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やっぱりいい匂いは頭痛に効く

 七月。

 梅雨もそろそろ明けるかという湿気混じりの晴天下、俺は退院の日を迎えた。


 鎖骨と肋骨の骨折、腿と背中が重度の筋挫傷、足関節、肘関節、頸椎を捻挫、頭部裂傷、擦り傷多数。

 あれだけ痛かったのも当然だったわけさ。


 全身アザだらけの身体を見た最初こそ三ヶ月以上は病院に引きこもると決意したものだが、若いって凄い。たった一ヶ月で完治宣言され、馴染んだベッドから追い出される羽目になってしまった。


 激しい運動はまだ厳しいが普通に歩くぶんにはもう支障無い。見た目では、深かった額の裂傷は抜糸が済んだものの当面はテーピングが続く。


 治療というか、慣れるのに一番苦労したのは顔と声。鏡に映る顔を意識せずに自分のものだと感じられるようになったのはつい最近だ。

 今だに違和感は強い。


 悪い顔とは思わないが、昔の自分を差し置くとしてカラダの年齢相応な覇気がない。とにかく地味。前髪が目を隠し、後ろもやたら伸びていて結べそうだ。


 で、「髪うざいな」と独り言を呟いたら、身に覚えのない声に誰かそばにいたのかと驚く始末。目が痛くなるから前だけ自分で切り詰めた。


 それと二番目に苦労したのが仕事ロス。

 全く仕事しないもんだから、日がな一日ソワソワそわそわ落ちつきゃしない。無意識に看護師さんへ営業トークかまして気味悪がられたくらいだ。


 でもこれは一ヶ月で克服。

「食欲も戻って性格も明るくなりました。もっと早く会社を辞めればよかったと今では思います」的なネット広告記事が書けるくらいの気分でいる。


 そんなこんなで、今は母親と一緒にナースセンターへ寄ってお礼の挨拶回り。


 母親と一緒。

 史奈フミナさんと一緒。

 みんな集まれー。

 そして刮目せよ。

 今日は一段と素敵だ。


 ロング丈のスカートと紺色のノンスリーブニット。

 よくお似合いです。


 俺が退院を拒まなかった理由。

 それはこの人との同居生活が始まるからだ。ヤッホイ!

 朝から浮かれまくりだったんだぜ。


 当然ながら俺一人では行ったことのない自宅に辿り着けない。

 史奈さんはタクシーを使うつもりでいたが、それだと俺が土地勘を得られにくいので、リハビリの運動がてら電車で帰りたいと我儘を言わせてもらった。


 なんなら家まで手を繋いで行きたいところだが、そこは思春期少年の一般的特性を鑑みて我慢。病院を出てすぐ近くのコンビニへ寄り、嵩張る荷物を宅配便で自宅宛に送るよう預けた。荷物は自分で持つつもりでいたのだが、史奈さんが先に担いでしまったので無益な気遣い合戦を回避すべく俺が提案。


