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不安なら行かなきゃいい

 あー。あー。マイク、テスト。

 てす、てす、てす。

 

 んっ、んんっ。


 ズンチャ ズンチャ♪

 ズンチャカ ズンチャ♪


 バーカがいる バカがいる

 わーたしのまえーに バカがいる

 朝から晩までバカなのに

 晩から朝もバカだった

 とってもざんねん バカおじさん


 エーロがいる エロがいる

 わーたしのまえーに エロがいる

 南や北でエロなのに

 東と西もエロだった

 とってもざんねん エロおじさん


 カースがいる カスがいる

 わーたしのま


「三番いらない! 二番までで十分だから!」

 ディスりが強すぎ。


 井澤ルミさんミニコンサート。

 歌が上手いのはわかったから、その脳にこびりつくような曲は勘弁しろ。

 相当に機嫌が悪いらしい。


 明日のデートに備え万全のコンディションで臨むべく早めに寝入った俺。

 おかげで怒られる時間もたっぷり。

 今日はオープニングテーマ付きだってさ。


「十二番まであるのですが」


「それ、『1ダースのざんねんおじさん』とかいうタイトル?」


「よくわかりましたね。さすがご本人」


「ご本人可哀想すぎない? 今日命懸けでデートの準備してた健気なおっさんだよ? ここはご苦労様って優しくするところでしょ」


 今日の昼間ちょっとやらかしてヤバかった。

 ルミさんの説明不足も悪いんじゃないかと不満はあるが、とても口には出せない。


 ルミさん、さっさとマイクを大鎌に戻して俺の真ん前に立つ。


 俺に触れようと伸ばした手を寸前で引っ込め、その代わりに、俺の周囲をくるくる移動して出荷前検査でもしているように隈なく凝視される。

 そして、険しい表情で俺のヘソの下あたりを指差す。


「そこ、魂の傷がぱっくり開いてます」

「え、どこ?」


 慌ててTシャツを捲り上げ、首を目一杯前に倒してみても、傷らしい跡は何も見当たらない。もっと下かとパンツに指を掛けて少し下ろしてみると、


「き、汚いモノ見せないでください!」


 鎌の柄で頭を殴られる理不尽。


「痛いって。酷くない?」


 汚いかどうかは全部見てから言えよ! と大公開したい気持ちで満々になるが、ほぼ確実にあの鎌でスパッと切り取られるので思い止まった。

 考えるだけで激痛が走るわ。


「まったく、あんな無茶するから心配してみれば、ケダモノハラスメントする元気があるとか、どれだけ大変な変態男なんですかっ!」


 ケダハラは、さすがに通じないと思うよ?

 ミセハラとかミルハラってのはあるらしいけど。両者で戦ったらさぞかしシュールな光景だろう。


「よくわからんけど、俺の魂、そんなに重傷なの?」


「選別眼がもう少し発達すると貴方にも見えるようになります。そうなれば、泣いて私に縋るくらいの大きな傷です」


 なんだ、泣いて抱きつけばよかったのか。

 今からじゃ遅いか。次はそうしよう。

 てか、結構やばいのか。見えない血がだらだら流れてたりして。

 魂の血があるか知らんけど。


「あの、ルミさん。その傷、治るんですかね。ていうか治療していただけません?」


「私が手を加えたら実験が終わってしまいます。ご自分で手当してください」


「えっ、自分でできるの?」

 驚いた。


 もしかして、俺も深夜アニメみたく緑色のほわほわした光とか出せちゃうわけ?

 すげえ。まさか癒しチートのユキトが旅して美女をゲットしていくハーレム物語だったとは露知らず。

 俺の全裸シーンも増えるのか。恥ずいっつーの。


 いや待て。もしや自分のチカラで長嶺史奈特約を解除できるのでは!


「特約解除なんてできませんから」

「やっぱココロ読めるんじゃん」

「貴方の考える事なんて読み取るまでもありません」


「ケガ人をアゲてオトすとか、優しいルミさんらしくないなあ」


 特約解除できない癒しとか、ぜったい意味ないって。あとでやっぱり設定変更とか言い出すと余計なコスト掛かっちゃうんだからさ、最初からケチらない方がいいってば。

 ほんと、期末になると騒ぎ出すコスト削減策は無駄。


「いいから早く手当しなさい」

「どうやんのさ」


「手を当てるしかないでしょう。手当なんですから。バカなんです?」


 くっ。ムカつく。

 イザワ絶好調だなおい。

 手を当てる。この辺?

 右手? 左手? 好きにしろ?

 じゃあ両手にしたるわ。


「何にも感じないんだけど」


「早ゆでパスタ、なぜ早く茹で上がるか知ってます?」


 突然のお料理話題。

 ルミさんきっちり計量派なんだろうな。

 ドジっ子の匂いはするが。


「ああ。パスタに切り込みが入ってるからだろ。茹でるとまんまるになるんだよな」


「それです。そのままをイメージしてください」


 ほう。

 ぱっくり割れた傷が膨らんで戻るってことか?

