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シェフに釣られちゃいますよ

 はい前菜。マゴチ。うまい。


 白身のスライスはこりこりの食感最高。皿を彩る緑、赤、黄色のソース、どれをつけても美味。緑はバジルっぽい。あとはわからん。大吾の香味センスは相変わらず異次元。


「これは本物のワインからアルコールを完全に除いたものなんです」


「わあ、きれいな色。わたし初めてです」


 また来た要らんソムリエ。


 彼女は既にローズピンクのとりこ

 酒じゃねえんだから俺に注がせろ!


 俺にはわかる。このクソムリエは今、心の底から満たされている。


 お願いだからそれ以上の新鮮な反応を見せないでやってほしい。


「ん。こういう味なんだ……」


「あの先輩、無理しなくていいですからね。ソフトドリンクもありますから」


「大丈夫。とってもいい香りで好き。早く本物のお酒も飲んでみたいですっ」


 極上の笑顔をクソムリエに捧げてしまった。

 なんてこった。


 さりげなく拳握ってガッツポーズかましてんじゃねえよ!


 お。確かに口に入れた瞬間はワインそのもの。

 鼻を抜ける香りも意外に強い。最後に喉で感じるものが足りないって感じか。

 早く本物のお酒を飲みたいですっ!


「あと四年くらいですか。すぐですよ」


 うっせーよ。俺のところへわざわざ来て言うなよ。

 いつまで居座る気だよコイツ。


「あとはやりますから」


 美咲ちゃんが背後から上着の裾を引っ張って退場を促してくれる。

 はい退場ー。

 そりゃそうだよな。

 あの盛況なフロアじゃ、一分だって抜けてられないはずだ。


「助かったよ」

「お弟子さんから泣きが入ったの」


「弟子なんて雇ったんだ」

「違うの、滝沢さんが勝手に連れてきたの。給料は自分が払うから置いてやってくれって」


「マジか。無茶苦茶なオッサンだな」


「ほんと誰かさんみたい。ね、こういうの派遣契約とか必要なのかな?」


「滝沢さんが派遣事業許可を得てやってるわけじゃないだろうし、要らないでしょ」

「そっか」


「でも、その弟子が労働監督署に何か訴えたら絶対巻き込まれるから要注意」


 ブラック、だめ。絶対。

 嘘でしょ、やだーもう。と嘆く支配人。

 旦那があの調子だからな。

 妻の健闘に期待。


 お魚の味はいかがですかと、ボトルを傾け注ぎながら彼女へ尋ねる美咲ちゃん。テーブルで接客する姿は久しぶりに見る。ここを辞めて去られた時は責任を感じていたから、戻ってくれて本当によかった。


「お料理も飲み物もすっごく美味しいです」

 バタバタ体現したいのをこらえている様子が窺える。


「このマゴチと、このあとお出しするタチウオは、うちのシェフが今朝釣ってきたんですよ」


「えっ、シェフってそこまで材料に拘る方なんですか?」


 美咲ちゃんは苦笑いして首を振る。

 答えにくそうな支配人に代わって教えてやる。


「ここのシェフはただの釣りバカ。釣りに行きたくて仕方なく仕事する料理人」


「ユキト言い方。失礼過ぎ」


「といっても、ねえ?」


 真実を知る美咲ちゃんに援護を求める。


「そうね。ふふ。それは、ユキト君が正しいかな」


「釣りと私、どっちが大事なのってキレてたときあったものな」


「その話はやめて」


 思い出すとあの人を刺してしまうからと呟いた気がする。

 幻聴だよ幻聴。

 少し失礼しますねと支配人は大忙し。

 むしろこの部屋が息抜きになってるのかもな。


 でもまあ、上質な料理とワインクーラーにボトルがざくっと入った雰囲気、やっぱり良い。高校生らしいとは言えないし、とても誉められたもんじゃないが、この特別感は必ず思い出になる。

 命懸けで予約した甲斐があったよ。


「シェフ、なんて答えたの?」


「ん?」


「釣りと私」


「ああ。その話ね。……逃げたんですよ」


 なんで俺が居合わせたのか忘れたが、あいつ、本当に回れ右して逃げたんだ。そのあとなだめるのにどれだけ苦労したことか。アイドルと羊羹ようかんどっちかやめろって問うようなもんだよと言ったら俺が叩かれた。

 なんでだ。今でもわからん。


「なんか、ユキトの友達だけあるね」


 なんでだ。



 タチウオ。皮パリッパリ。身はふっくら。

 じゅうっと沁み出る旨み。

 つけ合わせの渦巻いたリングイネは濃厚なクリームソースがピリッとする。

 青唐辛子の辛さだってさ。

 酒がすす、まない。酒くれ!