 この暑い中、紳士として女性に汗をかかせる訳にはいかないからね。そして身軽になった結果、狙ったとおり日傘の相合いシチュに成功。

 人生経験は大事なんだよユキトくん。いや紳士としてね。


「ユキトくん、今夜のご飯は何が食べたい?」


 いきなり手料理ですか。積極的だなあ史奈さん。

 そりゃもう何でも喜んで頂きます。

 だが、何でもはゼッタイ禁止だ。

 根拠は俺の離婚前。


「えーと、とにかく味の濃いものが食べたいかな」


「ふふっ。わかる。私も入院経験あるけど、退院した時そんな感じだった」

 じゃあ、お肉焼いて、濃いタレで食べるのはどうかな。


 ちょっと待て。こんな会話、もう親子以上恋人未満だろ。


 俺のために小首をかしげながら思案してくれるその仕草、くそかわいすぎる。この短時間でここまで俺を追い詰めるとは只者じゃない。

 さては手練れのオッサンキラーだな。


「お肉、嫌だった?」

「えっ、いや、そう、肉がいい。最高だよ!」

「じゃあ決まりね。よかった」


 ちょっとした間の悪さだけで不安な顔にさせてしまう。それでもすぐに微笑んでくれるだけ、だいぶマシになった。


 この一ヶ月間で食欲も戻って性格も明るくなりました。ってのは、実は史奈さんの事だったりする。入院生活が始まった最初の頃は、もの凄くセンシティブなやりとりが続いた。


 邂逅してから最初に掛けた言葉、

「心配かけてごめん。母さん」

 号泣。


 毎日訪れては謝罪するので居た堪れず、

「母さんは悪くないよ」

 号泣。


 ベッドからテレビのリモコンがすべり落ちて、

「母さん、拾ってくれるかな。……ありがとう」

 号泣。


 さすがに大丈夫かこの女、ってなったよ。

 しかもヤブ先生に向かって「本当に脳は大丈夫なのでしょうか」と俺の人格を疑う言動が続いたし。それでも根気よく会話を重ねる日々の中、うたた寝していた俺の側で「脳はこのままなのね」と呟いたのを聞き逃さなかった。


 このまま、て。

 オッサン脳のままでごめんよお。こればかりはどうしようもなく。

 でもニオイは大丈夫と思うんだ。カラダは若いままだから。


 しばらく罪悪感にさいなまれるも、まさか安堵の呟きだったとは夢にも思わず。その頃からだんだんと痩せこけた頬にふくらみと血色が戻り、肩の上で揺れる髪も艶やかになった。


 こうなって少しわかったのは、俺の中でくすぶっていた逃げ出したくなる感情の理由。ユキトは母親を拒絶していたのだ。


 ユキトと史奈さんとの間に血の繋がりは無い。

 幼い頃に実母を亡くし、その後父親が再婚した相手が史奈さん。そこまでは死神から教わり覚えていた。


 ユキトの父親の死は、史奈さんにしてみれば、若くして突然にパートナーを失ったうえに他人の産んだ子供を背負わされるという絶望的な災難だったはず。

 それから今まで二人がどうやって過ごしてきたかまでは知らないし、目に浮かぶ記憶も残っていないが、少なくともユキトの方は母親へ向ける感情を拗らせたようだ。


 史奈さんの方も、言動から推し量って多少はわかったつもりになっているが、つもりでしかない。そんな程度で相手を全部知ったと慢心して何度事故ったことか。


 こうして会話ができるのだから焦る必要もないだろう。まだ始まったばかりだ。

 追い追い知っていけばいい。



 此処が俺の家、か。


 なんとなく狭い古アパートを期待、もとい想像していたのだが。普通に3LDKのマンション。

 この時点で二人の慎ましくも親密に営む脳内シミュレーションは無に帰した。


 衝撃のゴミ屋敷展開なんてこともなく、綺麗に整えられている。リビングの書棚に並べられたフォトフレームに目がいく。


 赤ん坊を抱く笑顔の女性、この人がユキトの実母か。史奈さんと一緒に写っているのは、小学生のユキトと、父親か。

 どちらかと言えば、父親似だろうか。俺の事ではあるが、やはり他人事として眺めてしまう。


 胃のあたりをぎゅっと絞められる感覚。


 そこまで嫌がることはないだろう、ユキト。俺もお前も死んだんだ。死んだ人間が苦しむ必要なんてどこにある。俺はユキトの過去を全部受け入れる必要がある。覚悟もある。

 だが悪いけどな、その感情には付き合わない。


「ユキトくんも手を洗って。お茶にしましょ」


 洗面所から出て来た史奈さんはそのままキッチンに立つ。コーヒーと紅茶のどちらがいいか訊かれ、母さんと同じでいいと答えて写真の前から離れた。


 廊下に並ぶドア。

 カラダが憶えていたかのように、自分の部屋がわかった。ドアの真正面にあたる廊下の壁に絵画の額縁が飾られている。場所的にやや不自然。少し浮かせて覗いてみれば案の定、大きな窪みを発見した。

