お前、昭和何年生まれだよ
新学期。登校初日。
息が苦しい。
こんなに激しく呼吸しているのに肺が痛くなるだけで酸素が足りない。
両脚の筋肉は震え出し、腕さえ重くてだらりと下がる。
朝からこんなザマじゃ、一日耐えるのも厳しいだろう。
これ以上無理して自分を追い詰めてはダメだ。
やっぱり今日は諦めよう。
「もう無理! 限界!」
グラウンドのトラックで足を止める。
「長嶺ファイトー、ラスト三周!」
だから無理だってば。
何が悲しくて初日から限界に挑戦せねばいかんのさ。
夕べ、新学期を翌日に控え若干の緊張を覚えていたところに「一緒に朝練しないか」と陸上部の部長からメッセージが届いた。あれこれ考えて心配事を溜めてしまうよりは汗をかいて発散しておく方がいいと思い、誘いに応じた。
その考え自体は間違っていなかったのだが。
「どうした長嶺、昨日の自分を越えないと今日が始まらないぞっ」
お前、昭和何年生まれだよ。
「越えてますって。さっきから、ラスト三周が何回続いてると、思ってるんすか」
完全に息の上がった俺が無限地獄に抗議すると、
そうか?
と真顔を向けてくるのは陸上部の杉田部長。
いや、もう元・部長だったか。
夏の大会を終え、部活を引退したと聞いた。
基本的にいい先輩だ。
同級生目線ならいいヤツ。
親からすればいい子。
女子からすると「いい人なんだけどね」じゃないだろうか。
俺からすると、いいよ遠慮しとく。
上司にも部下にも同僚にもしたくないタイプ。
良い悪いじゃなく、苦手なんだよ。
なにせ、いとも容易く全身全霊全力になるもんだから鬱陶しい。
ただ、付き合ってられないと俺の嫌悪感をあからさまに態度で示しても、「長嶺の体力回復は俺の喜びだ」と言い切ってしまうあたりは、純粋に先輩として敬い見習わねばと思う。
さすがに新学期初日の朝から活動する部活は無かったようで、グラウンドは貸切状態だった。杉田Bがなぜ俺だけを誘ったのかは訊いていない。あの部員たちが誘われて断るはずもないから、引退して“部外者同士の自主練”というスタンスなのだろうと勝手に理解している。
二人でトラックを歩いてクールダウンをしていると、校門に現れた彼女の姿が目に留まった。登校にはまだ早い時間帯。電車の混雑を避けてのことなのだろう。
遠目に見るだけで、彼女がご立腹の理由が大体理解できてしまった。
「長嶺、早坂は生徒会長を務めることになるのか?」
同じく彼女に気付いた杉田Bから意外な問いを受ける。
「杉田先輩はご存知だったんですか?」
思わず質問に質問で返してしまう。
当事者だけに伏せられていたから、既に行き渡っている情報とは思っていなかった。部活の顧問から聞いたのだろうか。
「周防のやつから学校辞めると一言だけ連絡もらったんだ。そうなると、副会長が継ぐのかと思ってな」
もっと意外な答えが出てきた。
周防といえば、元生徒会長の周防 新のことだ。
「各部活の部長に直接連絡が?」
「いやいや。周防とは中学時代からの友達さ」
驚いた。
アイツの交友関係に真っ当な人間がいたとは。
これ、昔は心の優しいやつだったんだ、それがある日を境に変わってしまった。みたいな語りが始まるパターンなのか。
「昔から、いけ好かない野郎だよ。向こうも俺をそう思ってるだろうけどな」
ほう。さすがスポ根。
アイツ、杉田Bにライバル心抱いてたのか。
いや、俺と同じかもしれないな。
どうしてこんな無駄に熱い性格でいられるのだという嘲笑の根源は、憧れと嫉妬。
我慢ならず小突いてみる度にその頑丈さに呆れて、最後には親しみの感情となって落ち着いた。
そんなところか。
「お察しのとおり、早坂先輩は生徒会長になりました」
杉田Bは「そうか」とだけ言って頷き、トラックを外れる。
俺も後をついていく。
「長嶺」
「はい」
「早坂を支えるには、もっと体力をつけなきゃだな」
「ええぇ……」
ほんと、いい先輩すぎて苦手。
帰宅部のはずの俺が、すっかり部室棟のシャワーに慣れてしまった。
今は並んで待つ連中がいないから落ち着いてられるが、運悪く遠慮のない奴らが押しかてくるとギュウギュウで一緒に浴びる羽目になる。ナニがぺちぺち当たって気色悪いったらない。
杉田B、もう出たようだ。
「相変わらず速いっすね」
「ん? カラスの行水だからな、俺は」
だから昭和何年なんだよ、アンタさ。
「長嶺、先行くぞー」
「うーす。ありがとうございましたー」
体育会系は懲りていても、このやり取りだけは好きだ。
ざっとタオルで全身の水気を取り、制服に着替える。
生乾きの髪に手櫛でワックスをつけ適当に整えていく。適当は、いい加減という意味ではない。ひとみさんから手を抜くなよと言われたからな。
額のテープ絆創膏を新しく貼り直す。
さてと。いよいよユキトのリニューアルデビューだ。
ビビんなよ、行人。




