少し引っかかる。


「でもさ、今日みたいなムシの大量発生が学校で起きるのはリスクがでかいだろうに。俺だったら、もっと広くて安全な場所に弱った人間集めて誘き寄せると思うんだが」

「鬼畜なことをさらっと言いますね」


 だってそうだろうよ。

 リスクの影響をコストかけずに最小化するリスクマネジメントは、どこの世界でも共通課題さ。


「実際やってるところ、有るんじゃないの?」


 人の業の深さを突いてやると、眉頭を押しながら溜息を漏らす。

 即否定しないということは、やってるんだな。


「学校を選ぶ最大のメリットは別にあります。最大のデメリットでもあるんですが」

「というと?」


 唐突に諸刃の剣みたいな事を言い出すので興味を引かれる。

 学校は社会的にも閉じた空間なので隠蔽しやすいとか。デメリット知らんが。


「稀に、突然変異した個体が強すぎて我々では歯が立たない事があります」

「それは、あるだろうな」


 実際、今日見た変なムシは厄介そうだった。

 更に凶悪なムシが現れることは容易に想像できる。

 その対処手段が学校に隠されているということなのか。

 なんちゃら砲みたいな秘密兵器が、校庭の地下に眠っているみたいな。


 何だよ、あの時のお姉さん放っておけば、突如地面を割って発せられるビームがムシを撃ち砕くとかいう胸熱展開が待ってたのかよ。


 余計な事しちまったなー。見たかったなー。


「人間の魂を燃料にして動く強力な兵器があります」

「ん?」


「健康な子供の魂は良く燃えます。それを全校生徒から少しずつ拝借するわけです」

「おい」


「威力最強にしてコスト最悪なその攻撃に耐えられる蟲はまず存在しません」

「どっちが鬼畜だよ!」


 健康な子供の魂は良く燃えますじゃねえよ。

 怪しいネット通販のキャッチコピーだってもっとマシだっつの。

 学校が燃料タンクになって便利とか、教育倫理どこいったんだよ。


「もちろん、後で純粋な新しい魂を補充して返すわけです」

「なんだ返せるのか。まあ子供から借金する背徳感は否めないが」


「背徳感だけでは済みません。想像してみてください。千人の子供に一人ずつ魂を補充する手間を」


 いきなりカッと目を見開いて、この目の奥に焼きついたこの記憶を覗いてみろと言わんばかりに顔を近づけてくる。


「よ、よくわからんけど、一人ずつって時点で面倒そうだな」

「仕事の合間を使って一日五人が限度。それが一年間続くわけです。返し終わる前に卒業なんかされたらもう目を覆いたくなる手間ですよ……」


 確かにコスト最悪だ、そりゃあキツイ。

 他人事だけどな。ご苦労様。


「補充するくらいなら最初から燃料用の魂を用意しとけばいいだろうに」

「魂は生モノですから長期保存ができません。非常に高価ですし」


 左様ですか。

 難儀な仕事なんすね。

 素人が口挟んでごめんなさいね。

 これからもお仕事頑張ってください。

 陰ながら応援してます。

 あなたのファンより。


「私からも一ついいでしょうか」


 やだよ。と即答したかったが、思いのほかよく喋ってくれたのでタダで済ませるというのも気が引ける。また不用意に彼女の名を出したりしなければ答えてやろうと思う。


「なんだ?」

「先ほど校舎の中であなたが相手をしていた蟲ですが。なぜ腹を切ろうとしたのです?」


 ついさっきの出来事だというのに、俺の中では既に忘れかけていたので自分でも驚く。正気でなかったとはいえ、あのムシの腹に収まっていたのは彼女の中に潜んでいた死神だと認識できていれば、“取り戻す”などと執着しなかったはず。