 ユキトのやつが部屋から物を投げつけたのだろう。


「これで史奈さんが怪我してたら許さんからな」


 俺は自分自身を脅すように独り言ちてから部屋のドアを開いた。

 そして、絶叫する。


「なんだこりゃ!!」


 壁際に組まれたガラスのショーケースに陳列される無数のフィギュア。壁と天井を埋め尽くすキラッキラした萌えキャラのポスター。


 勉強机の機能を放棄して三面鏡の如く据え置かれたPCディスプレイ。ちょっと欲しいと思ったことのあるゲーミングチェア。


 隣のラックには、手を伸ばせばいつでも開けられるマイ冷蔵庫。ベッドの脇から生えているタブレット用アーム。


 ある程度の予感はしていたが、ここまでのガチニート部屋を目の当たりにする気はなかった。


 仕事を終えて深夜に帰宅するだろ。

 風呂入って一息つきながらテレビつけると、驚くほどアニメやってんだよ。最初は毛嫌いしてたもんだが、いつの間にか楽しみにする作品もあったんだ。


 いい歳こいたオッサンがどうなんだって思うけどな、否定しても仕方がない。そうやって他人の好きなモノに対しても寛容になったもんさ。


 だがな。モノには限度ってもんがあんだよ!


 特に許せんのは稼ぎもないくせに身の丈超えた消費しかしない奴。


 お前だユキトよく聞け。


 これらをお前の好きなモノとは言わせない。全て長嶺家の資産だ。資産価値の見込めないものは処分するから覚悟しろよ。


 安心しろ、死者に人権などない。


「ごめんなさいユキトくん!」

「うおっ」


 驚愕の光景を前にして震えるうちに史奈さんが背後に立っていた。


 なぜ謝るのかよりも、俺の趣味でないと全力否定したい気持ちで一杯になるが、焦るあまり説明の言葉が浮かばない。


「できるだけお人形に触れないようにお掃除したのだけど。動いてしまったのよね、本当にごめんなさい」


 お人形ディスプレイに理解ある母じゃなくていいから!


 参考書買うために渡した小遣いがこんな風に化けてるんですよ、いいんですかお母さん!


 否、断じて否だ。古臭いと言われても、ここはオッサンの価値観で押し通す!


「ち、違うんだ母さん。その、病室と余りの違いに今更驚いたっていうか……」


「そうなの? そうね、久しぶりだものね」


「そうそう。あ、掃除してくれてありがとう。助かるよ」

 そこでまた潤っとしないでー。


 退院祝いだからと買って帰ったショートケーキは美味かった。


 コーヒーのおかわりを貰いながら一息つく。ようやく自室の衝撃から気持ちが落ち着いてきた。


「ユキトくん、砂糖とミルクは要らないの?」

「うん。これがいい」


 ちゃんとドリップから淹れてくれたコーヒーなので香りが良かった。冷静になると、今夜あの部屋で寝るのかと思い至り、また気が重くなった。


 まずは部屋の一掃から取り掛かるとして、直近の課題をリアルと照合しながら整理しなければならない。学校はもう期末テストの時期。今から行っても結果は惨敗が見えている。


 この点は、史奈さんと学校が話し合って、夏休み中に補講を受けてから試験に臨めるよう特別に救済措置をとってもらえることになった。なので俺は、夏休みが始まるまでの間は家に居ることができる。


 学校側がわりと柔軟な措置に応じたのにも理由がある。


 実は、ユキトが歩道橋から転落した一件が社会的にだいぶ深刻化している。


 入院中、警察の生活安全課と刑事課の人が何度か訪れていた。事故当時、ユキトが歩道橋の上から蹴り落とされるのを目撃した人が複数いた。


 それを聞く前から既に俺も残っていたユキトの断片的な記憶を辿りいくつか推察があった。ユキトは特定の先輩数人からイジメを受けていた。分類としてはパシリと弄り。

 ユキトが目をつけられた発端はわからない。


 その日もユキトは学校へ登校し、帰りにはいつものメンツに捕まって五人分のバッグを持たされた。道路を渡るにしても横断歩道を使わずわざわざ遠い方の歩道橋を行かせる陰湿さ。


