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不安なら行かなきゃいいのにね


 タタン。タタン。


 なんでもない平日のお昼前。

 電車は空いてるかなと期待したけど、わりと混んでた。


 それでも乗り合う人たちはみんな穏やかに揺られていて、世は事もなし。


 わたしもその中のひとり、のはず。

 穏やかだよ、わたしは。


 タタン。タタン。


 線路から響く音がいつもより軽やかな音に聞こえるのは気のせいかな。


 目に入る白く眩しい景色が音まで錯覚させているのかも。


 天気予報は今日も一日晴れ。

 だというのに、日傘を忘れた。


 今日はなんだか朝から変だ。いつものようにあの人たちが家を出てから支度を始めて、いつもよりも余裕は十分あったはずなのに、気付いたらぎりぎりの時間になっていて。


 朝ごはんも食べ損なうなんてありえない事態。


 いったい二時間以上も何をしていたのかなんて、もう記憶に封をして捨てた。


 なんだか変なのは今もそう。

 ちらちらと人目の向けられる数がすごく多い。通学の時と比べものにならないくらい。


 昔は気にしていなかったのに、莉愛から色々怖い話を聞かされてからは自然と感じ取るようになってしまった。でも、自意識過剰と思って無視するのは危険なんだって。


 今日は家から学校へ行くよりもずっと近い場所だから長く耐えずに済むけど。


 気を紛らしたくてスマホの画面を眺める。


 ———— 明後日のプランを連絡しておきますね


 ———— 昼食 → ハンドメイドマルシェ巡り → 演劇鑑賞 → 夕食


 つい、また読み返してしまう。


 彼が髪を切った日、夜遅くに送られてきたメッセージ。


 もう何度同じ画面を開いたかわからない。


 なんだかんだと搦め手を突かれて丸め込まれてばかりの気がするので「わかった」とだけ返した。それ以上のやりとりはしてない。

 興味を示そうものなら、絶対に食べ物の話題で気を引こうとしてくるだろうから。


 その程度に抗う自信がないのも情けない話だけど。


 警戒して暗号やパズルめいた言葉が紛れ込んでないか頑張って考えたのは内緒。


 いったいどんな目に遭わされてしまうのやら。


 不安なら行かなきゃいいのにね。


 次の次の駅で降りるよ。

 約束は十一時。


 タタン。タタン。


 線路から響く音がわたしを急かす。




 改札を出て、正面の大きな丸い柱の前か。

 あれね。


 たくさんの人が横切る合間を縫いながら、何人かが立っているのを見つけた。


 それっぽい人は居ない。

 男の人は一人だけ。


 白いシューズ、ベージュのチノパン、ネイビーの七分袖ジャケット。


 スマホと睨めっこして何かを見つけ、その画面をそばに居たお婆さんと一緒に眺めながら左腕を伸ばして向こうを指差す。道を教えているのかな。


 その横顔に小さく光ったのは耳のピアス。


 ひらひらと手を振ってお婆さんを見送るその人に思わず話しかけてしまう。


「それっぽくない」

 

 おっ、と驚いて、にこりと笑う。

 額の真ん中、『貸出中』だけがそれっぽくて、つい頬が緩んでしまう。


 と思ったら、急に辺りを見回し、少し怖い顔になった。


「先輩、ここまで無事でしたか?」


 なぜ安着の報告を求められるのだろう。

 服が汚れてたりしたかな。


「なんで? どこか変?」


 自分の身なりを気にしていると、今度は困った顔をされる。


「普段見慣れたつもりですけど、そこまで綺麗になられたら心配にもなりますよ」


 ああ。そうね、二時間以上も費やしたものね。


 なんかもう自分がやだ。


「ちょ、先輩、そっちじゃないですって!」


 こうして、一生忘れることのできない一日が始まった。


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