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裏切り御免

 果たして俺の金的は無事を得た。


 彼女は俺の首からタオルを奪い取って、汚れているからと言うのも聞かないで顔を覆って鼻をすすっている。泣き顔を見せるのは悔しいらしい。


 タオルに染み込む涙が彼女のどういった感情のものかは、考えないようにしている。自分の吐いた言葉が頭の中で無限に跳ね返って居たたまれないんだよ。


 家路を辿って徒歩再開。

 ひとつ報告するとすれば、手の繋ぎ方が互いの指を絡めた恋人繋ぎの形へ変化した。


 決してアイアンクローを防いだ結果ではない。


 だからといって関係はさほど変わったわけでもなく。むしろこれは俺を逃さないという立場逆転の結果といえる。


「わたしの事、莉愛からどこまで聞いたの?」


 当然、そういった尋問へ移っていくのだ。


「その、決して莉愛先輩がおしゃべりだったわけじゃなく、俺が無理矢理……」


「それはわかってる」


 ですよね。


「千代乃さんが名前呼びを好んでいなかった理由と、ご家族の事情を少し」


「そ。じゃあ改めて説明は不要ね。あとは?」


「それだけですよ」

「あとは?」


「……独り立ちしたがってると。危ないから俺にしっかり見張れと」


「見張るのが面倒くさくてデートへ誘ったわけね」


「言っておきますが、それだけで俺はこんなに頑張ったりしませんよ」


「わかってる」


 わかっているなら俺を蹴る必要はなかったのでは疑惑。


 こういうところが紙一重でアホの子。可愛いけども。

 ついでに。


「これもわかっていると思いますけど、莉愛先輩は怒ってましたよ」


「莉愛はプリン二個食べたからお互い様」


 独りで抱え込む親友を心配するパイセンはプリン二個食べてギルティの超理論。

 親友とは。

 もしかして、そのうち俺もそっちサイドへシフトしてしまうのか。


「千代乃さん、ちょおっとそれは違うかなあ」


「あ、莉愛にさっきの記念写真見せていいかな?」


 さっきの。


「壁の?」

「壁の」


「なぜに!」


 莉愛先輩まであの芸術家を知るとは思わないが、彼女のお洒落した姿とか、何でお前が一緒に遊んでるんだとか胸ぐら掴まれて色々怒られそうでしかない。

 しかも誤解してくれと言わんばかりの構図に俺なんぞが隣にいる写真を友達に見せて、恥ずかしくないのだろうか。


 もしや俺の公開処刑なのか。

 ユキト本気で彼氏面しててウケる。勘違い乙。

 ユキトくん号泣。


「飼い主が誰かは、はっきりさせておこうと思って」


 首のチョーカーを指先で弾かれる。

 そっちかー。



「ここがわたしの家」

 はい、ご立派なお宅。監視するカメラの深淵を覗いてはいけない。


「それでね、ユキト。言っておかなきゃいけないんだけど、」

 インターホンえいやっ。


 ふぃーんほぉーん。さすが音も上品。


「え、ちょっと、ユキト?」


 裏切り御免。


 ———— はい

 母ボイスの応答。


「夜分に恐れ入ります。私、北里北高校の長嶺行人と申します。千代乃さんを家までお送りするため参ったのですが、少しだけご挨拶を宜しいでしょうか」


 営業プロボイスで申告。

 唖然としていた彼女がはっとなって慌てて手をブンブン振って解く。


 豪奢な玄関ドアが開き、門の方へ歩いてくる現千代乃母。


 さあ上級民系かデラックス系か、攻略前の小手調べといくか。待て。ずいぶんと若いぞ。いわば史奈さん系列じゃないか。同じ所属事務所?


 千代乃父出て来い。説明しろ。

 俺は軽く頭を下げ会釈する。


「千代乃ちゃん? おかえりなさい」

「た、ただいま」


 彼女は母親に目を合わせようとしない。

 母親の方も状況を掴めていない様子。だがそこは大人同士。


「わざわざ娘を送り届けていただいて、ありがとうございました」


「いえ、こちらこそ遅い帰りでご心配を掛けてしまい大変申し訳ありませんでした」


「よろしければ、中へいかがですか?」


「一言お詫びとご挨拶をしたかっただけですので。また日を改めて伺います」


 昼間のマルシェで買っておいた瓶詰めジャムの包みをデイパックから出し、今日のお土産ですと言って渡す。

 彼女はいつの間に買ってたのと驚きを隠しきれなかった。


「それじゃあ千代乃さん、また学校で」

「う、うん。それじゃね」


 ぎこちなく手を振る彼女は俺のタオルを持ったままとっとと家に入ってしまった。


 玄関が閉まり切るまでの沈黙を経て。


「あの、今日は娘とお出かけを?」


 お土産というキーワードに反応してくれた現千代乃母。

 彼女が“今日はデートに行ってくる”などと言うはずがないのは先刻承知だ。


「いつも通り学校へ行っているものと?」


 僅かに態度を崩して探りを入れる。

 案の定、苦笑いを含ませて頷かれた。


「あ、今日だけなので安心してください。夏休みの間は学校で僕に勉強を教えてくれたりしてましたから」


 今度は、そうでしたかと笑って、安堵した声を漏らす。

 おおよその母と娘の状況は掴めたと思う。


「それで、娘とお付き合いを?」


「いやあ、僕の一方的な片思いです。今日も勉強を教えてもらったお礼だとか理由つけて誘って、やっと一日もらえたといった具合です」


 僕の? とか家の中から聞こえてきそうだが、まあ嘘は言っていない。


「やっぱり千代乃ちゃんは人気があるのね」


「難攻不落ですよ。良い攻略方法があったら教えていただけませんか?」

「ふふ。面白い人ね」


「ユキトです。ナガミネ・ユキトを、今後ともよろしくお願いします」


「こちらこそ。でもお恥ずかしい話、私も千代乃ちゃんを知らなさすぎて」


 来たぜチャンス!


「でしたら、情報交換しませんか?」

「交換?」


 今日は名前だけでも覚えてもらえれば上々だったが、連絡手段の確立は僥倖。


 こちらは学校での様子を、そちらは家での様子を。内容はどうでもいい。彼女の家族へ切り込むための関係構築が優先だ。


 本来なら他人が首を突っ込むべきてないセンシティブな問題。

 時間をかけ慎重にいくとしよう。


 ピコンと俺のスマホが鳴る。


 ———— はよ帰れ!


 はいはい。



 お互いそれなりのダメージはあったのか、あれから学校にも行けず会っていない。


 俺の方はと言えば、あの日帰宅早々に史奈さんから成果報告を細かーく求められ、アレを家に置いていったことの厳重注意(なぜ見つかった!)。


 続いて夢の中で防犯カメラを手にした井澤ルミさんからスカウト兄さんの件でお説教。

 ちょっと強く当たりすぎたらしく、当面復帰できないらしい。その後も「こんなことでは千年後も指導ですね」とかネチネチ恥ずかしいところを突かれまくって、精根ならず精魂尽き果てた。


 二日後、彼女の方から「バカユキト!」のメッセージが届いて夏休みは終わった。


 理由はさっぱりわからないが、心当たりはなくもない。


 新学期は彼女のご立腹をなだめるところから始まるのだ。


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