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それは脱いで見せてもらわないことには

 相手に良かれと合わせる事が習慣にさえなっていた自覚はある。


 言われて今思えば、単に横着だったのだろう。


 しかし学んだとはいえ、今回は誰かの好き嫌いの問題ではなく、彼女の魂がこれ以上傷まないようにすることが課題だ。俺がそばに居て効果があるのならストーカー紛いと嫌われても付いて回るし、逆に悪化しようものならおやつの時間を惜しまれても離れるつもりでいる。


 なにより俺は実験中である自分の魂を大事にしなくてはならない。


 彼女のネクタイが色褪せて見えているのを知った時、胸の奥底が動揺し、放置してはならないという思いが無意識に湧き出て当然となったのは、俺の魂が動いたからに他ならない。


 魂の赴く方向を屁理屈で捻じ曲げるのはやめて、素直に従うことこそが肝要。


「なんて言うか、せっかくの夏休みを生徒会の仕事と俺に勉強を教える事に費やした人なので、最後くらい何か報いたいんですよね」


「あらまあ、それは綺麗なエクスキューズだこと」


 白けた風に皮肉を返してくるひとみさん。

 思春期男子なんだから下心の一つや二つ見せてみろと言いたげだ。


「そう言われても、ピュアな男子高校生もいるんです」


「下品でビンタもらう子がピュア?」


 確かに。正論。意義無し。

 仕方ない。純粋な下心を本邦初公開。


「ひとみさんの膝に頭を乗せて顔剃りお願いしたいです」

「百年早いぞ。エロガキ」


 せっかく恥ずかしい崇高すうこうな下心をぶつけたというのに、むげないなあ。


 ああでも、マジでそれやってもらいたいな。

 店前の立て看板にメニュー追加してくれないかな。書いちゃえばやってくれたりしないかな。


 『頑張った貴方へ月に一度のご褒美剃り』


 また新たな最強サービスを生み出してしまう俺の営業魂が憎い。今度資料作ってプレゼンさせてもらおう。「仕方ないなあ、君にだけのサービスだぞっ」とか言わせちゃったりしてな。勢いで行っちゃうか全身剃毛!


「それ独り言のつもり? 違う店に行きなよ」

「えっ? いや、ほら、ピュアなんで、照れ隠しの冗談ですってば」


 マジか、欲望が溢れて声に出ていたか。

 まずいな、おふざけが過ぎるとルミさんが登場してしまう。


 もしや既に?

 シャキシャキシャキ。


 まだ本人?

 シャキシャキシャキ。


 まったく、暇だったお姉さんは変態仮面相手に期待し過ぎなんだよ。

 軽くでっち上げておくか。


「あの人は俺にとって真っ白な壁みたいなもんです」


「まだピュアネタ引き摺るの?」


「ひとみさんならどうします? 通り道に出来たての白い壁があったら」


「別に。白じゃすぐ汚れちゃうなあって思うだけ」


 最初は綺麗だなあと感じて、白なんてやめておけばいいのにと誰もが思う。雨垂れに汚れたみすぼらしい情景がすぐ目に浮かぶからだ。


「そう。時が経てば燻んだ色に変わるでしょう。ならば俺は……」


「あっ、待って。それ心理テストみたいなやつでしょ。大人度合いとか。私まだそんなよごれてないからね」


「それは脱いで見せてもらわないことにはイテテ……」


 爪立てて鼻つまむのやめてください。照れ隠しですってば。

 だってさ、おっさんでも恥ずかしくて言いにくいことはあるんだよ。


「俺は、その壁の隅っこを削って相合い傘を彫りたいんです」


 シャキ。

 ハサミが止まった。


「彼女を、傷つけたいってこと?」


 だな。削るとはそういうことだ。


「そうなりますね。今は真っ白だから目立たないでしょうけど、時が経って溝に汚れが溜まった頃に目立ってくるみたいな」


「それって……」


「いつか、それを見つけた彼女に、クスッと笑って欲しいんですよ」


 それが思い出、ってやつだ。

 気に入らなければ上塗りして無かったことにできる程度のキズ。そのまま放っておかれ、長い人生の間で時折眺めてもらえたならこれほど嬉しいことはない。


 そして未だ俺の壁はこの年代だけ白い場所ばかりだから、


「それで俺も、同じ傷が欲しくてたまらないんです」


 汚くて深くていい。

 調子が悪かったとか、本気になれなかったとか、言い訳ができない傷で一杯になればいい。


 今度こそ、そうなりたいんだ。


 と、でっち上げだったな。思わず途中から熱が入ってしまった。嘘は言わず勝手に勘違いしてもらうのがコツだが、変態仮面だったのを忘れて恥ずかしいセリフを飛ばしすぎた。


 ハサミが止まったままなのは、必死に笑いを堪えてるからだろう。いっそ笑ってくれた方が俺のダメージが少なくて助かるというのに。

 じゃあこの程度で恋バナはお開きということで。


 ぐすり。ずずっ。


 鼻を啜る音。

 なんだ、何が起きているんだ。


 ズビビー。

 鼻かんでるぞ。

 まさか泣いてるのか。嘘だろ。


「花粉症ですか」

「エロガキアレルギーだよ」


 辛辣しんらつ

 もはや客でさえない扱い。


 つったって、綺麗な話を嫌がったのそっちでしょうが。

 せっかく思春期少年らしく奮闘したというのに。


「ちょっと気に入らないけど、採用」


 おい、どこぞのふんぞり返った上司かよ。

 ご褒美剃りのどこに文句があんだよ、最高しかないだろうが。


 え、採用。マジか。やってくれるのか。

 気に入らないって、もしかして罵りながら膝上で顔剃りしてくれたり。

 やべえぞ大革命じゃんか。


「絶対当たりますよ。強気の価格設定でいきましょう」

「価格? 何の話よ」

「世界初となるご褒美剃りの料金をイテテ……」


 わざわざハサミ置いて抓らなくてもいいっての。なんでだよ、それ以外採用する事なんて無かったはずだろう。


「相合い傘。悪くはないってこと」


 シャキシャキシャキ。復活。

 まだ少し鼻を啜っている。


「ひとみさんの恋バナコレクションに採用ってことですか。それは光栄なことで」


「そんなコレクションはしてない」


「それで、どこが気に入らないんです?」


「だって別れる前提じゃない。なんか守りに入ってて若くない」


 あうち。

 真実を突きなさる。


 だって若くないし。


 結ばれる前提で? 二人揃って老いてから思い出に浸ってほっこり?


 んなわけあるかっての。


 そんな妄想猛々しいおっさんになるのだけは御免だ。


「別れるも何も、くっついてもないですし」

「くっつきゃいいじゃない」


「簡単に言いますけど。向こうは男なんか選び放題、こっちは尽くすだけのクズ」

「選ばれりゃいいじゃない」


「つったって素材がこれじゃ……」

「私の腕ナメんな」

「あ、はい……」


 どんな素材もプロの腕にかかれば美味しくいただけると。なんだかパイセンにザマ見ろと言われんばかりの状況に追い込まれたな。


 コスプレツンツン頭でどうしろってんだか。

 まさかハリウッド並みの特殊メイクもマスターしてたりしてな。


 もはや俺でなくて良くない?


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