種と皮どこ行った?
さて。すっかりゆったりまったりのーんびりしてしまった。
夏休みは残すところ実働四日。
稼働日数えてどうする。
この思考がだめなんだよな。逆だ逆。労働じゃあない。休暇だ。
ここからが俺の休暇を兼ねた本命のミッション。
残り僅かといえど、社会人からすれば立派な大型連休。旅行だって行ける。
で、だ。
行儀悪くメロンの皮を弄ぶ彼女はといえば、そもそも家に居たがらない。おそらく明日と明後日は黙っていてもどこか外で時間を消費するのだろう。
そのどこかが街で日がな一日フラフラ、厄介な輩にキャッチされ連れて行かれては困るのである。
「そんな先輩に朗報です」
「そんないうな」
「僕の髪型を自由にしていい権利を差し上げます」
「僕の?」
「俺のです」
そこでなぜに嫌悪するかな。
これほど楽しい事はないだろうに。
「なによいきなり。どこが朗報になるのかな」
「他人の、それも男子の髪型を好き放題にできるんですよ? 日頃の鬱憤晴らすにはもってこいじゃないですか」
「日頃のわたしをどう見てるのか疑問だけど。その前になぜ髪型?」
「莉愛先輩に言われたんです。例の動画のイメージから離れた方がいいと」
ふうん。風雲。
とうとうメロンの皮を摘み上げちゃった。
「なら、莉愛の好きな髪型にすればいいじゃない」
「莉愛先輩はストレス発散のために俺を弄るような人じゃありません」
「ナゼわたしは弄る人なのかな」
ナゼ指先のモノを見ながら言うのかな。自問自答?
こっちに近づけなくても歯形が綺麗なのはわかりますってば。スプーンで上品に食べる人よりも潔く齧る人の方が好きですよ俺は。
ほら理解ある僕君にソレは不要。戻して。
「まあまあ。モヒカンでもアフロでもお好きなようにご指定いただければ」
実は何になっても最後は丸坊主になることが決まっている。
この間、史奈さんの好みを知りたくてそれとなく髪を切ろうかなと呟いたら、「ユキトくんは、くりくりアタマが可愛いと思うの」と特殊な嗜好を示されたのでちょっと腰が引けていた。
だからこその好機。どうせバッサリいくならその前に彼女の気も晴らせて一石二鳥、さらにこれを明日のイベントとして一日付き合ってもらう三羽目を狙いたい。
「ぼうずでも?」
「どんと来い」
俺の本心を見抜こうとしているのか、じっと目を合わせてくる。
こちらもじっと堪えていると、
「嫌がってないとつまらない」
自分に正直過ぎるでしょう!
俺が真性のマゾ気質だったなら最高の女王様だと喜ぶところなんだろうが、そこまでじゃないんだよなあ。サディストよりも「今日は受けと攻めどっちでいく?」みたいなサジェストが俺は欲しいんすよ。
ちなみに生前は体力落ちが酷くてマグロ化する一方だった俺。それが今になって犬プレイに目覚めたからな。おじさんハアハアペロペロ頑張っちゃうぞ、ってなんの話だったか。
そうだ性癖じゃなくて髪型な。
「ぼうずは嫌ですよ。嫌ですけど忠誠心を見せるべくです」
実は史奈さんへ捧げる忠義なんだが。
「忠誠心? それでキミになんの得があるのかな」
「奉仕の心ってやつです。美少女限定ですけど」
「ユキトは最低なことさらっと言うよね」
大人に対する最高の褒め言葉ととっておこう。
どう繕っても性根がクズなことは隠せないのだから、正直であることが誠意だ。そんな俺を少しでも認めてくれたなら嬉しく思う。
なんてな。
「人が一生の間に出会える美少女の量は決まってるんです」
唐突な俺理論の展開。
「その最低まだ終わらないの?」
「先の長い人生、小分けにして美少女と出会いたかった」
「最低の人生計画だね」
「それがどうです、先輩のような超絶美少女と事故って一緒にご飯だけでなくお茶までも」
「事故なんだ」
「先輩の食い意地と暴力的なところを差し引いても俺の一生分がスッカラカンなんですよ」
「悪意すごいね」
「先輩に想像できますか? この先美少女ゼロの人生」
「どうでもいいよ」
「ならばせめて人生最後の美少女とできるだけ思い出を残したい。そう思うわけです」
