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校庭でナンパすんな

 校舎の玄関から校庭に出るとすぐ、物々しい雰囲気が感じ取れた。


 出張っている作業員は全部で二十人程度。校庭の真ん中辺りに白線で描いた円に沿って等間隔に規則正しく三脚を立てている。置かれた三脚の頭に高価そうな黒いカメラのような機械が取り付けられると、上下左右と自在に首を振って動き出す。


 もっとアナログで地味な網やら槍やらを想像していたから、ムシ取りのハイテク化を目にして一匹狼の狩人など登場しようもない現実にがっかりする。


 とりあえずテントの人、「もっと声小さくしてね」と届かない声で語りかける。

 そうそう。ハイテクなんだから無線で静かに話せるでしょ。


「おい、今入って来たバイク。サイレン煩いぞ。あと校門過ぎたらエンジン止めろ」


 バイクをややふらつかせた後に、願いは届いた。

 やはりこのタイミングにこの場に登場するだけあって普通じゃなかった。


 どう見ても白バイのそれに、グレーのつなぎ服姿が跨っている。ヘッドライトの上部に堂々とPOLICEのロゴだから警察なのは間違いない。しかもつなぎ服は、体型のシルエットからしておそらく女性だ。何者なのか。


 バイクを押す気力はないらしく、さっさとスタンドを立ててヘルメットを脱ぎ置いてからこちらにやって来る。サングラスはしたまま、前髪を直しながら耳に付けたインカムでどこかと通話している。


「生徒さんが外にいるけど、どういうことかな。ちゃんと仕事してよ。え、なに?」


 会話が噛み合わないようで首を捻っている。

 釈然としないまま俺の前に立つ。


「キミ、ここは危ないから。今すぐ校舎に入って」

「業者さん?」

「業者いうな」


 違うのであれば、やはり警察官なのか。いや、つなぎ服ということは。


「バイクの整備士さんですか」

「違うって。面倒くさいなあ」


 言いながらサングラスを外し俺と目を合わせると、「行きなさい」と小声で唇を動かす。その振る舞いから、俺と同じ『宣告』使いであることを認識した。


「いや、まだ用が済んでないので……」


 黒澤に会って騒がしくなるなら他所よそでやるよう釘を刺そうと思って出てきた。

 肝心な男が見当たらず辺りを見回していると、

「ウソ。なんで効かないの?」

 目を丸くして驚かれてしまう。


 そういえば、宣告の影響を感じない。同じ能力の使い手には通じないということなのか。さっきサイレンとエンジンを止めてくれたのは偶然だったわけだ。


 それにしても、眉根を寄せたその不満顔は見覚えがある。

 急に親近感を感じるも、全く思い出せない。


「お姉さん、どこかで会った事ありましたっけ?」

「校庭でナンパすんな。てかキミこそ何者よ」

 どう見ても黒澤の関係者なのだろうが、実験体などと自己紹介するとややこしくなりそうな予感がする。


「見ての通り、ここの生徒ですけど」

 と言っても、シャツは今乾かし途中だからTシャツ一枚の説得力が乏しい姿だけども。ま、見た目若いし。


「そういう事じゃないんだけどな」


 今にも手が飛んできそうな雰囲気、やはり他人の気がしない。


「ユキト君ここに居たのか、捜しちゃったよ!」

 周防弟が割り込むように突然現れた。

 何を慌てているのか。


「わ。めっちゃ美少年。好みのタイプど真ん中なんだけどっ」

 一瞬で気が逸れたようでなにより。


「僕もお姉さんみたいな綺麗な人に会えて嬉しいよ!」

 なんでお前がノリノリなんだよ。

 いきなり手を取っても許されるイケメンスキルが発動。

 くそ。嫉妬しかない。


「黒澤先生は向こうにいるから、案内するねっ」

 お姉さん、判断力喪失。ウキウキで引っ張られていく。

 あいつ俺を捜してたと言わなかったか?

 どうでもいいが。


 しかし、黒澤は離れた所に居るのか。

 付いて行くのも面倒だな。


「おい源五郎」


 固まるように足を止め振り返る周防弟。


「やだなあ、僕はスグルだぞっ!」

「その喋り方。腹が立つからやめろ」


 あははと笑いながら、目を細める。

「ごめんだね」

「げんごろ……、やだ、モルスなの!」

 お姉さんが慌てて手を引き離れる。

 短い夢でごめんよ。今度ちゃんと本人に穴埋めさせるから許してくれ。


「そのカラダは好きに使ってくれて構わないんだが。今、保健室で眠ってるんだ。静かにできないなら他所よそでやるように黒澤へ伝えてくれ」


 誰の事かはコイツなら承知しているはず。

 死神でも伝言くらいはできるだろ。


「善処はするね」

「くれぐれもだ」


 蛇の道は蛇。素人の俺がムシ退治に関わる気などない。

 道路工事現場に向かって音を立てるなと要求するように理不尽なのもわかっている。しかし、やっとの思いで子供を寝かしつけた親の気分とは違うかもしれないが、困るものは困ると主張せねば心置きなくされるばかりなのだ。


