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ポロリもあるよ


 また校長室。ソファーに座る三人。


 男だらけの反省会。ポロリもあるよ。

 愚痴がね、ぽろりどころじゃないよ。


 とりあえず群がって来たムシの寿命が尽きたとのことで、業者さんの仕事は無事、とは言い難かったが終了。調子に乗って『ウニ』やったおかげて地獄の海が決壊、学校の外まで片付けの範囲を広げてしまった。

 散らかったムシの体液や臓物は普通の人間には認識できないし、放置しておけば消滅していくのだが、中には時間のかかる部位があって手作業で回収しなければいけないそうだ。


 業者さんには大変申し訳ないことをした。反省。

 けれども、さすがプロは撤収も早かった。

 仕上げに薬剤散布のような事をしていたけど何の薬かは気にしない。

 俺的には最後が一番驚いた。

 迷彩色の大型ヘリが学校上空に飛来、トラックまるまる一台を吊り上げて運び去って行ったとかいう力技。よほど急いでいたらしい。

 あれ見たら人間の強引さも死神の力に負けず劣らずと思った。


 授業の後の一斉清掃も終わり、生徒達は下校を始めている。暑いだの疲れただの好き勝手騒々しい声がいくつも過ぎていく。

 黒澤は汗だくのまま来客用のお茶二本目を飲み干す勢いだ。


 無言が続く。


 三者三様の問い質したい事がある。はず。

 人と死神の仲介なら黒澤が適役なのだが、平常へ戻るにはまだ時間がかかりそうだ。源五郎は心ここにあらず、何か他の考え事に忙しい模様。


 俺はコイツらが自発的に説明責任を果たすべきと考えている。

 もう少し待つべきか。

 ならば先に検証を済ませよう。


「黒澤。鎌を出して見せてくれ。小さいヤツでいい」


 ソファにもたれたまま黙って素直にパッと出してくれる。

 ことりとテーブルに置かれたのはやはり鎌らしい鎌。しっかり囲い込む角度がついていて、草を刈るには鋭すぎる刃先が穏便ではない雰囲気を素人にも感じさせる。


「さっきのお姉さんみたいに大鎌も出せるの?」

「……まあ出せますけど。今必要です?」


 疲れてるんで絡まないでくれます? 的な反応。

 お前、立場わかっててその態度かオラ。とは言わない。

 そういう時の気持ちはよく分かってしまうので絡まないことにする。


「いや、要らない」 


 テーブル上の現物を良く観察しながら、自分の手から軽くぶしゃあー。

 対面の二人がおののくのを気にせず、作り上げた工作をテーブルに並べ置いて比較してみる。形は瓜二つと言っても差し支えないほどだが、やはり青白い外観は変わらず。

 これは別物と判断せざるを得ない。


 ま、黒澤みたいにパッと出せない時点で気付けって話だけどな。

 源五郎が何度も首を横に振りながら隣の黒澤を肘でつついている。


「な、何ですソレ?」

 黒澤が俺に問うてくる。


「分からんからこうやって検証してんだよ」


 素直に答えてやると、源五郎がゴニョゴニョと黒澤へ耳打ちする。

 どうにも青白い鎌を見る二人の顔色が芳しくない様子。


 刃物が良くないかと形を湯呑みに変えてみる。

 逆効果だったようで黒澤はついに目を逸らせた。


 手元のボトルからお茶を注ぎ、温度を変えられるか実験。俺も理系的思考になって来たじゃないかと得意気に念じてみたものの、熱くも冷たくもならず。残念。


「なあ、温度変えたい時ってどうやんの? ヒントくらいくれよ」


 知るわけないでしょ。

 僕が知るわけないさ。ははっ。


 黒澤は不貞腐れ、源五郎にいたっては周防弟になりきって放棄。

 よほど教えたくないらしい。


 まあいい。便利過ぎる能力に慣れてしまうと、俺の実験が終わった後の生活がつらくなるしな。やはり普段使いは封じて虫除け道具のひとつくらいに留めておこう。


 湯呑みのお茶をぐいっと呷って、もう一度鎌の形へ戻す。

 やっぱり草刈り用がいいところだな。


 だが、包丁にすれば野菜も切れるのかな。お茶が入ったってことは、鍋はどうだろう。今度火に耐えられるか確かめねば。うまく行ったらひとりキャンプに出掛けよう。なんてな。


「でさ。そろそろいいかな」


 何が? みたいな顔を揃えて向けてくる。

 説明する気なかったって事ね。もういいよ。


「ムシ。って何なのさ」


 実害が出ている以上、再発防止策は重要。そもそも害をなす存在自体が意味不明とあっては策を練る以前の問題だ。

 これを聞いて納得するまでは、今日は身を引かないつもりでいる。

 黒澤は死神から教わるよう言っていたくらいなので自分から答える気は無く、隣を肘でつつき返している。当の源五郎は「そうだね……」と考える風の顔をしてから、まず簡単に一言で答える。


「蟲は、僕らの成り果てた姿。だね」


 僕ら、と言ったか。


 ムシが元は死神だと言っているのか。

 さっきの、あれほど大量に潰した数が全部、かつては死神だったと言うのか。

 