 荷物の重さによろけるユキトの背中を全員で寄って集って何度も蹴り続け煽る。終いには調子に乗った一人が階段の下りに差し掛かったところで一発突き飛ばし、転落。

 腕にバッグの紐が絡み、なす術なく転がった。


 流血したユキトの顔を見て動揺した連中は、慌ててユキトの腕からバッグを奪い取って逃げた。

 そんな一部始終が、警察から聞かされた目撃情報と自分の記憶を組み合わせて仕上がった。高校生とは思えない幼稚さに俺は呆れるほかなかった。


「少し辛い事を聞きますが、殺害をほのめかすような言葉がありましたか?」


 ある。


 ユキトの小さな魂に深く刻まれていた言葉があった。言われなくてもわかってると、さぞかし苛立っていたことだろう。

 わかっていたから、史奈さんを拒絶する事しかできなかったのだと俺は勝手に利いた風でいる。


 そして俺は大人だ。


 このまま事実を答えた場合の影響をよく理解している。さらに俺は大人の中でもクズ寄りであるから、前途ある若者の未来を守ろうなんて意識も希薄だ。


 そんなクズが死んで学んだ事がある。


 生きているうちに犯した罪は、

 生きているうちに償わなければ意味がない。


「役立たずは生きる価値がないから死ね。そんな事を言われました」


 最後に突き飛ばしたやからとは別の奴だが、どうでもいいことだ。


 目の前に十人分の顔写真が並べられる。会ったこともない五人の顔を、迷わずに指差すことができた。一瞬、何か物足りない感覚が残ったが、警察の人は礼だけ言って去ったのできっと正解だったはず。


 多分、史奈さんは俺が病院へ運び込まれた時にはもう警察から目撃証言に関わる聞き取りを受けていたのだろう。それで責任を感じてひたすら謝っていたんだ。


 その上で史奈さんは俺よりも強い意志で被害届を出した。現在は殺人未遂事件の扱いで事が運ばれている最中。

 無論、学校も無関係の立場ではいられず大やけど。他の学校などあちこち飛び火しては敵わないから、被害者を十分にケアするよう教育委員会から釘を刺されての救済措置に違いない。