 御託を並べるクソガキが厄介だと思ってくれて構わない。

 さて。保健室へムシが紛れ込んでも困る。

 早々に彼女のもとへ戻ることにする。



 首の後ろをさする源五郎。

「そういうわけだ虫下し。静かに頼む。だね」

「意味わかんない。てかその姿、あたしを揶揄うためだよね?」

「お姉さんと遊べて楽しかったよ!」


 蟲相手よりも虫酸が走る。

 殴りたくてもその美顔を傷つけるのは罪が重すぎてムリと、行きどころの無い拳を振るわせるうちに千客万来が始まる。


「到着だね」


 強い日差しを白く照り返すグラウンドに無数の影が落ちる。

 見上げると、空で黒い塊が数を増やしながら重力に任せて地上へ迫っていた。


 環状に設置された機械が激しくせわしく動き出す。一瞬静止して照準を定めると上空の塊ひとつが破裂して消え、また次へと照準を当てに動く。機械のレンズから放射しているであろう何かは肉眼で捉えられない。


 それでも塊の数は圧倒的に多く、撃ち漏らしが地表に到達する。

 その多くが地面との衝突による衝撃に耐えられず自壊しているが、複数が偶然重なって落ちて下の塊が緩衝役となって無事着地する個体も出始めた。それらが更に分裂を始め、塊が地上を占めていく事態は悪化の一途をだどる。


「うはあっ、大漁じゃん。今日はあたしが全部もらうから!」


 常人なら心が折れる景色の中へ、グレーのつなぎ服を纏う女は嬉々として飛び込んでいった。目の前に大鎌を顕現させ両手で握り、大振りの一撃をかます。


 常人なら心が折れる景色の中へ、グレーのつなぎ服を纏う女は嬉々として飛び込んでいった。目の前に大鎌を顕現させ両手で握り、大振りの一撃をかます。薙ぎ払われるように大量の塊が潰れ消えていった。

 それは一度で終わらず、全身の筋肉が断裂するであろう人間離れした速さで縦横無尽にグラウンドを駆け回り、か細い腕が軽々と大鎌を振るう度に塊が中身を撒き散らしていく。

 そして瞬く間に塊の数を減らし、ついには落下を待ち構えるまでに至る。


「いいね、いいねっ! ほらもっと落ちてこい、落ちて来ないならっ」


 足を止め、踵を軸に二回転半、遠心力を溜め込んだ大鎌を空へ向けて放り投げた。


 小さな点になるほどの高さへ至り、失速と同時に鎌が無数の粒子となって広範囲に飛散する。粒子に触れた空中の塊は次々と皮膜が破けて臓物を垂らしならが落下して果てていく。この脅威的な殲滅技は空を一掃するのと引き換えに、地表を地獄絵図へと塗り替えてしまう。


「相変わらず品がないんだね。虫下し」

 朝礼台に立って見守る源五郎の評価は低かった。


 束の間の静寂を得ると、一応の上司からインカム通信が入る。

『神崎。第二波は一気に数が増える。一号車を重点的に護ってくれ』

「二波ってなによ。聞いてないんですけど」

『すまん。通達する時間が無かった。先ほど此処で精霊が実体化して五十秒ほど露出した。それを感知した遠方の蟲が群れを形成したのが第二波だ』


 つなぎ服の汚れを払いながら多少の無茶振りはいつもの事と軽い気持ちで言い訳を聞き流した神崎は、重大インシデントの尻拭いを負わされたことに遅れて気付いて驚き呆れる。


「黒澤さん正気で言ってる? 精霊露出とか、そんなのワンチームで片付くわけないじゃない」

『思う存分稼いでくれ。健闘を祈る』


 神崎は他の要員が既に学校の外側で最終手段の準備に着手していることを認識する。

 うまくいけばモルスと結託して不祥事隠蔽。

 ダメなら子供から借金してでも不祥事隠蔽。

 相変わらず清々しいほどのクズっぷり。

 不満を吐く前に第二波が到着する。


「言われなくても稼ぎまくるっつーの!」


 神崎は自分を取り囲むように八本の大鎌を顕現させ次々と空へ向けて投げ飛ばしていく。最後の一本を手に取り、地に着く蟲を屠りに駆け出した。

 ほぼ同時に蟲の体液と臓物の雨が降り始め、やがて土砂降りとなる。


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