絶対にヒトに向けたらいかんヤツ
悲しいことにムシ予報は的中してしまった。
このグロい景色を視界の端に入れながら淡々と仕事を続ける保健の先生、シュールすぎる。あのお姉さんが鎌を振るった勢いで飛び散ったムシの破片がここまで届くけども、保健室の窓よりも外側で見えない壁にベタっと張り付いてからずり落ちる。
ムシが地面に落下する振動がやや伝わるものの、その他は我慢できる程度の静けさを保っている。これが源五郎の善処している結果だと認める。
しかし、あのお姉さん単独でよく捌けるよな。驚異的な仕事ぶりだ。
まさに期待していた一匹狼的なやつだった。
黒澤の姿が見当たらないのは、分が悪いと見てどこかへ閉じこもっているのか。歩合制と言っていたし、お姉さんの方は荒稼ぎに夢中といった具合なのだろう。
既に感覚というか、常識というか、いろいろ麻痺してしまっていて、お姉さんの人間離れした行動を眺めていても驚くことがない。むしろ、「あんな感じでやるのか」と見学気分でいる。あれだけ速く動けて高くも飛べれば爽快に違いないが、能力と引き換えにムシ退治が課せられるとあれば、正直なところ俺は遠慮組だ。
朝礼台に立ちただ見守る周防源五郎。
ムシを恐れるでもなく、人間の仕事ぶりを監視するでもなく、酷くつまらないものを見ているような横顔を覗かせる。俺の視線に気付いたのか、こっちを向いて周防弟の薄っぺらい愛想笑いを完璧に再現させて手を振ってやがる。
見せ物じゃないんだね。とか言う意思表示なのだろうか。
それにしても、お姉さんの大鎌が出ては消えしている様子からして、黒澤の言っていたとおり貸し借りできるものじゃなさそうだ。あれは自分の中から取り出して自分で使うものだと直感で理解した。
「魂を捻り出して作るなら俺にもできそうなんだけどな」
右腕を前に伸ばし、ムシに食らわせたのと同じものを出すイメージ。
ぶしゃあっ。
突然手の先から泡のようなものが迸る。
「うぉっ!!」
驚きのあまり声を張り上げてしまい、慌てて右手で口を塞いだもんだから、部屋中に撒き散らしてしまった。
恐る恐る彼女の様子を確かめると、暑いのか掛け布団を退けてしまっているけども、幸い目覚める気配はない。
だが、制服のスカートに少しかかってしまい、青白く光っている。
やばい。光る体液を女生徒にかけた疑いで逮捕不可避。
光る体液て。
どーすんだよコレ。拭き取れるもんなのか?
ねばあっと糸引く系だったら最悪なんだが。
とりあえず自分の足元に落ちた分に触れようとしたら、またびっくり。勝手に浮き上がって手の中に収まった。限りなく液体の感触だが手は濡れたりしない。
他に散らかった分は、目で捉えるだけで飛んできて一体になった。
もう一度スカートを見遣ると、最大の問題点も素直に離れて浮いて事なきを得た。
大丈夫。汚れてない。
安堵の溜息が出る。本気で焦った。
変な物体のことより、顔にかかってないかとか、妙なところで光ってないかとか、そんな事ばかりを心配してしまう。
「で。なんなんだよ。こりゃ」
少し慣れてくると、ドローンよりも手軽に自在に浮かせて操ることができる。
実際のドローン知らんけど。
でも子供じゃないんで、すぐ飽きるのですよ。
で、手の上に戻し、形を変えられるのかと念じてみると、こっちの方が面白かった。粘土の工作は苦手だったが、これは形も大きさも変幻自在ってやつだ。球、立方体、細長い棒、犬、猫、女体。エロッ、やばっ、才能開花。
はっとなって振り返ると、眠ってる。冷や汗。楽しすぎて油断した。
残念ながら色は青白く光ったままで着色はできず、フィギュア職人の夢は早々に絶たれた。残念だったな行人。
ならばと、話を戻して大鎌をイメージしてみたら形だけは一丁前のものが出来上がった。さらに発見したのはその質感だ。硬さや重さまでも変えられていた。刃も柄も物々しくしっかりしていて、本当に使えそう。
だが、やはり青白い見た目は変わらないので、黒澤やお姉さんの使っているものとは明らかに違う。選別眼のように成長する能力なのかは知らないが、当面は手慰み程度に終わりそうだ。
遊び気分で何本かのダーツの矢に変えてみて室内の掲示板に向かって投げる。
刺さった後に念じるだけで手元に戻ってくるので楽。
だけど、飛んでる間に狙いをコントロールできてしまうので、ゲーム性はゼロ。
己の発想が貧弱で一抹の寂しさを覚えて終了。
そういや、これは廃棄処分できるのか?
燃えないゴミの日に捨てればよい?
