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それショートじゃないよ?

 図書室の引き戸をゆっくり開くと、目当ての親友を見つけた。

 とりあえず姿を確認して、想像と違ったから安心した。


 あの子はまだ夏休みを過ごしているみたいに、閲覧席に座って窓の方を眺めている。机の上にノートを開いてペンを持ってはいるけれど、心あらずって感じ。


 それに、すっかり相方のようになっていた話し相手が今はいない。

 何か食ってる匂いもしないな。

 そんなところまでを思って、隣に座る。


「おす」

「はよ」


 やっと、声を聞けた。

 顔を見るまでは電話する気にもなれなかった。

 朝イチのみんなの騒ぎを耳にして、嫌な予感しかしなかったから。


 登校してすぐ、チヨノのクラスに寄ってみただけだった。

「ユッキい、チヨノは、やっぱいないか」

「あっ、莉愛! アラタ先輩が退学して早坂フラれたってホントなの?」 

 省かれ過ぎた濃すぎる情報に頭を叩かれるところから始まった朝。

 ざざっとトモダチに囲まれて、その外周で聞き耳を立てるヤローども。

「な、なんのコト?」

「トボけんなよー。早坂がバッサリ髪切ったの花音かのんとか見てんだからさ」

 バッサリ。それだけで頭ん中真っ白になった。

 まったく知らんし。

 それから、何を言って誤魔化してこの図書室まで来たか覚えてない。


 チヨノはだいたい新学期の朝は教室に居ない。

 課題のノートをみんなに持ってかれるから。去年の前半まではコピーを用意しておく気の使いようだったけど、さすがに過剰サービスと気付いて逃げるようになった。

 生徒会の権限で鍵を持ち出せるようになってからは、生徒会室だったり、生徒指導室だったり、あちこちに身を隠してた。

 今日はなんとなく図書室と思えば一発で当たり。


「髪、似合ってんじゃん」

「そ? ありがと」


 素っ気ない返事だけど、どこか安心したような声音。

 バッサリって聞いたからベリーショートまでいったのかと想像したけど、肩の後ろまであるロングボブ。毛先を軽く内巻きにしててふんわりしてる。一気にオトナっぽくなった感じ。

 背中まであった長さを考えたら、思い切ったのには違いないけどさ。


「ったく心配させやがって。みんな、ハヤサカがフラれてバッサリ髪切ったーって騒いでんだよ」

「みんなそういうの好きだね。くだらない」


 えっ。と思った。

 いつもなら、みんなの誤解を嫌がって不安な顔するのに。

 みんなのことをクダラナイなんて口にするチヨノは、初めてかも。

 なんだか胸騒ぎがする。

 訊かずにはいられない。


「で、それ。どんな心境の変化よ?」

「もっと可愛くしようと思って。ショートにしようかなって」


 もっとってナンダヨ。


「それショートじゃないよ?」

 ときどき、ボケだかマジだかわからないチヨだから、やんわりとつっこんでやるとコクリと頷いた。毛先までの長さを確かめるように一束を摘み上げてぼやき始める。


「ユキト、わたしが髪切るのわかってて。ひとみさんが」


 ん?


「ひとみさん?」

「これがユキトの好みだって言うから」


 んんんっ!


「チ、チヨ。あんた、まさか……」

「でもひどいんだよっ! わたしは何冊もヘアカタログ見てユキトの髪型考えてあげたのに、わたしのはコスプレ雑誌一冊だったんだよ! ほんとアタマにきちゃう!」


 省かれ過ぎた濃すぎる情報に頭を殴られる。二度目。

 もうあたしのアタマ血だらけだよ。

 これさ、これって、ただのアレじゃんか。

 惚気ノロケ話聞かされてるのかよっ!


「ホ、ホンキなの、チヨ?」

「本気だよ、ホント怒ってるんだから」


 自覚なし。

 これ既に本格的なやつだ。

 アイツ、このたった数日でなにやらかしてくれてんだよ! 


 そんなのひどいじゃん。

 見張れって言ったのにさ、持ってくなよ。

 これじゃ我慢してたあたしが、ばかみたいじゃん。


「莉愛」

「ん?」

「こんど、どっか遊びに行こうね」

「お、おう」

「そうだ、その前にコーヒー飲みに行くからね」

「に、にがいの?」

「大丈夫なの用意してくれるってマスターが言ってた」


 いきなり二つもチヨノと出掛ける予定ができた。

 それも、誘われた。

 これからも絶対に無いと思ってたことが、夏休みが終わったら簡単に起きた。


 あたしの知らない、ひとみさん、マスター。

 間違いなく、そこにはアイツが一緒にいた。

 たった数日で、あっちゃこっちゃしてたんだ。

 あの昭和オジめ。


 見張れとは言ったけどさ、こんなにチヨノのこと変えちゃうとか、ずるいよ。

 なんだろ。この敗北感。


 でも。なんだかホッとしてる自分がいる。


「そっか。ぜんぶナガミーのおかげなんだね」


 素直に負けを認めて呟いたら、違うよと首を振られた。

 そして、微笑んで告げられる。


「莉愛のおかげ。わたしを見張れとか言うからだよ」


 すっと机の上を滑らせて前に置かれたチヨノのスマホ。

 画面一杯の、誰かと撮った写真が目に入る。

 壁に描かれたでっかい相合い傘の前で並ぶチヨノと誰か。

 お互いの小指だけを絡めて繋いで、こっちを向いてる。

 引き攣った頬の誰かと、ほんのり紅く染まった頬のチヨ。

 誰かって、このムカつく短髪ヤローは誰かって、


「誰だよ、このナガミー」


 口を半開きにして驚くあたしの間抜け顔を見て笑う親友のほっぺたが、写真と同じ色になってた。

 とりあえず、ナガミーを体育館裏へ呼び出すことは決定。


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