 ムシは死神を喰らうのだった。

 そんなムシを死神は人間を使って滅殺している。

 まさか死神の脅威が死神由来だったとは思わなかった。 


 しかし、なぜ死神は仲間であった存在をムシなどと蔑んで呼ぶのか。

 人間に嫌悪感を植え付けてムシの処分を促すにしても、気が咎めるものだろうに。


 いや、それこそ人間の都合に合わせた勝手な思い込みだな。なんなら、死神が同胞討ちを忌み嫌って人間に代行処分させている、なんて納得してしまい兼ねない。


 実際には死神のリスクが最小になる選択肢として人間を使役しているだけ。

 そう思った方がお互いの為だろう。


 確かに黒澤の言っていたとおり、主観の混じり易い部分だ。

 ならば、こっちも人間としてリスクを客観的に把握しておくべき。


「あんたも、そのうちムシに変わるってことか」

「そうかもだね。あれは一種の中毒症状だから、どれにでも起こり得る」


 自分もムシに成り果てる可能性を肯定しながら不安や弱みを見せることなく、まるで他人事のように語る。その表情は周防の顔に良く似合っていて、むしろ兄貴の方を彷彿させる。


 中毒と言ったな。

 死神が老い衰えるとムシに変化するという理屈ではなさそうだ。

「中毒。経年劣化ではなかったのですか?」

 意外にも黒澤の方が驚いて反応した。

 まさしく、主観から生じたズレといったところかも知れない。

「長年の蓄積が原因だからね、同じような事だね」


 単に老化が原因ならほぼ全ての死神が晩年はムシとなるということだが、中毒であれば必ずしもそうはならないはずだ。


「その毒ってのは、何なんだ?」


 踏み込んだ問いが、今しか訊けないと予感した途端に口を衝いて出てしまう。

 求めて知った事には何らかの責任が生じる。だから教えてくれるなという相反した気持ちもあって少し後悔した。


「僕らのごはんだね」

「ごはん? 死神って飯食うのか」


 頷く代わりに肩を落とす源五郎は、愚痴をこぼすように答える。

「最近は人間の死の質が落ちる一方だからね。慢性的な栄養失調で弱ってるから、ちょっとした不純物でもやられてしまうね」


 さっぱりわからんが、なんか人間が悪いらしい。

 途中の説明を省き過ぎだろ。


「随分と饒舌ですね。我々を始末するおつもりですか? 源五郎さん」


 今度は諌めるような調子で黒澤が口を挟んできた。

 もしかして、どうせ殺すんだから最後に真実を教えてやろう的な流れに乗っていたのか。危ねえなあ。


「滅相もない。逆だね」


 逆とは。真意が掴めず黒澤を見遣ると、「逆って、まさか、そんな気ないですよね」と黒澤が俺に向かって不安そうに確認してくる。そんな気ってどんな気だよ。

 いい加減ちゃんと教えろ。


「初めて参加したコンパで内輪ネタばっかで盛り上がってる奴らを殴りたくなる、みたいな衝動ならあるぞ?」


 新顔にはもっと気を遣えって話だ。

 ちなみにコンパの終わり間際になって、空いた隅っこの席で唐揚げ食ってる時に「レモンかける派なんだ」とか声を掛けてくる女がいたら、そいつはちょっと拗らせている可能性あるので要注意だ。根拠は、まあいい。


「この鎌なら僕は死なない。その鎌だと僕は死ぬ。だね」


 源五郎が指し示した前者は黒澤の鎌。後者は青白い方。

 なんとムシだけじゃなく死神にも使える万能鎌だったと。

 死神が俺に与えた能力がよろしくない方向へ変化してしまったわけか。


 つまり、源五郎の言った「逆」とは、俺が短気起こして死神の被害を出すことだった。

 さっき俺がムシを潰したような事が同じく死神へ通用するとまでは思えないが、無自覚に凶器を振るう困ったちゃんに成り果てる、かも知れない。


 そうなる前に、ちゃんと説明しておこうという源五郎の姿勢や良し。理解理解。最初に言えよ。俺だって好き好んで敵を作りたいわけじゃないんだし。


 いや待て。


 いくらおバカな俺でも気付くぞ。

 当然ながら黒澤たちも分かっていてそれをしない。雇用関係があるから。

 だが俺はムシ退治で稼ぐ気など毛頭ない。それは源五郎も承知のはず。

 だから、恐らく他の何かで利害の一致を求められるということだ。

 あるいは、有無を言わせずに。


 交渉ならば受けて立つ。

 とはいえ、今日の俺は自分自身も驚くほど衝動的に短慮を起こしている。俺の理性が頭で何を考えていようとも無駄だという実感もあるんだよな。それこそ俺の魂が赴くままに、ってやつ。しかも、こんな感じが今後も続く予感はする。


 困ったものだ。いやほんと既に困ったちゃんだよ俺。

 どうしたものか。


 意図は違えど結果として、今日のムシ退治で俺は死神社会に貢献した。わりと派手目にやらかしたので、良くも悪くも『ヤベぇ奴』の立ち位置になったことだろう。


 無理してイメージアップキャンペーンを張り切るよりは、死神の事情に我関せずを貫き沈黙を守る方が、死神にとって底の知れない存在になれるのではないか。


 藪をつつかなければ蛇は出ない。その理屈が定着すれば、相互不干渉の関係が成立する可能性を残せる。そもそも俺は実験体だ。源五郎も対立など望まないはず。

 その方向性を採用。俺が真摯な紳士でいることの条件提示で交渉に臨みたく思う。


 どうだ周防源五郎?

