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ただのクズではなくて、尽くすタイプのクズです

 顔が洗えないならと面張りされた俺。

 面張りて。


 余りまくっていた店のチラシを顔の形に切ってから、容赦なく顔面に押し付けテープで貼り付けられる。鼻と口のところだけ穴は開いているが何故か目は塞がれたまま。それだけで彼女らは変態仮面だと大ウケしていたが、これ想像以上に怖い。


 最初にシャンプーで軽く洗い流し、張り直すの面倒だからとそのままに。


 シャキシャキと髪を刈る軽快なハサミの音が続く。

 覚悟していたバリカンは一向に登場してこない。

 このゾワゾワした恐怖感、どこかで体験したことあるんだよなあ。思い出せん。


「おでこ、ケガしちゃったの?」


 ハンコのインパクトが強かったはずなのに気づいていたようだ。


「ええ。階段から落ちて派手にやっちゃいまして」

「うわ。痛そ」


 これだけ陽気に話していれば、歩道橋の事件とは結び付かないだろう。そのうち口軽の軽口で知るだろうが、それはその時。


 そういや傷が見えるようになるのも、史奈さんは気にするだろうか。

 なんか頭にパンツ履いてた方がいいくらいだな。


「ハンコは隠せないみたいだけど、キズは少し前髪被せようか?」


 やーさーしーいっ!

 そんなん耳元で囁かれたら惚れてまうわな。


「いや。中途半端は性に合わないんで。潔くやってください」


「おお。カッコいい……くないね。ぷはっ」


 変態仮面が、変態仮面が、となんだかツボに入ってるようだ。


 ここまで遠慮なく客をコケにするのもどうかと思うが、その屈託のない性格は清々しく嫌いじゃない。前の店でも結構人気があったのではないだろうか。いや、過ぎた過去を邪推するのも良くないな。


 しかしまだウケてるよ。


「なんかこの絵面、別の職業みたいでシュールだよ」


「俺見えてないんすけど。あれすか、仮面とか鞭とか。昔取った杵柄きねづかってやつ?」


「おーい。刃物持った人への言葉は選びなよ?」


「ごめんなさい。調子に乗りました。痛いのは苦手です」


 実に楽しそうである。

 この程度で喜んでもらえるなら、おじさん張り切っちゃうぞ。


 つって、これほど素敵な美容、理美容師か。が働いていると知れ渡れば、あっという間にオッサンどもに埋め尽くされてしまうな。ここは申し訳ないがネットの口コミで星二つ「地元年寄り常連専門」と書き込ませてもらおうか。

 でも暇だそうだし、売り上げ貢献もしたいところだな。


「さっき、人形の髪を切ってたのは練習ですか?」


「ああ、アレね。友達がコスプレの趣味してて、ウィッグのカットをよく頼まれるの。最初は練習になるからいいかなって引き受けたんだけど、結構評判いいらしくて、他の人からも注文が増えちゃってるの」


 今は暇すぎてそっちのプロになっちゃいそうなんだよと自虐的な笑いを込めて語る。

 なるほどそういう需要もあるのか。なかなか勉強になるな。


「漫画やアニメのキャラって、ナゾな髪型多いですよね」

「そーそー。特に男の子のツンツンした形とかは再現に悩むわ」


 プロだけに安易に譲れない部分もあるのだろうな。

 最終的にノリで固めたカチコチな仕上がりになるのはやむを得ないだろうけども。


「ああ、でもこの間なんか、多分お金持ちの人なんだろうけど、大きな猫耳つけたもふもふのウィッグ仕上げたら感激したって言われて十万もらった」

「じゅっ、……人相手よりよほど儲かりますね」


「ほんとソレなのよ……」


 よほど出来が良かったのだろうが、ハマった趣味なら金に糸目をつけない大人は多い。

 プロの矜持が揺れ動くというやつだな。

 コスプレイヤーが地毛をカットしに来てくれるなら問題ないのだろうが。


 ん?

