大ブーメランなんだけどな
さて。
とりあえず二年の教室が並ぶ廊下までやって来た。
世界で最も彼女を学んだ俺様に、今更の瑣末な問い掛け。
自分の座席さえ事前確認を怠った俺だぞ。
彼女のクラスなど知っているわけがない。
そもそも女神にランクだクラスだのという固定観念を持ち込む方がおかしいし、彼女がその日の気分で教室を選んでいたとしても、なんら不思議はないではないか。
とかいう主張はともかく、これは厄介だ。
黒澤のあの様子なら大概の情報は把握しているだろうが、戻るの面倒臭いな。しかも、どうやって呼び出すかの方が課題だった。授業時間が終わるまでまだ二十分以上あるし、待ってもいられない。
バーンと扉を開けて、注目を浴びたまま無言で彼女の手を引いて教室から連れ出すとかいう青春イベントをやってみたくもあるが、今日の彼女の気分だとその場で腕十字固めを極めてくるだろう。ああ怖え。
今すぐ出て来て欲しいなんてメッセージ送っても以下同文だしなあ。
死神に彼女を操ってもらうなんてのも言語道断。
事後処理はするって言ってたしな。授業中の先生に声掛けて、黒澤先生の指示だとか適当言って彼女を引っ張り出すくらいしか思いつかん。
とりあえずムシが見えるように伊達メガネは外しておく。
特に何か変化を感じることもない。
ならば匂いで彼女のクラスがわかるかなと、犬気分で廊下をちんたら歩いていると、階段に差し掛かる角で棒立ちになった女子生徒に出くわす。犬も歩けばなんとやらだ。
やたら青みがかっていて、表情も暗い。
目が合ってしまったからにはスルーもできないか。
「あの、具合が悪いんですか?」
しれっと声をかけると、俺の顔をじっと見てから驚く。
「ナガミネくん、だよね。補佐役とか言ってた。ね、早坂どこにいるか知らない?」
会長補佐役が知らないワケないでしょと言わんばかりに煽り気味で迫られるが、声が少し大きいだけで廊下に響いてしまう。人差し指を鼻先に立て小声で「とりあえず落ち着きましょう」と宥める。
階段の踊り場で話を聞く。
なんとこの女子生徒は彼女のクラスメートだった。休み時間中に彼女を怒らせてしまったとかで悔やんでいる。何があったか教えてもらうと、然もありなんといった内容。少しはパイセンを見習えと言いたい。
彼女は教室から出て行ったきりで、チャイムが鳴っても戻って来なかったから彼女を捜しに飛び出て今に至ると。
「一応、早坂が具合悪くなって、ウチが保健室に連れてったって事にしてもらってる」
こういう時、女子同士の連携は凄いからな。そこは放置でいいだろう。
それにしても、扉バーンしなくてよかった。危うくトラウマレベルの醜態を晒すところだったぞ。冷静な状況判断、大事。
しかし、彼女が教室に居ないとなると、ここからは少し慌てる必要がある。
「わかりました。早坂先輩は俺が捜してみますので、先輩は教室へ戻って下さい」
彼女を見つけ次第、抱えてでも急いでここから離脱しなくてはいけない。この子が先に見つけてしまうと面倒だ。
「やだよ、ウチが捜すから」
「なぜです?」
「当たり前じゃん! ウチが悪いんだからっ」
何が当たり前なのかさっぱりわからん。なんとなくリケジョとは対極の思考の持ち主に思える。だが、むしろこれが普通の高校生だ。よくよく思い出してみれば俺もこんな感じだった気がする。
「では、早坂先輩を見つけてどうするんです?」
「謝って許してもらう」
「なるほど。早坂先輩が怒るわけだ。やっぱり俺が捜しますよ」
「なんでよ!」
アンコンシャス・バイアス。無意識の偏見が彼女を怒らせた。その偏見を生んだのは『早坂千代乃』による普段の振る舞いそのものが原因なのだから、この子が特に悪いというわけではない。それもわかっている賢い自由な女神だ。今頃は自己嫌悪に苛まれていることだろう。
その上で友だちに謝らせてしまったらどうなるか。
俺の事後処理を考えるだけでぞっとする。
「先輩がちゃんと考えてないからです」
「は? キミにウチの何がわかるわけ?」
わかりたいとも思わないが、わかる。どこにでもいるごく普通の、取るに足らないタイプ。俺と同じですよ。なんて言えばマジギレするよな。
「もしもの話です。もし先輩が、今日から生徒会長をやってくれと言われたら頑張りますか?」
「そんなのムリに決まってんじゃん」
「でも、早坂先輩ならできる。あの人は優秀だから。そんな感じですかね」
「そうだよ。みんなだってそう思って、あ……」
早坂千代乃はみんなと違って特別。
彼女ならできて当然。
彼女はいつも優しい。
彼女は笑顔を絶やさない。
そんな都合のいい身勝手な決めつけをする、
———— みんなって誰かな?
漸く少しは何かを感じたか。
「早坂先輩にだって突然の生徒会長就任は重圧でしかない。だけど夏休みは独りで耐えて仕事して、勇気を出して髪まで切って、今日、みんなの前に立った」
ちょっと創作混じってるけども。きっと合ってる。
頭をふるふる振っても言ってしまった事を無かった事にはできないんだよ。
「必死に頑張ったのに、変だよ具合悪いのなんて言われたら、そりゃ誰だって怒りますよ」
「ち、ちがう……、そんなんじゃ……」
「先輩の言う“みんな”って、早坂先輩の敵じゃないですかね?」
———— 由紀もみんなと同じ?
「そんなんじゃないってば!」
やば。声でかいっつうの。流石に気付かれただろう。切り上げねば。
悪いけど、ちょっと言葉を尖らせてもらう。
先輩は謝って許してもらうと言いました。みんなの知ってる早坂千代乃なら必ず許してくれるとわかってるから。それって自分がスッキリする事しか考えてないですよね。きっと早坂先輩は、友だちにキツい言い方してしまったと後悔しているはずです。それなのに、あなたは一方的に謝ってしまうんだ。
そしてあの人はもっと辛い気持ちになる。
俺に言わせれば、そんな人、
敵だ。
泣かせた。
これ彼女にバレたら、蹴られるだろうなあ。やだなあ。
だが泣いてくれるなら見込みはある。
この機会にちゃんとした友達になって欲しい。
なにせ彼女の理不尽を被るのはパイセン一人じゃ大変なもんで。
「早坂先輩は今日、なんて言って欲しかったのか。
それをちゃんと考えてみてください。
もし先輩が、自分は“みんな”と違う友だちだと思うなら」
いや、大ブーメランなんだけどな。
俺も今日はへらへら彼女に会う事しか考えてなかったし。
とりあえず、自分で捜そうとは思わないくらいには折れただろう。
というわけで俺は逃げる。
隠れやすい人の居ない場所はどこか。
図書室じゃなかった。
生徒会室はすぐわかってしまうから違うだろう。
すると、特別教室で授業に使われていないところか。
あるいは、実は本当に保健室で寝ている可能性も。
ただ、なんとなく上の階が気になる。
天井を見上げても目には何も映らない。だが、犬プレイが大好きすぎて今度は鼻の感覚がおかしくなってきたのだろうか。階段の上から流れてくる空気に、うっすらと彼女の匂いがする。
今行くわん!
なんて調子に乗ってる場合じゃねえな。
全力ダッシュで駆け上がれ。
その後すぐのことだった。
俺は、猛烈な後悔と怒りで我を失った。