 しらばっくれた顔しやがって。

 なら俺もだ。


「ムシって死神食ってたよな?」

 しらばっくれて黒澤に問うてみる。


「まあ。そうですね」

 遠慮のない迷惑そうなその目や良し。


「そのまま死神が全滅するまで食わせれば、ムシもいなくなるじゃんか。むしろ人間にとって益虫じゃないのか?」


 おバカな俺でさえすぐに思い当たる疑問だ。

 ムシを絶滅させるなら、人間が死神を根絶すれば確実じゃないか。

 俺が青白い鎌を振るうべき相手はムシじゃなかった。としたら。

 すかさず源五郎の顔色を窺って首を振る黒澤。

 そうさせない事を生業とする人間にとっては禁句だよな。


「死神の存在なしではヒトの魂の巡回が成り立ちません。彼らもまたヒトの魂に関わらなければ存続できない、そういう関係ですから」

 ルミさんが最初に説明してきた話に近い。

 死神が存続できないとは、件のごはんに関わるのだろう。


「なるほどな。それは大事な関係だ。しかしなあ、実害被ったし。次に彼女に何かあったら、人類なんか半分に減ったって構わないと思うんだ。どうしようか?」


 冗談でも軽口でもない。

 わりと本気だということが、源五郎には伝わっていることだろう。

 黒澤、ストレスピークに至って今にも自分の鎌で俺に襲いかかってきそうなその目や良し。

 その強力な自制心、間違いなく中間管理職向きだよ。


「それが精霊の導きなら、従うしかないね」


 漸く源五郎が反応したと思えば、意味不明な呟き。

 とても俺に向けた意思表示とは思えない。


「セーレーの導き? なんの事だ」


 黒澤はすっかり不貞腐れて丸無視しやがる。

 久々に鍛え甲斐のある部下を持った気分がしてきた。学校を指導する黒澤先生を指導するプランを検討してやろうかと思う。

 ちょっと気が逸れているうちに、死神の意思が決まった。


「ハヤサカチヨノの安全を最優先で確保する。クロさん、後で発注するね」


 源五郎が初めて彼女の名を口にした。

 最優先とするあたり、俺の考えをよく汲み取っている。


「いやっ、簡単に言わないでくださいよ」

「イマーシブ・リソースは必要なだけ増やしていい。恩恵が必要なら検討しよう」


 無茶振りに困惑する管理職と太っ腹社長のやり取りみたいだな。

 内容はさっぱりだが。

 てか今、源五郎が普通に喋った気がするぞ。


「……。検討します」

 あっさり飲み込んだな。オンケーとやらはおいしい条件なのだろうか。


 それよりも、このタイミングで本命の取り引きだ。


「それさ、ムシだけじゃなくて人間からも安全だと、俺は感謝すると思うんだ」

 俺にとっては黒いムシより人間の方がよっぽど厄介なんだよ。


「ちょっといい加減に……」

「あまり調子に乗るなよ。人間崩れ」


 止めようとする黒澤に被せてきた源五郎。

 やっと中身が出てきやがった。


 両目が真っ直ぐ俺を捉え、全身が痺れるような威圧を感じさせる。

 だが問題ない。そんな客はいくらでも相手にしてきた。

 俺はなんでもない顔を装い、青白い鎌を手に取り実物大のウニへ変形させ、手玉を弄ぶように見せつけながら、親交を申し出る。


「俺は今まで、受けた恩には報いるよう働いてきた。それは死神相手でも変わらないつもりだ」


 根拠は俺の頭の中にある営業人生の記憶。もう覗いて知っているだろう。

 何が得なのか、死神の価値観で判断してみろ。


 鍛え上げた営業スマイルで待ってやる。


「精霊が気に入ったのは君のゼレだけじゃないようだ。善処はするね」


 セーレって人が俺のズレ気にしてるのか。

 ズレてんのか俺。知ってるよ。

 大きなお世話だよ。ココロの若づくり必死なんだよ。


 まあいい。とりあえず、交渉は上手くいったようだ。

 死神の善処は人間のそれよりは信用できる。


「よろしく頼むよ」


 俺は青白いウニを握り潰す。

 やはり自分の中へ取り込むことが出来た。

 気持ち悪いが、矛を向けない意思を見せるパフォーマンスということで。

 少しは満足してくれたのか、源五郎の目が笑っている。


「このカラダ、限界まで使っちゃったね。あとはよろしくだね」

 言うや否や、周防弟の目は閉じてソファにもたれた。

 源五郎は退場したようだ。


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