 一言で答えるなら、

「俺の勘違いだよ」


「勘違い。蟲が食った死神を助けようとしたわけではないと」

「ああ。ムシが彼女を食ってると思い込んでさ、血の一滴だって渡すつもりがなかった。正直、頭ん中キレちまってよく覚えてないんだわ」


 口に手を当てて考え込む黒澤。

 どこに謎解き要素があるのかさっぱりわからん。

 実は俺の中にも死神が潜んでいて、そいつが俺を操ってムシから同胞を救った。なんて死神感涙の裏ストーリーがあったりしてな。


「なあ。今まさに自分の中に死神が居座ってるとかわかる方法あるのか?」


 思考に嵌っていた黒澤がはっとなって俺を見る。

 今頃そんな疑問に辿り着くとはお可哀想に。みたいな目を向けるな。


「今まさに、というのは不可能でしょうね。まさにその時は死神を意識しないよう精神操作されるでしょうから」

「なるほどな。ちなみに今、俺ん中に居るとか居ないとか黒澤はわかるわけ?」

「まあ。居ませんね。というか、最早あなたに住み着く死神など存在しませんよ」

「なんだよ、俺は事故物件かよ?」

「死神からしたら拷問道具がびっしり飾られた部屋です」


 青白い鎌とかウニとか拷問道具の材料が俺の中にあるわけだから、そうなるのか。

 なんか一部のマニア層にウケそうで不安になるんだけど。

 MさんとかMさんとかMさんとか。

 もし寄ってきたらムシに食わせてやる。


「ムシって飼えないかな」

「あなたの思考パターンが相当に迷惑なのは今日一日でよくわかりました」


 そうか。俺も良き理解者を得たようで何よりだよ。

 わかったら俺の面倒はよく見るように。

 これからもお仕事頑張ってください。

 陰ながら応援してます。

 あなたのファンより。


 外の様子がだいぶ静かになってきた。下校の波が過ぎたようだ。

 そろそろ彼女の様子を確かめに行かなければ。


 しかし、やはり黒澤に教わるべき知識がまだまだ多い。今度一杯やりながらゆっくり話しましょうと言えないところがこの年齢のもどかしさ。

 黒澤が限界だな。今日はもう弄るのをやめておこう。

 ではお開き。


 と思ったら、校長室の扉がお開き。


「よーやく見つけた」


 濡れたままの髪が白いTシャツを湿らせ、黄色の短パンからすらりと伸びる生足。

 緑色のスリッパをパタパタさせて中に入ってくる。


 もし俺に姉がいたならシリーズ。「あっつう。お母さん冷蔵庫の牛乳なくなるー。ユキトそこどけ。踏まれたい?」踏んでください。といった妄想が捗る絵ヅラ。


 生足スリッパ、想像以上にエロいすな。


 ようやくジジ臭い校長室にフレグランスな空気が流れ込んできた。

 しかしながらお姉さん、仕事後のシャワーを済ませてサッパリくつろぎモード、という様子ではない。

 仁王立ちのまま「何で電話出ないのよ」「ちゃんと説明するのが上司の仕事だよね」と黒澤を責め立て始めた。


 商談中に顧客の上司と部下で揉め事が始まるなんてのは珍しくもない。そんな時は決して口を挟まず気配を消して成り行きを見守るが吉。俺はソファと一体化して無機物然となる。