 もしや。


「あの、さっき見てたヘアカタログ、コスプレ雑誌が紛れてたり?」

「ふっふっふ。それはナイショ」


 ノリで固めたカチコチな仕上がりか。見た目も心も痛いやつだよ。

 いっそその方が史奈さんも笑ってくれていいか。


「先輩、この後一緒に歩く気無いな」

「そんなことないよ」


 のちの放置プレイを予想してぼやくと、意外にもひとみさんは即否定。

 どこに根拠があるのやら。先輩も一緒にコスプレする気があるべくもない。一緒にというか、少し離れたところからパシパシ写真撮るくらいの楽しみはあるのか。


 彼女の気配を感じられないほど静かだが、帰ったわけではなく、待合の本棚にある漫画に没頭しているとのことだ。スマホの子犬子猫動画よりも夢中になっているということは、料理系漫画に違いない。


「先輩か。彼女さん、年上なんだね」


 ついに始まる恋バナトーク。

 声のボリュームが一気に下げられる。


 実はさっきからうずうずしていたのだろう。

 だが残念ながら盛り上がる話にはなりようもない。


「あんな上玉が俺なんかを本気で相手にすると思います?」


「ふうん。そういうキャラづけなんだ。自分が本気になって傷つきたくない的な」


「漫画の読みすぎ。普通にリアルの話ですって」


 ちょいチクリと刺さる。

 昔みたいに誰かを全力で本気に好きなるような真似はもう無理な気がする。自分が傷つきたくないからというより、生活基盤を崩さないという大人の打算だ。


「ちゃんとキャラの背景理解しないとウィッグだって切れないんだから」


「だから俺の背景を漫画みたいに考えるのやめましょうよ」


「いいから、ほら、馴れ初めは? どっちから告ったの?」


 シャキシャキと手は止まらないところはさすがプロ。

 変態仮面相手に恋バナとかどんだけ飢えてんだよ。

 さては耳年増だな、なんつったら耳たぶカットされるか。


「この夏休み、七月の終わりに出会ってすぐビンタもらいました」


「おもいっきり漫画じゃん。なにしちゃったの?」


「先生とできてるんすねと因縁つけて、俺にもヤラせてくださいよーと迫りました」


「うわ下品。最低だね」


「ええ。自分でも惚れ惚れするくらい下品でしたね」


 普通ならこれだけで俺たちが彼氏彼女の関係でないことは察してくれていいものだが、さすが漫画の読み過ぎだけあって、最低の出会いから始まるのは定石だと言わんばかりに食いついてくる。


「で?」


「学校の課題がきつかったんで、食べ物で釣って勉強教わりました」


「釣れたんだ」

「入れ食いでしたね」


 嘘はない。嘘じゃないが、こうして簡単にまとめると俺の青春像が歪んで虚しい。実際今日も、食い物で釣って彼女を連れ回しているわけだが。


「ふーん。それからそれから?」


「で、先輩の親友とも知り合いまして。先輩のお目付け役を任せられました」


「その親友の子を好きになっちゃったわけ?」


「べつに。ちょっと揶揄からかって反応を面白がってただけなんですよ。そしたら先輩が自分よりなついていると誤解したらしく。つまらんモノでも取られると面白くないってやつなんですかね」


 JKの心理。さっぱりわからん。

 わかろうとする気も起きないのがおっさんのダメなところ。


「なんか意図的に自分を貶めてない? それじゃただのクズだよ」


「ただのクズではなくて、尽くすタイプのクズです」


「んー。ユキト君のキャラがブレブレなんだけど」


 あうち。

 一番弱いところを突きなさる。


 鏡に映る自分の姿さえ他人事な俺だからな。側から見たらそりゃブレブレだろうよ。突き詰めれば、ちっちゃな青春に固執したキモいおっさんだ。


 それを必死に隠している様がまさに俺様、無様なわけさ。


「ところで、あの先輩を是が非でもデートに誘いたいんですが」


「誘いなさいな」


「どうしたら行かざるを得ない状況に追い込めますかね」


「どうしてそんなクズな相談するのかね」


「ひとみさんの豊富な経験の中でそんなシチュはありませんでした?」


「人の黒歴史掘り返そうとしないの」


 黒歴史というあたり、良い思い出にはならなかったようだ。


「人数合わせで断り切れず行ってみれば、早々に別行動になって二人きり。気まずいったら……」


「あー、手先が狂うー」


「好みじゃなかった相手に結局押し切られ……」


「耳切ったらごめん。てか切りたい」


「ごめんなさい。調子に乗りました。痛いのは苦手です」


 本当に耳周りを切り揃えているところだから怖い。ひんやりとしたハサミの背が耳の形に沿って滑っていく。葬ったはずの記憶を鎮めるためか、ふむ、やら、はあ、やら漏れ聞こえる嘆息。


 一層小さな声で問われる。


「君はそのデートで彼女に好かれたいのか嫌われたいのか、どっちなの」


「どちらでも。あの人にとって良い方にします」


 ぴんと鼻先を弾かれる。


「それオンナに言ったら一番ダメなやつ。覚えておきなさい」


 一番ダメだったか。

 離婚する前に教わるべきだったな。


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