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そういう約束だから

 ぶるっぶる、報告求む着信が煩い。


 こんなん誰にも言えないっつーの。

 もうあたしも教室に戻りたくない。


「そんで? チヨはここでナガミーを待ってるワケ」

「違うよ。マグカップとか置きっ放しだったから片付けに来ただけ」


 夏休み中に感覚麻痺してたけど、カップやらポットやら当然のようにここを食卓にしてたっけか。見つかったら生徒会でも怒られるだろーね。


「そう言えばさ、アラタ先輩が学校辞めたって噂も盛り上がってたけど」

 プリンとか机にこびり付いてないか心配しながら、髪バッサリとセットになって騒がしかった話を思い出して確かめてみる。どうせデマだろうけど。


「本当だよ。おかげでわたしは生徒会長なんだって」

「なんだってって……。それ大変じゃんよ!」

「そうなんだよ。この後の始業式で会長就任の挨拶しろって言われてる。莉愛、なんて言っとけばいいかな?」

 ペン先で真っ白なノートをつついて方向違いな悩みを打ち明けてきた。 

「いや、挨拶とかどうでもいいっていうか、え、どうすんだよ」


 チヨノはもともと生徒会なんて興味がなかった。

 アラタ先輩が生徒会長になった時、あの人がチヨノを突然スカウトして巻き込んだ。

 副生徒会長は生徒会長の推薦と本人の意思で決まるってなってるけど、あの時はほんと酷くて、チヨノの意思とかまるで関係なかった。

 まずあのヒトが副会長に女子を指名した時点で学校は大荒れ。


 チヨノは「迷惑です」ってはっきり言ったんだ。


———— 虫除け対策さ

———— 僕と一緒にいれば、

      あのしつこい男子たちも静かになる

———— 君が一緒にいれば、

      僕もうるさい子たちから解放される

———— 相互扶助の関係だね。僕たちは、

      そうあるべきなんだよ


 あたしも一緒に居る前で、堂々と言い切ったのは心底びっくりした。

 文句なしの美顔、背も高い、成績トップ、優しくて、運動神経抜群。

 おまけに家は金持ち。

 そんなの胡散臭いって言ってたあたしでさえ、実際話しかけられた時は有頂天で喜んじゃったくらいの存在だったのに。


 そんなふうに憧れるみんなのことを、「虫」って言ったんだ。

 びっくりして友だちに話したけど誰も信じやしない。

 チヨノは顔色ひとつ変えずに受け止めてたけど。


 最初はやっかみとか嫌がらせとかが続いてたのに、いつの間にか「お似合いの二人」とか口にする人の方が増えて、応援されるようになっちゃって。次第にチヨノは断れなくなった。


 そんなお似合いにされた相手が突然消えた。

 え、どうすんだよ。

 今までチヨノに近づけなかったヤローどもがたかってくるし、アラタ先輩のファンにも八つ当たりで囲まれるじゃんか。どうやったって逃げられないよ。


「べつに。どうもしないよ」

「なんでそんなに落ち着いてんのさ。あっ、まさか副会長を!」


 もうさ、アタマかち割れちゃっててさ、なにがなんだか分かんなくなってきた。そんなことになったら前回より大荒れになる気がするのはあたしだけ?


「だからしないってば。そんな事したら、わたしがあの人と同じになっちゃう。それだけは絶対に嫌」


 結局、この子はまた独りで抱え込む気なんだ。

 だめに決まってんじゃん、そんなの。

 副会長だって今までさんざん苦労してたくせにさ。

 今度こそ壊れちゃうよ。


 でもなんか、遊び行こうとか言ってたし。


 やっぱり雰囲気がなんか違う。

 本当に余裕あんのかな。

 もしかしてチヨ、強くなったとか。

 何か決意しちゃったみたいな。

 だから髪切ろうと?


 ちょい待て。


 ナガミー、わかってたって言った?

 げ。わかってんのかよ。


 わかってて、バッサリどころか自分好みに変えちゃった。

 アイツ、全校生徒相手にドヤ顔でマウントする気だ。

 そんなことしたら自分がどうなるかもわかってる。

 だったら、こんなの心配しても意味ないじゃん。


 そうだよね。こんなに可愛い生き物、放って置くわけないか。

 チヨは、わかってないんだろーな。


 なんだかちょっと悔しくて、弄りたくなる。


「チヨは、ナガミーに嫌われたくないんだ?」

「ユキトはわたしを嫌いにならないよ。そういう約束だから」


 ふーん。約束ときたか。


「ね、なんて言って告られたのさ?」

「そんなのないよ」

 目を逸らした。

 あたしに黙っておやつ食べてた子供の頃と同じ顔。


 ようやく、ちょっと戻って来てくれた。

 嬉しいけど、やっぱ悔しいな。

 体育館裏でグーパン一発決定。


「ユキト、来ないかな?」

 もうすぐホームルームの始まる時間になってから、急にソワソワしだすチヨ。

「なんだよ、やっぱ待ってたのかよ。呼べばよかったじゃんか」

 すっかり子供っぽくなって不安そうな顔を向けて来た。

 その髪型とのギャップがハンパなくてドキッとする。

「やっぱり話しておいた方がいいよね?」

「どした? なんのハナシ?」

「ユキト、知らないんだよ。コレのこと」

 自分のおでこをちょんちょんと指差して、あたしに思い出させた。

「あー。虫除けの呪いか。そういやナガミー、後輩だったっけ。知らんか」


 あの事件もすっごい騒ぎになって、あたしが怒りまくってんのに、本人チヨノが全然気にして無い感じだったから、なんだか空回りして疲れた憶えしかない。

 それが今になって気にしまくってるって。


 なんだろね。


 確かに、さっきの教室の様子じゃ、要らん尾ひれがついてナガミーの耳に届くだろうね。でも、いいんじゃないの。そのくらい。

 そんなんで嫌になるようなヤローはあたしが許さんし。

 せいぜいビビりやがれ。


「ダイジョブでしょ。嫌いにならない約束だし?」

「……。莉愛のイジワル」


 ぷいっと拗ねた。

 なんでこんなに可愛くなっちゃったかなあ。

 覚えてろよ、オジ後輩め。


「ま、ナガミーは虫除けっていうより、殺虫剤だもんね」


 その時のあたしは、軽い嫌味のつもりで言っただけだった。

 まさか、あんなに凶悪な殺虫剤だとは知らなかったんだよ。


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