【幕間】
なんでもない平日の夕食時。
少しは暇な日があってもいいだろうと思うこの頃、いつにも増して忙殺される日。
昔、ちょっとした縁でヘルプに入っただけのはずだった。気付けば周囲からスー・シェフの立場に見立てられ、抜け出せなくなっていた。
業界でも型破りな天才肌と噂される小野大吾。そんな人物の技を間近で見られるなら、自分の料理を高める踏み台くらいにはなるだろうという打算が良くなかった。
どこで修行したかは知らないが、おそらくあれは修行したことになっていない。
雇われては追い出されを繰り返して帰って来たクチだ。絶対にそうだ。
まず人の言う事をきかない。
レシピを勝手に解釈して、素材構成もテンポも全く従わない。にもかかわらず出来た料理が常連客から絶賛された。らしい。
そんな料理人が厨房に紛れ込んだら即刻追い出して当然というもの。
Pescatore Pigroのシェフは二度と同じ料理を作らない。
いつしかそんな美冗句で店の名が知れ渡るようになったが、これだけは断言する。
Pescatore Pigroのシェフは二度と同じ料理を作れない。
これがスー・シェフ役にとって何を意味するか。我が事ながら同情する。
あの時の料理をもう一度食べたい。
そんな、お客様からすれば当たり前の願望を叶えるのは誰か。そうだ俺だ。
下手をすれば、その日のメイン料理でさえ二組目から俺が全て担う。更に酷なのは、俺がシェフの料理の作り方をシェフへ指導する時がある事実。
もう一度言う。
Pescatore Pigroのシェフは二度と同じ料理を作れない。
その事実から店を守る重圧と敵愾心から必死で小野大吾に追従した。おかげで今では一度料理を目にして口にしただけで、完璧に再現できる。小野大吾の技術は完全マスターした。もうこの店で俺が学ぶ事は無い。
そう考えるタイミングになると決まってこうだ。
目の前に、得体の知れないソースの残った汚い鍋がある。俺の気付かぬ間にシェフが短時間で作ったらしい。
掬って舌に乗せ確かめると、柑橘系の風味は珍しくないが独特の苦味がある。
見ていた者に聞けば、牛肉のグリエに添えていたらしいと。
牛肉をトリミングした切れ端にさっと火を通し、ひと匙のソースをかける。摘み上げ、香りを確かめてから口に放り込み噛みしめた瞬間。
秋の始まりへ向かうこの時期だというのにいきなり初夏へ引き摺り戻された。
この強引で傲慢な味をその場の思い付きで作り上げてしまう。
「なんであんなズボラ男にできて、俺にできねえんだよっ。くっそお!」
またこのループに嵌まる。
来年の夏、俺はこのソースのレシピをシェフへ教える羽目になるのだ。
この屈辱、いつか晴らしてみせる。
「ズボラシェフはいつまで油売ってやがる。誰か連れ戻して来い!」
他の店なら即刻クビになるシェフの侮蔑も軽く流される。
「シェフならそこの廊下で若いお客様に叱られてましたよ?」
料理の皿を運ぶために戻ったフロアスタッフがありのままを伝える。
お前はどうして人に言われた事を覚えていられないんだ云々と責められていたけども、なんだか嬉しそうだっだったので止めには入らなかったと。
「……わかった。もういい」




