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わるいオンナだね、ワタシー

 少し時を遡った生徒会室。


 『扉のウラに誰かいるかも!!

  ご用の方はノックしてね!!』


 副会長自筆の張り紙を無視して、そっと扉が開かれる。

 頭ひとつ分のスペースができたところで、声が掛かる。


「早坂さーん、いるかしらー?」


 無反応。

 そのまま扉は開かれ、中へ足を踏み入れる女子生徒は開口一番、

「なんだ篠田君か」

 部屋の照明は消したまま、窓のブラインドの隙間から差し込む朝日に縞模様で照らされる男子を見つけて、遠慮のない落胆を露にする。


「なんだ花岡か。珍しいな、こんな朝早く」


「なんだとはご挨拶ね。珍しいのはお互い様でしょ」


 自分の挨拶は棚に上げて、失礼な物言いだと不服顔で奥へ進み、部屋の様子を見て回る。

 テーブル、備品棚、会計役と会長だけが鍵番号を知る金庫を順番に確かめていく。


「篠田君にも周防君から退学するって連絡あった?」


「ああ。思わず礼を言ってしまった」


「ほんとそれ。彼、生徒会室が散らかってるから片付けておいてくれって。図々しいったらないよね」


 金庫に納められていた現金を慣れた手付きで数えながら、「立つ鳥フンだらけってどういうことよ」と、この場に居ない存在に不服を漏らす。


 ただ、会長取り巻きのオンナたちが好き放題散らかしてくれたゴミの山は既になく、改めて掃除する必要がないほど整理整頓が行き届いていた。

 金庫の現金も問題なし。


「この部屋、篠田君が片付けてくれたの?」


「俺が早朝出勤してそんな事をやるとでも?」


「微塵も思わないけど、万が一の善意に失礼があってはいけないから」


 そして万が一がなくてよかったと安堵した顔になって、それならもう早坂さんがやってくれたのが確定だからしっかり労わねばと、接触する理由ができて喜ぶ花岡。


 真ん中に陣取っている古臭いスチールデスクを全部捨てて、代わりに丸テーブルを置いて二人のティータイムができるようにしようと、会計役としてさっき数えた金額の予算配分を考える。


「厄介なのが消えて支出が減るものね。夢が広がるわ」

「ちゃんと勉強しなよ。三年なんだからさ」

 そんな花岡の妄想を見抜いて、現実との対峙を促す篠田。


「アナタもね。だいたい、滅多に顔を出さない書記さんが今朝に限って何してるわけ?」


 篠田は生徒会長席の机で眺めていた生徒会用のノートPCを閉じ、横に挿していたUSBメモリを抜き取る。


「そろそろ文化祭の資料がないと困るだろうと思ってな。周防のやつが悪戯しまくってたから、データを入れ直した」


 実際、書記としての仕事は抜け目がないというのが篠田に対する花岡の正直な感想。

 会長のやり方に一切口出ししたことが無く、こうやって知らない間にデータのバックアップを保存しているあたり、ドライに割り切って他人は信じず、自分の仕事だけは終わらせるタイプ。

 顔はちょっといいけど付き合いたくはないオトコだと、会うたびに思っている。


 篠田は花岡から向けられる白い目も全く気に掛けず、PCの横に置かれていた書類の束をペラペラとめくって自分の徒労をぼやく。


「でも、余計なお世話だったみたいだ。これ、花岡が手伝ったのか?」

 書類を何枚か取り上げて花岡に渡す。


「文化祭の企画書? 私が金勘定以外の仕事をできるとでも?」

「微塵も思わないが、万が一の努力を無視すると可哀想だからな」


 フンと意趣返しを拒絶する花岡だが、改めて机の書類全部を流し読みしてその出来に感心する。


「これ、すごいね。予算見積書がしかっりしてるし、方針書、スケジュール、指導計画、見取り図、招待者リスト……。もしかして早坂さん、夏休み仕事してた?」


「知らん。しかし、顔だけが取り柄のケツ振り女子と思ってたが、その認識は取り消して改める必要があるようだ」


 実際。このオトコの言葉選びは最悪、というのが篠田に対する花岡の評価。

 篠田が生徒会室で仕事中に取り巻きオンナたちがやって来た時は、容赦のない毒舌で泣かせて追い払っていた。早坂副会長がもうちょっと優しい言い方になりませんかと困り顔で頼んでも、どこ吹く風と聞き流す。

 そんな様子を周防が終始笑って見ていたからタチが悪かった。


「そんなんだから彼女の一人もできないんだよ」

「彼女がたくさんできないよう努力した結果なのだが?」


 ああ言えばこう言う。

 口喧嘩で勝てたことのない花岡だが、ある時から必殺のカードを手にしている。

 用は済んだと去ろうとする篠田の背中にちらつかせてみた。


「文化祭、結菜センパイを呼ぼうと思ってたけど、どーしようかな」


 狙い通り、篠田がぴたりと足を止める。

 この優越感は何度やっても気持ちがいい。


 私は早坂さんの手伝いで忙しくなるし、せっかく結菜センパイに来てもらっても案内役がいないからなー。

 どうしようかなあ。

 目に見えないカードをぷらぷら振りながら声に出して読み上げる花岡。


「要求はなんだ?」

「文化祭の準備手伝って。早坂さん一人で仕切るのは大変過ぎるから」

「花岡が手伝えばいい」

「私は疲れた早坂さんを癒す係だから」


 くだらん。一言吐き捨ててから、「取引成立だ」と言って出ていった。


 ちょろい。


「結菜センパイ、大学に彼氏いるんだよねえ。連れて来ちゃったらゴメンね、篠田くん」


 わるいオンナだね、ワタシー。


 勝利を確信する花岡はくるりと一回転。

 ご機嫌なステップを踏んで、鼻歌混じりに生徒会室を後にする。


 この後に起こる絶望のことなど知る由もなかった。


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