「で?」
「ぼうず吝かでなし」
なんて切ない人生なんだよ。
だがこれも俺の望んだちっちゃい青春。後悔は無いさ。
少し正直過ぎた感は否めないが。
「忠誠心の話はどうなったのかな」
「なんでしたっけ。あ、いえ、忠誠、ありますんで」
踏まずにはいられない地雷。実のところ俺は真性のマゾなのか。
迫りくる皮。綺麗な網目してるよ。
これメロンのかさぶたらしいね。得意先のジジイが雑学聞かないと取引してくれなくてさ。どうしてかさぶたなのかは聞き流したから覚えてない。知りたきゃググればいいとか思うと、一生調べないよな。
「いやあ。さすがに畏れ多いですって。てかソレもう乾いてません?」
きっとマスターが「種と皮どこ行った?」ってびっくりしちゃうと思うんですよ。
テーブルの下とか一生懸命捜したりしたら申し訳ないじゃないですか。
「忠誠」
「こ、これよりもっとあるべき姿がきっと……」
「食べな」
女王様より下賜されたソレは、俺の心にかさぶたを作った。
喫茶店を出て駅に向かい、そのまま帰路につくかと思いきや、終わらない。
髪を切るのは明日へ繋げてさようならのつもりでいたら、がっちりと腕を掴まれて商店通りの先に見える青と赤のくるくるを目指すことに。いろいろ屁理屈こねて先延ばしを試みたが「今すぐ忠誠心を楽しませてもらうから」と、最初の嫌そうな態度から一転して娯楽気分満々になっている。
忠誠心で楽しんでもらうというのは俺の長い営業経験でも無かった事態だ。営業サービスとしてはコンプライアンス的に危ういと思うのだが。
昼下がりの商店通り。
人通りはそこそこあっても多くが通り抜けるだけといった感じで店が賑わう様子はない。シャッターが閉まったままの店もちらほら。シャッター街になりつつあるのだろう。
散々空調の効いた場所に居たせいもあって茹だる暑さについ背中を丸めたくなるも、数歩先を行く彼女は背筋をぴんとしたまま歩みを乱さない。皺のない白いシャツと背中でサラサラ揺れる髪が涼しげにさえ見えてくるから不思議だ。
俺もプロだ負けられんと、無意味な対抗意識で彼女に追いつく。
「魚屋さんだ。……なんか、たい焼き食べたいね」
「まは食うんへすか。ほのクソ暑いのひ」
「まだ口に残ってるの? いい加減飲み込みなさいよ」
口の中で噛まずに温存していた件の皮を取り出して見せる。
「これ忠誠あっても飲めませんて。物理的に」
「物理いうな。苦手なくせに」
「なので生物学的に先輩の歯形を学んでました」
「なっ!」
やっぱりなにも考えていなかったらしく、今更ながら慌てふためく。
僕の舌先が君の形をなぞっていたんだよ、なんて言えば卒倒するだろう。
シャツも髪も振り乱しぴょんぴょん跳ねて、高く掲げた網目模様の皮を奪取しようと必死になる。しかし、一瞬でもちょっと楽しいと思ったのが大間違い。
頭脳では敵わない彼女から見事に腰の入ったボディストレートをくらってしまう。
やっぱ小さい拳の衝撃最高。
なんて言ってられる余裕なし。
マジで息できねえ。
果たして蹲って動けなくなった俺からラクラク回収。
そこまでして我に返った彼女は、指先に摘んだ彼女と俺の口中を行き来したモノの処分方法が見つけられない。投げ捨てたい思いを堪えつつ周囲を確かめるも、いまどきゴミ箱なんて簡単に置かれちゃいない。かといって自分が持ち帰るなど生理的に受け付けない。
とかいう葛藤がおそらくあってののち、俺のシャツの胸ポケットに押し込まれた。
「帰ったらすぐに捨てること!」
言いながら俺のシャツの袖で指先を拭って、それでも自分の手を前に出して自分から遠ざける。そうなると、行き交う人々の視線が彼女のご尊顔より指先の方へ集まるからこれも不思議。
透明なうんこでも触ったんですかね。そこまで嫌な顔しなくてもいいじゃないか。
なんならさくらんぼの種の感想でも事細かに述べてやろうかと思ったが、思いのほか頬を紅潮させて動揺しているようだったので弄らないようにした。