俺から出たから俺に戻せる気もしないではないが、一度外へ排出したものをカラダに取り込むというのは生理的に抵抗がある。
右の鼻の穴から出たモノを左の穴に戻すみたいな。あーやだ。
……。さっきみたいにムシに食わせるか。
うじゃうじゃいるし、少し膨らんでもわからんだろ。
と考えつつ窓の外を確かめて愕然とする。
「あらま。ひでえことになってんな」
ぶしゃあっ、にたまげてムシの事を失念していたうちに、校庭が赤黒の海に変わっていてビビる。波打ってるし、すっかり海なんだよ。
そこへ相変わらずムシがボトボト落ちて激しいしぶきが上がっている。
太陽も遮られるほど空にはびっしり黒い粒があって、闇の地獄状態。
保健の先生、フラットに仕事してるし。カオス。
「どーすんだよ黒澤。お姉さん厳しそうだぞ?」
窓際に立ち、一匹狼が肩で息をしながら鎌を振る様子を眺める。
そして今現れたアレは、他のムシとは全然違うと遠目でもわかった。
『第二波の分裂が加速しています。黒澤さん出られませんか?』
「精霊が覚醒して押さえるので精一杯だ。神崎はまだやれてるか?」
テントからの期待に応えられない黒澤は、一号車トラックのシールドルームに籠ったまま外の状況を把握できていない。捕らえた精霊が元気に飛び跳ねていて、蟲用の耐久性では壁を突き抜けて外へ逃げられ兼ねない状況を一人で必死に押さえている。
だが、テントから報告される神崎の状況も芳しくない。
既に突然変異による強化個体が三度発生しており、それらの処理でだいぶ体力を消耗してしまっているとのこと。あと一度でも強化個体が発生したならば、最終手段を行使する必要があると黒澤は理解する。増援は間に合いそうもない。
しかし、分裂が加速してるということは、裏を返せば活動のピークを迎えて間も無く寿命が尽きるということ。このまま突然変異の化け物さえ生まれなければ、耐えるべき時間はそう長くない。
「一般個体の処理よりも突然変異発生の監視に注力してくれ。一号車の護衛も引き上げて変異体の処理に回してくれ」
『了解』
賭け要素が強くなり決して良い判断とは言えないが、最終手段の後始末を想像すると、もう少し粘りたいという気持ちが拭いきれなかった。
所詮自分にリーダーの素質など無いと割り切る。
「神崎。一旦離れて休め。もうすぐ奴らの寿命が尽きる。変異体に備えろ。……どうした?」
十分稼いだはずの神崎へ体力温存の指示を出すも、返事がない。
いつもであれば指示を遮って罵声が返ってくるというのに。
前兆を何も感じられなかった。
もろにくらってつなぎ服のシールドが壊されてしまった。もう一度同じのが来たら、確実にカラダが粉々に千切れてしまう。
目をもつ変異体は久しぶり。
しかも目が二つある変異体は初めて。
それが普通に人間の姿を真似て立っている。
てか、形だけはあたしにソックリなんだけど。
表面は紫と錆びた赤のマダラ模様で最悪のキモさ。
さっき受けた攻撃は、あの手にしてる同じマダラ模様の鎌によるものだったのか。でも多分、あれも形を真似てるだけ。本来の機能までは持っていないはず。
何が見えてるのか知らない目。
肺もなく息をしてない鼻。
喉にも繋がってない口。
形だけで笑ってんじゃないよクソキモい!!
全速力で距離を詰めて頭の上から大鎌を降り落とす。だけど簡単にマダラ模様の鎌を当てて躱されてしまう。
間合いをとり直しては切りかかるも同じ結果を繰り返す。鎌の振り方まで真似られて、苛立ちが蓄積されていく。
一旦離れ、呼吸を整えフェイントを混ぜた渾身の一撃を見舞う。同時に、金属の跳ねる高い音が響いた。
「ウソ……」
こっちの刃が、折れた。
真似るように頭の真上から落としてくるマダラの鎌。間一髪で躱すも足を滑らせ、赤黒い水溜りへ尻餅をついてしまった。そのまま散らばった生臭い臓物を掻き分けながら後ずさるも滑って立てない。
作り笑いの蟲が悠々と迫ってくる。
あたしの鎌じゃチカラが足りない。
これは、もう、詰んだ。
『……どうした? 神崎、応答しろ!』
「めっちゃ硬い変異体発生。あとは、よろしくね」
『おい神崎、何があった? ちゃんと報告しろ!』
折角たっぷり稼いだのに。
調子に乗りすぎたかなあ。
呆気ない終わり方なんだろうとは思ってたけど。
まさか自分の姿をした蟲に負けるとはね。
それでも最期は一矢報いると決めていたから。
あたしにソックリなら弱い所も同じ?