 牛もも肉のグリエ。

 一瞬で昼間の未練が失せたよ。

 赤身の味がぐわっとね、口の中支配される感じ。

 これは焼き加減を賞賛。彼女の方は夏みかんの香りづけをしたオイルソースに感動してキラキラだった。


 最後緊張のドルチェ。

 よしゃあいいのに、よりどりみどりのワゴンを転がしてきやがった。


 普段こんな事してないはずなんだけどな。

 ほら彼女が年収低すぎみたいに口押さえてるよ。

 なぜに美咲ちゃんと二人でコソコソ話になっているのだろうか。

 スイーツ選ぶのって乙女の秘め事なのか?


 結果、テーブルに鎮座したのはベリーソースたっぷりパンナコッタ。

 の皿に、チョコレート・サラミを添えて。なんてこった。(言いたかっただけ)


 俺はピスタチオジェラートでさっぱり。


「ユキト、このチョコレートすっごい濃厚。食べてみる?」


 ドライフルーツのぎっしり詰まったチョコレート・サラミ。差し出されたスプーンに種が無いことを慎重に確認してから、ひとついただく。


 これは強い酒に合うやつ。

 なんて今は言えないから黙って頷く。


 そして奪われる前に与えておく。

 ジェラートを掬って、はいどうぞ。


 池の鯉みたいにぱくりと持っていった。

「シェフに釣られちゃいますよ?」

 思わず笑ってしまう。


「人は釣らないよ」


「おわっ。いつの間に!」

「すみません、シェフの小野がご挨拶に伺いました」


 美咲ちゃんが隣のでかい図体を紹介する。

 見た目だけで言えば、精悍と言うのだろうか。


 中身はズボラ。ズボラ男と呼べば魚のボラを思い浮かべて釣りに行ってしまう。

 本気でそんな男だ。


 しかし料理だけには誠実。天性のセンスと技術を併せ持つ。本人曰く、料理は手抜きができないから面倒くさいのだそうだ。

 それでもって、アイドルの推し活やってたような美咲ちゃんだから、見た目とのギャップにあてられ、自分が支えなくてはという使命感が芽生えてしまった。

 そんなのに出会わせたのは俺だったりするのだが。


 ペしっと美咲ちゃんに尻を叩かれて前へ出る。


「本日はご満足いただけましたでしょうか」


「どれもとても美味しくて、夢のような時間でした」


 エネルギー満タンチャージした彼女。

 今日一番の笑みで称賛を返す。


「それは何よりでした」


 大吾は美少女より美魚が好き。クソムリエよりは安心。


 ちなみに美咲ちゃんは美魚ではなく、ちゃんと美人さん。


 くいっと首だけ俺に向けてくる大吾。


「顔、変わった?」

 歳もな。カラダごと変わったって説明しただろうが。


「ああ、髪型変えた所為かな。イメチェンだよ」


「そうか。そんなものか」


「そんなもんさ」


 こいつ本気で納得しやがった。

 俺の顔なんぞ目がふたつ、鼻と口がひとつくらいしか覚えてなかったようだ。

 もうどうでもいいが。


「お前が生き返ってくれてよかった」


「ああそうだ。美味い料理のおかげで生き返ったよ、ちょっーと外行こうぜ」


 この場でコイツとこれ以上話すのは危険だ。

 ほら退場だ退場。


「ごめんなさいね、騒がしくしてしまって」

「ほんとうに、友達同士なんですね」

「ふふ。変わり者同士で気が合ったみたい」


 どうぞ召し上がってと勧められながら、しばらく女子談義が続く。


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