 なんにせよ、期せずして面倒事がひとつ片付きそうで助かった。優秀な警察に感謝だな。それに生きた監視カメラも結構役立つもんだ。



「なんだか、こうしてるのが夢みたい」


 唐突に、感慨深げなことを口にする史奈さん。それはこっちのセリフですよと返したくなるのを飲み込んで惚ける。


「なんのこと?」


 テーブルに両肘を突いて手を組み、そっと顎を乗せる。それだけで可愛い。


 そのまま上目遣いは絶対やったらダメだからね。どうなっても知らないからね。


「こうやってユキトくんとゆっくりお茶ができる日が来るなんて、想像できなかったから」


 それもこっちのセリフですよ。


 ユキト成分十パーセントで申し訳ないけども、こんなんでよければいつでもお茶しましょう。


「べつに、親子なんだから普通でしょ」


 ちょっとだけ思春期少年を装ってみる。

 だから感極まらないで。ほんと普通のことだから。照れ隠しでカップを取ろうとした右手を握られてしまう。


「アタマ、痛かったりしない?」

「な、なんで? 平気だけど?」


「だってユキトくん、別人みたいになっちゃったから。どこかアタマの血管が破けてたりしないか心配で仕方がないのよ」


 九割別人なので。

 あと脳の血管破けてたら人格変貌じゃ済まないんで。


 それから急に頭がズキズキ痛み出したんで。

 ユキトの動揺なのかこれ。


 手が触れたくらいで騒ぐな童貞かっつーの。


 いや童貞か。つったって母親相手に……。


「んんんっ!」

 激痛。激頭痛。


「どうしたのっ、ユキトくん!」

「なんでもない。大丈夫、だから」


 クソッ。そういうことか。

 ユキトお前、どんだけ拗らせてんだよ。


 直近の課題をリアルと照合した結果、部屋掃除よりもコイツが最優先だな。


 いいかよく聞けユキト。仕事も人生も、人と関わらなければ回らないんだよ。お前は関わる人間を選べなくて、歩道橋でよく回ったようだけどな。笑。


 だから、好きな人との関わりを断つのは間違いだ。根拠はお前の止まった時間だ。まして、同じ屋根の下で暮らすなら尚の事だ。


「本当に平気なの?」

 ガタリと音を立て慌てて俺の横に立つ史奈さん。


 心の底から心配してくれている。

 それはお前もよく知っているだろう。


「フラッシュバックって言うのかな。時々、事故の時の光景が急に蘇って、眩暈がするんだ」

 突然のカミングアウトに驚いて、震える唇を手で覆う史奈さん。


 ごめんね嘘だよ。


「なんで黙っていたの、そんなつらいこと……」

 今思いついた仮病だから。


「頻度は減ってるし、症状も軽くなってきてるから、大丈夫」

 頭を振られる。言葉にできないようだ。


 ユキト。俺は、たとえ嘘でも言葉にする。


「頭を打って別人になったのは、間違ってないよ」

 目を丸くする史奈さんに告白を続ける。


 父さんが死んでから、母さんは血の繋がりのない俺の面倒をみてくれた。母さんは当然だと言ってくれるだろうけど、俺はそう思えるほど子供じゃなかったんだ。


 引け目というか、役立たずの荷物になってる自覚があったんだよ。だから、そのうち疎まれて嫌われて捨てられるんじゃないか。

 勝手にそう思ってたんだ。


 最初は、嫌われないように頑張ってたつもりだった。


 でも、いつの間にか面倒を掛けることでしか自分の存在を示せなくなった。


 どうしてそうなったのか、散々悩んだけど、わからなかった。


 それで、あの歩道橋から転がり落ちてる間、思ったんだ。


 ———— このまま死んだ方がいいんじゃないか


 でも、そうはならなかった。


 病院で目覚めた時、母さんが側にいてくれた。


 何度も泣いてくれた。


 母さんが俺を捨てるわけがない。


 当たり前のことを、ようやく本気で信じられた。


 だから、もう一度やり直したいって思ったんだ。


「でも正直、恥ずかしいから頭を打ったのを言い訳に別人になろうかって、はむっ」

 頭を持ってかれ抱きしめられる。


 ああ、やっぱりいい匂いは頭痛に効くぜ。


 ユキト、大人は痛みに強い。

 この幸せに比べたら頭痛なんて痒いくらいだ。


「お願い。二度と、二度と死んだ方がいいなんて思わないで」

 泣きながら、絞り出すような声で切実に乞われる。


 わかってる。誓うよ。

 もう死んだけどね。


 俺は黙ったまま頭を縦に振り頷く。


 ついでに頭で胸の感触を確かめたら、さらに過激痛。やかましい。


 お前が真実どう思ってたかなんて知らんし、正直どうでもいい。俺はな、お前が拗らせてくれたこの関係を無理矢理にでも修復する。


 一緒に暮らす好きな人が、笑ってなくちゃ意味ないだろうが。


「今まで本当にごめん。もし許してくれるなら、俺はこれから母さんと楽しく暮らしたい」


 大人はな、ここぞという時にはどんなに恥ずかしいセリフもさらりと言えるんだ。


「うん、うん。そうしよ」


 史奈さんにはこれを最後の号泣にしてもらう。あとは俺が笑わせるだけだ。

 思い知ったか。小僧。


 少し寝れば眩暈は治るから。

 そう言って、忌まわしい自室に入り扉を閉めた途端、俺は倒れた。


 全身で脂汗をかいていた。


 俺は魂の混合を、少し、いや、だいぶナメていたかもしれない。死神と邂逅した翌日、目覚めた俺は夢の中で交わした大事な契約を現実の出来事として憶えていた。


 契約書は魂のメモリーエリアに保存したとか意味不明なことを言っていたが、内容をもう一度検める必要がありそうだ。起きて最初、自分の中に弱々しいユキトが存在することはすぐにわかった。


 そして、十パーセントのユキトとの対話は不可能だということも直感で理解した上で、この程度ならさほど影響ないだろうと高を括っていた。しかしなかなかどうして。この弱くも主張の激しい存在とどう付き合っていくか。


 なるほど研究テーマになるわけだ。


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