それどこよ。
ヘソでも狙って突いてみるか。
じゃ、いくよ。
ぞわり。
その瞬間までの出来事を塗り潰す、
抗いようのない恐怖が背中に触れた。
———— 避けないと死んじゃうよ
全身が粟立ち筋肉が勝手に萎縮して真横へ倒れる。
蟲の体液漬けとなって完全に無防備な格好を晒してしまう。
一方的にやられるだけなんて、絶対に嫌だ。
なのに、理由の無い恐怖に侵されたまま為す術が無い。
唯一動かせたのは眼球だけ。
執念で蟲を睨みつけたその時。
一直線の青白い何かが蟲の胸を貫いた。
続く轟音と衝撃。
蟲は跡形もなく砕け散った。
✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎
保健室の窓を少し開けてみる。
騒音の侵入が無いことを確認。
そのまま窓を横へスライドさせ、身を乗り出して外へ出る。
急いで、そっと窓を閉める。
もそりと寝返りをうつのを見て思わず息を止めてしまうが、大丈夫。
起きないことを見届けてから、朝礼台の側まで行く。
「あのお姉さん、鎌持ったムシの相手に苦戦してるけど。大丈夫なのか?」
「ダメだね。あの変異体は強すぎるね」
周防源五郎は、野球観戦の諦めムードよろしく冷めている。
暗くなった空の下で頬にできる影が、うすら笑いの表情にも見える。実際は何を考えているのか、考えるつもりがあるのかさえ読み取れない。
「なら助けてやれよ」
「僕にそのチカラは無いんだね。今日の彼らは判断が遅かった」
淡々と目に映る事実を受け入れている。そんな感じだ。
そうだった。
死神は、それでいいんだ。
ヒトの感情を持ち出して「助けてやれ」なんて言い出す俺の感覚がずれていた。
最近、やたら人間的な会話に終始していたから気が緩んだ。
死神が人間の『生き死に』へ干渉するなど以ての外。
そのチカラは無いと言い切る源五郎は正しいのだ。
そして、俺に与えられたチカラは、人間が勝手に人間を助けて死神の実験を成功させるためのもの。ムシ退治のエキスパートを手助けするのは実験の環境を整える上で間接的ながらも理に適う事だ。
「悪い。忘れてくれ。あのお姉さんを勝手に助けるのは、俺の仕事だった」
やり場に困ってズボンのポケットに仕舞っていた、丸くした青白い物体を取り出す。それは最初の時よりだいぶ縮んでいた。
どうやら時間が経てば消えていくらしい。
「さすがに、これじゃ足りない気がする」
再び右手の先から、ぶしゃあして、欲しいと思った物に形作る。
細かいところまで覚えてはいないが、即席にしてはよく出来た方だろう。
鋭利に尖らせた青白い先端が気分を盛り上げてくれる。
「な、なにをしてるんだね?」
周防源五郎が目を見開いて、素で驚いている。
あの弟なら面白そうだと食いつくところなんだがな。
「陸上部のやり投げ体験がさ、ちょっと楽しかったんだ」
あ、お姉さん転んじゃったよ。
急げ。
助走。要らないんだけどな。
踏み込んで、槍は体の軸に対して垂直、だったか。
「お姉さーん、避けないと死んじゃうよ。そい、やっ!」
速く、真っ直ぐ、あのムシに、当たれ。
はいドン、大当たり!
ドンじゃ済まされず、ドカン。
ムシが砕けたのを目撃した直後、とんでもない衝撃音が届いて槍の通過した軌跡に沿って赤黒のしぶきが舞い上がった。
これには俺が腰を抜かした。
「なんだよ今の!」
「なんなんだね!」
源五郎に向かって文句言ったら逆にキレられた。
つか、何が静かにやれだ。俺が彼女を起こしちまったら世話ないじゃんか。
慌てて保健室の窓まで走って戻って中を覗くと、
すやすや。可愛い。
ああ良かった。寿命縮んだわ。
しかしこの手慰み、想像超えてきてヤバいぞ。
絶対にヒトに向けたらいかんヤツだこれ。
自重せねば。
「あの槍。片付けて欲しいんだけどね」
ぬっと背後から顔を出してくる源五郎。
窓から彼女の様子を一瞥して嘆息すると、俺に迷惑そうな目を向ける。
「脅かすなよ。わかったって。えっと、今どこだ?」
辺りが暗いおかげて青白い光はすぐに見つけられた。
グラウンドのネット際で地面に突き刺さっている。
さて、どうしたものか。
時間が経たないと消えないなんて言ったら源五郎は怒るよな。
刺さってるだけなら特に害は無いと思うが、やはりプロの現場に異物の持ち込みは厳禁というもの。でも折角だしなあ。もう少し試してみるか。
「ムシって、魚食ってたよな?」
遠隔で操り地面から引っこ抜いて空へ急上昇させて静止、魚の形に変えてみた。
疑似餌ってやつ。釣りのルアーみたいな。
安直かと思ったが、入れ食いとはこのこと。
一匹がパクリと飲み込んだら、もう一匹が大口をあけてそのムシごとパクリ。
子供向けの絵本のように、延々と共食いが続いて肥大化が止まらない。
最後の方は単純に周囲の蟲を吸収しまくっていた。
日差しが戻り、真昼に真っ黒の月がひとつ浮かんだようだ。
頃合いか。
「ウニ」
巨大なウニをイメージ。
無数の青白く光る棘がムシの腹の中から飛び出る。
その後の考慮が足りなかったという反省はある。
ただ、まあ、あらかた片付いたと、思う。