 ちょっとマジメにやるか。

 できないと、ルミさんに茹で釜へ放り込まれそうだしな。


「はーやーゆーでーぱーすーたーは、さん、ぷん、かんっと」


「え?」


 ルミさん、こんな事もできないの的な驚き顔。


「くそ、まだか。はーやーゆーでーえーぱー」


「ちょ、ちょっと、ちょっと待って、ストーップ!」

 ダメ出しの割り込み。


 そんなに下手クソだったか。

 つったって、手本もないのに無茶ぶりなんだよ。

 そこまで呆れなくてもいいだろうに。


「ルミさん。初心者にそんな顔したら、みんな初回レッスンで解約しちゃうよ?」


 どこの勧誘も初回無料キャンペーンで成功体験させるのに必死なんだからさ、そういうの見習おうよ。

 すごーい、初めてでそこまでできる人なかなかいないですよ、もう少し手のひらに力を込めて、あっ、上手ですうー。

 くらいのね、気分をアゲてくプロセスってのをね、ルミさんにも覚えてもらいたいかな。


「なにが初心者ですか。いったいどこで覚えたんです?」


「どこでって、フィットネスジムとか、みんな無料体験でやってることだよね」


「手当をですか?」

 

 ん?

 なんだか会話が噛み合ってない気がするぞ。

 どこでズレたのか。

 一旦リセット。


「はーやーゆー」

「やめなさいって言ってるでしょ!」

 コンッといい音立ててまたも柄で頭を叩かれる。


 容赦のないダメ出し。理不尽。


「やめろじゃなくて、褒めて練習させるのが大事なの。下手でも繰り返してりゃ少しは治るんだろ?」


「もう治ってます!」


 なるほど。もう治ったからやめろと。

 いや、全然見えないからわからんし、なんも感じないし。

 これ最初から傷なんて無くて、俺を騙してルミさんに平伏させようって魂胆だったんじゃないのか。魂だけに。魂胆。

 でもそんな顔じゃなさそうなんだよな。ふるふる震えてんだけど。


「体のケガ、手当したら治ります? そもそも手当の意味知ってます?」


「手当ってのは、傷の保護したり、止血したりとかでしょ」


「そうです。後は自己治癒力によって修復するものです。それは魂も同じ。それをなんですか、すっかり治るとか! どれだけバカなんです?」


 どうしてか、今日のルミさんとはまったく噛み合わない。


 自分の傷は自分で治せと言っといて、治ったらキレるとか。

 そもそもさ、

「早ゆでパスタをイメージしろって、治るイメージしかないだろうに」


「傷の保護膜を形成するためのイメージなんですっ」


 先に言おうよ、そういうのは。

 自己治癒力ね。


 つまりあれか。俺が自意識過剰の粘液出して傷を保護するはずが、傷自体がほっこり治ってしまったもんだから、お前なにやらかしてんだよと。

 理解理解。


「やっぱ旅に出てハーレムしろって事?」

「バカはちょっと黙っててくれます?」


 ぴゃあっと遠くへ離れて、怒鳴っている。

 どうやら上司と話をしているようだ。


 いたなあ。出先で顧客に怒られて逆ギレ状態で電話してくるヤツ。

 そういう時に限って、別の所からわんわん泣きながら何言ってるかわからない電話もかかってくるんだよな。あのカオス現象はなんなんだろうね。


 まあ、あれだよ、上司さん。無言で家に帰っちゃうのもいるくらいだからさ、上司への報告があるだけでもマシだと思うようにしようよ。


 これ何待ちなのかね。

 しかし、ここは何処どこのロケーションなんだ。

 いつものだだっ広い何も無い空間とは違うんだが。


 広いのは同じだけども、俺の身長の倍はある石碑が遥か彼方まで無数に点在している。最寄りの一つに近づいてよく見ると、立派な彫金の取っ手が付いている。鏡面仕上げの平面に見えたそれは、一枚扉だったようだ。

 しかも、すぐそばには見慣れたインターホンのボタンがある。


 端的に表現するなら、これは玄関だ。

 するってえと表札も。これか。

 読めん。

 文字というよりは、ごつごつした凹凸。


 なんというか、このカラダになって精神年齢が下がってきているのだろう。

 とある衝動が湧き起こる。


 ピンポンダッシュ、いっとく?


 せえーの。


「やめなさい!」

 

 近所のおばさんに見つかって「うっせーババア」とか捨て台詞で逃げたもんだ。


「何かとんでもなく失礼な単語を浮かべました?」

「滅相もない!」


 復帰したルミさん。ご機嫌ナナメーなお顔。


「あんまり上司いじめたらダメだよ?」

「誰の所為せいと思ってるんですかっ」


 元が経理の仕事だからなあ。

 例外を嫌う気持ちはわかる。

 だがこれも実験のため。

 俺が旅立てば旅費精算もしなきゃだし、ハーレム接待費も経費として認めざるを得ないのは悔しかろう。

 あ、あとで全国の契約ホテルのリストも貰わないとだな。


 それと半期毎のインセンティブは欲しい。

 いくら俺が好色と言っても仕事は仕事だ。

 上司に交渉するか。

 現物支給?