「源五郎さんと今後の話し合いをしてたんだ。どうせ神崎は呼んでも来ないだろうが」

「当たり前じゃない。あんなのとマトモに話なんかできるわけないよ」


 やはりお姉さんは源五郎を嫌っているようだ。マトモに話が通じないところは激しく同意だな。お姉さんの場合は更に忌み嫌う確執があるのだろう。


「神崎の業務実績は十分に足りてるんだ。少しはマネジメントの方をだな……」

「あーうるさい、うるさい、ウザイ!」


 兄妹喧嘩かよ。

 微笑ましいじゃねえか。


「そんなことより、あの硬い蟲を貫いた攻撃とか、最後に使った殲滅兵器とか、あたし聞いてないんだけど。あんなのいつ開発したわけ? 誰がやったのよ!」


 それは反省会メンバーだけの秘密なんだなー。

 黒澤が躊躇いなくソファに座る無機物を指差す。

 おい。


「うわっ、誰かいた! あっ、キミは」


 お姉さん、お笑いコントの才能ありそうなリアクションするよね。

 俺も綺麗なお姉さんの相手は吝かでないんだけどさ、もう行かなきゃなんだよ。またこの場でやってみせろとか言われたら面倒で敵わない。


 ダメ元で惚けてみる。

「えっと、業者さん?」

「業者いうな」


 五秒の沈黙。

 黒澤フォローする気ゼロ。


「キミ、もしかして同業者?」

「いやあ、モデルの仕事なんて僕には縁がないですよ」


 五秒の沈黙。

 黒澤突っ込む気ゼロ。


「え、あたしモデルに見えるの?」

「え、違うんですか? あまりに綺麗な人なのでてっきり」


 まじ? やっぱアタシまだぜんぜんイケるんじゃん。

 もうさー、そーいう素直なオトコがまわりにいないからさー。


「って、最初に業者つったろーが!」


 お姉さんノリツッコミまでできた。


 面白いけど首絞めてくる力がハンパない。

 これは、男にはモテるけどすぐ素性が知れて逃げられるタイプだな。残念。


「今話題の実験体だ。やたらな事をすると今回の報酬が流れるぞ」


 黒澤の発した警告にビクッと反応して止まり、両手を俺の首から離した。

 あははーゴメンネーと俺の首を撫でてきやがる。よせよ感じちゃうだろ。


「マジで?」


 お姉さん上司の方へグイッと首を回して念押す。


「大マジだ。まだ推測だが、天然モノの恩恵を得ている。その能力は神崎が目にした通りで間違いない。私は見ていなかったおかげで平静を保っていられるがな」


 ギギギと油切れのようにぎこちなく首が戻って俺を改めてくる。

 なんなら脱ぎましょうか。

 いっそ生まれたままの姿になって見せっこしましょうよ。


 思わず前のめりになって提案したくなるが、やはり時間が惜しい。

 次に会った時の楽しみということで。


「それじゃ黒澤先生、今日はこれで失礼します」


 お姉さんと目を合わせないまま立ち上がり、今度こそお開きを宣言する。


「ちょっと待って。キミはどうやってその恩恵を……」


 どうやってもこうやっても、オンケーってのが何だか知らんし。


「周防、起きろ」


 むくりと身を起こす周防弟。

 お姉さんの宣告の使い方を見て気になっていたのだが、やはり死期に関わる言葉を含む必要がなかった。唇を動かすだけで効力を発揮するくらいだから、更には心の中で『死にたくなければ聞け』と気持ちを込めるだけでも有効なのではと思った。

 その仮説はどうやら正しいようだ。


 宣告の用途からかけ離れた、俺にとっては至極面白くない、危ういチカラになってしまっている。自重というより、己を強く戒めねば簡単に身を崩してしまうだろう。


「ふぁ。ユキト君? ここドコ?」

「周防。起き抜けで悪いが、こちらのお姉さんがお前をいたくお気に入りだ」


 えっ、居たの! みたいに本気で驚いたお姉さん。

 ムシしか見えていないフシがる。職業病なのだろうか。

 それにしてもえらい動揺ぶりだな。


「ちょ、な、オキニとか、ナニ言ってんの……」

「僕もお姉さんに会えて嬉しいよ!」

「ええっ!」


 寝起きから三秒でイケメンスキル発動。

 既に手を握ってパーソナルスペースの侵入へ成功している。

 クソ。嫉妬しかない。

 てかお姉さんもちょろすぎだろ。

 お前らそのまま退場しろ。


「着の身着のままでお困りなんだ。お世話を頼めるだろうか」

「喜んで!」

「ええっ!」


 とりあえず教室に僕のジャージがあるからそれを着てもらって、服を買いに行きましょうよ、それから一緒にお昼も食べて、もし時間あったら遊びませんか!


 お姉さんの手を引いて去っていった。


 命令したつもりは無いから、周防も気に入ったのだろう。

 いいマッチングだった。アフタースクールを満喫してくれ。

 黒澤、教育マインドゼロ。


「あのお姉さん白バイ乗ってたけど。モビリティ重視ってこと?」

「そんなところです。適材適所、とは言い難いですが」


 確かに。あの性格のまま白バイで煽られたくはないな。

 こうやってムシ狩りの人々は多種多様な職業に紛れているわけだ。さっきの自衛隊も然り、強権と実力を有する組織は便利。そして通勤ラッシュや競馬とか精神削るようなTPOに合わせて出張るなんてのもありそうだ。

 ご苦労様。

 俺は心穏やかに慎ましい青春を過ごすとするよ。

 さよならムシ業界。


「普通の人間に蟲は見えないしさわれません」


 立ち上がって去ろうとすると、黒澤が独り言のように弱く語る。


「そう、みたいだな」


「それは蟲からも同様、人間の実体には触れられない」


 人間に噛みついたように見えても傷が残らない理由のことか。

 理屈は知らんが、ムシが噛みつくのはヒトの見えない世界のものなのだろう。


「そう、みたいだな」


「では、あなたや私たちのような、蟲が見えてさわれる人間はどうなのか。わかりますよね?」


 それはムシからも同様、俺の実体に触れられる。

 右腕にうっすらと噛まれた跡が残っていることに今更気付いた。

 もしムシに食い千切られたなら、それはありのままだったのだ。


 なるほどな。


 いくら俺がムシに関わらないつもりでも、ムシにとっては知ったことでない。

 無事に生きたければムシを潰せ。そんな黒澤のアドバイスだ。

 まったく、因果な性分に恵まれたもんだ。


「そう、みたいだな。肝に銘じておくよ」


 扉を開けたら上下左右のムシを確認してから出発しよう、ヨシ。

 午後もご安全に。


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