 期待しちゃうよ。


「とりあえず最初のうちは首都圏内沿線、二時間休憩延長なし、日帰りで。史奈さんが心配しちゃうからさ」


「もう、この変態どうにかして!!」


 夢の中だけに、妄想が止まらない。



 結局、俺の魂が完治した件については継続観察ということに。今後はルミさんの居ないところで絶対に手当はしないようにと釘を刺された。それと、他の誰かを手当しようとするのはもってのほかと。


 理由の説明はなし。無事でいたければ言うことをきけと言った態度で押し切られる。俺自身も、少なくとも選別眼で魂の傷が見えるようになるまでは、そうするべきと納得した。


「ところでルミさん。この玄関ナニ?」


 きっと睨みつけてきてから大きく深呼吸するルミさん。俺の前で玄関に向き合い、背を向けたまま説明を始める。


 これは普段死神たちが人間を個別に扱うときに使うインターフェースを、人間である俺が認識できるように具現化したものなのだそうだ。

 なんだそういうことか。さっぱりわからん。


「玄関に見えるのは、貴方の貧相な発想力がそのように作り上げただけです。私のセンスではないことを強調しておきます」

 どうしても俺をディスりたいルミさん。


「インターホンの意味は?」


「さあ。貴方の安っぽいモラルが相手の承認を欲したからでは。取っ手を引けば扉は開きますので。意味はないでしょう」

 なにがなんでも俺をディスりたいルミさん。


「で、なにすんの。これで?」

「バーカがいる、バカがいる、わーたしの」


「わかったから、それやめよう。わりと今日はもうダメージ一杯なんだよ」


 それはこっちのセリフですと言い返されてから玄関の用途が告げられる。


「サポートの一環です。貴方の望む任意の人間の記憶と直近の心理状態を、私の管理下で参照することができます」


 その説明が耳に入ってから理解するまでにだいぶ時間がかかった。


 つまり、今まで死神ルミさんが披露していた人間の情報を収集する能力を、俺も間接的に行使できるようになるという事。まさかそこまで許容されるとは夢にも思っていなかった。

 今夢の中だけども。


 これはもう破格のサポートサービスと言っていい。


「制約は?」


 頭が完全にビジネスへ切り替わってしまった。


「私の管理下であること、それと人間のコントロールはできません」


 人間のコントロールは死神であっても許可の必要な事だからと。

 結構やらかしてるよね、アナタ。


 でもそれはいい。人間のコントロールなど、はなから望んではいない。そんなもの自分が人間をやめるのと同義だ。青春なんてあったもんじゃない。

 そんなことより、

「回数とか、さかのぼれる記憶の期間とかは」

「特にありません。ただ……」


 それは、俺が耐えられるかどうかという問題。


 長い人類史の中で、こうした能力を手に入れた人間は稀に存在した。そして例外なく人格崩壊を起こして再起不能になったとのこと。


 なんとなく理解はできる。

 他人の負った深い悲しみ、自分へ向けられる憎悪、そんなものがダイレクトに入り込んで来たら、そう何度も耐えられるものではないだろう。


 それこそ死神並みの価値観を持って客観視できる能力が求められる。


 そして、だからこそルミさんの管理下でという条件なのだ。


「私が危険と判断した時点で強制的に中止します」


 制約などではなく、プレミアム級の手厚いサービスということ。


 そんなに大盤振舞していいのかと問うてみたくなるが、死神の価値観でメリットがあると判断してのこと。少しでも俺がメリットだと感じるなら、ウィン・ウィンと捉え黙って受け入れるべきだろう。


「わかった。ありがとう。活用させてもらうよ」


 こんな俺の葛藤をルミさんがどこまで読み取っているのかは知らないが。


「貴方が現在興味を抱いている早坂千代乃。彼女の過去を、この扉から見に行く気はありませんか?」


 このタイミングでその提案が来るか。

 頭に思い浮かべないようにしたのにな。


「早坂千代乃特約も追加しようって魂胆ならお断りだよ」


「本気で彼女を?」


「そうじゃあない。俺がこの先関わるオンナ全部に特約つけられたらたまったもんじゃないって話」


 今日一番の険しい顔を向けてくる死神。


「彼女の抱える問題の原因がわかるかも知れませんよ?」


「それなら是非見に行ってみたい。だが、今じゃなくていい」


 ムッとして目を伏せてから、冷笑を浮かべて俺をあおってくる。


「彼女が貴方に抱く感情を知るのが不安なのですね」


 そうだ。まったくその通りだ。

 反論する気も起きない。


「不安だね。不安なら行かなきゃいい。今はそれだけさ」


 相手の胸の内を知った上でのデート。

 この世でそれ以上つまらない事があるかっての。


 もっと言うなら、ルミさんの説明不足は俺もだいぶ学んだところだ。

 扉の先へ行ったらいつ帰って来れるかもわかりゃしない。目が覚めたら一日終わってたなんて最悪の結末も絶対回避だ。


「……バカがいる」


「あのね、ルミさん?」


「私のこと、あいしてるって言ったのに!」


 …………。

 おーい。


 ぽつんと取り残された俺。

 これ、朝にはちゃんと目が覚めるんだよな。

 大丈夫かあ?


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