表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/95

今すべき俺の仕事は夏の青春

 AI、知ってる? 

 伊藤愛さんのイニシャルじゃないよ?


 いやマジでびびったわ。もうね、仕事完璧。

 もう俺要らない。

 文章で散らばってた欲しい情報がしっかり表に纏ってるし、計算してくれてるし。時代背景から見た生徒の思考変化推移とか、絶対教師がパクりたいやつじゃん。

 

 そんで何が凄いって、企画の修正を求める根拠を理路整然と書いちゃってるわけ。反論できなくて「マジムカつく!」しか言えない連中の敗北が目に浮かぶぜ。

 予算も例年通りなら足りそうだし、収支計画表も計算式入ってるから修正簡単!


 残る問題といえば、


「というわけで、今日はおやつの用意がありません」


「わけでって……。この資料、全部ユキトが作ったの?」


「俺っていうか、母の知り合いの伊藤愛(A・I)さんに手伝ってもらいまして」


 じとーって見られてもね。嘘言ってないし。


 まあいいじゃないですか。昨日の絶望を考えればまさに奇跡の大逆転劇。この喜びを二人で分かち合おうじゃありませんか。昨夜からこのテンションですっかりおやつ忘れたしね。


 じとーって。


 反応薄いよなあ。ある程度予想はしていたけども。

 プレイは撫でてよーしよーしが基本だってのをどうやって教えようか。


「つまらない」

「だって先輩、この仕事心底興味なかったでしょ」


 企画書だって終始つまらなさそうに拾っては投げ拾っては投げしてたでしょうが。

 俺が仕事引き受けるからパイセンと遊んで来いってジェントルマンな提案までポシャった挙句に、「つまらん」は身勝手がすぎる。


 往々にして主人は身勝手なもの、身勝手こそ主人という飼い犬精神もないではないが、無理難題を前に俺が難儀する姿を期待されていたとあっては動物愛護団体も黙ってはいまい。


 そもそもこの人は莉愛パイセンの苦境をどうにかするために熱心だったのであって、文化祭やら生徒会やらには元々興味がなかった風である。


 もっと言うなら不本意ながらも生徒会長に成り上がった身の上もどこか他人事、責任もプレッシャーも俺に任せてすっきりした顔が超絶美しいという世の中の理不尽を体現してしまっている。


 つまりこの関係性を続けてしまったならば、夏休み明けには立派な魔女が誕生しているのである。


「興味がないから仕事なのよ」


 その若さで仕事の本質を知るあたり、魔女化が深刻な域に達している証拠。

 おそらく仕事の真理にさえ難なく辿り着いてしまうだろう。


 俺はその認知を捻じ曲げなければならない。


 少し誘導させてもらおう。

「なるほど理解が深いですね。さすが俺の信奉する超女神様」


「超いうな」


「ならば敢えて犬畜生が女神に問いましょう。仕事とは如何なるものか」


 こてんと頭を斜めに倒す魔女化中の女神。(なんだそれ)


 なにわかりきった事を今更、と驚く顔。


 そんな事もわからずに働くのね、と哀れむ顔。


 仕方ないわ駄犬に教えてあげる、と誇った笑顔。


「仕事とはね、人にやらせ……」

「仕事とは終わらせるものです!」


 あっぶねえ。やっぱ真理を掴んできてるじゃねえか。

 やべーぞ。このまま成長させたら人類終わるぞ。


 強引に被せた俺の解を本能で警戒する、怪訝な顔。

「キミは何が言いたいのかな」


「明けない夜はありません。しかし、終わらない仕事はあるのです」


 自分で口にしながら身の毛がよだつ。

 こんな恐ろしい話を聞かせてしまう事になるとは。


「終わらない仕事なんて人を増やせばいいだけよ」

「確かに。しかし、その増えた人々が要らない仕事を増やすのですよ」

 怖ええよおおお!


 計算ミス、伝達ミス、余計な忖度、足の引っ張り合い、痴情のもつれ。

 コミュニケーション熱心なだけの穀潰し、承認欲求妖怪。

 言いたい事があるならスマホじゃなくて俺の目を見て言え!

 能書きはいいから黙って言われた事だけやれよ!

 はあ、はあ。


「ゆ、ユキト、目が怖いよ」

「数多の男子が助けてくれる先輩なら覚えがあるのでは。楽勝でしたか?」


 あからさまに引き攣った表情を見せる女神。

 闇に葬った記憶は一つや二つではないはず。

「……仕事は、終わったし」

 これまでの仕事はね。


 頭のいい女神だ。わかっていて目を背けている。

 しかしこれは直視せざるを得ない問題。

 俺は差し迫る危機を告げる。


 これからは生徒会長を継ぐ先輩が全ての陣頭指揮を取るのです。仕事の量も質も今までの比ではありません。そして頼った人の数だけ、余計な仕事が生まれます。


 それを他の誰かに頼めばまた仕事が増え、その連鎖はやるべき仕事が何であったか忘れてしまうほどまで膨らみます。喩えるなら、地道に並べてきたドミノが同時多発的に倒れ出し、新たな牌を並べるよりも被害を止める仕事で一杯になってしまうようなもの。


「……ゆえに、終わらない仕事は確かにあるのです」

 

 これを一般社会では一部の人間に責任と権限を分与する組織で対処する。

 要所要所に散りばめられた責任者が権限を行使して、ドミノ倒しのストッパー機能を果たしつつ仕事を完遂させる。実際、責任者は傷だらけだけどな。


 学校の生徒社会ではそうした仕組みが無い。そのようにできている。

 なぜなら大人が責任者であり、生徒に課せられるのは事業ではなく学業だから。


 ここでは学力の順位付けこそあれど身分や経済による主従関係は生じない。本来は文化祭だろうが体育祭だろうが、すべては生徒の主体的・自主的な行動そのものでしかなく、それを支えるのが教育のはず。なのだが、主体性も自主性も持ち合わせない子供にとっては、すべてが「仕事」へ様変さまがわりしているのだ。


 それでもって報酬のない世界で仕事なんか存在させてるから誰かが割を食っちまうんだよ。


 あー、耳が痛え。


「ユキトはイジワル」


 言いながら赤ペンを手に“ユキトはイジワル”と資料の文面に上書いた。

 容赦の無いダメ出し。


 ああ、いたなあ。


 昔、「千住の顔見るだけでわかる」つって提案書をゴミ箱へ突っ込んだクソ上司。


 最近、「千住さんの顔つきでわかります」つって領収書を破いて捨てた井澤さん。


 落ち着け。

 皆、会話の成立しない相手だ。

 そしてなぜか向こうの勘が正しかったりする。

 俺は何かを間違ったのか。


 否。仕事が終わるのは決してつまらない事ではない。

「解せませんね。これは先輩の仕事が終わって良かったですねという話ですよ?」


「キミの仕事が終わって良かったねという話よね」


「……これは異な事を。いつから文化祭が僕の仕事に?」


「僕の?」

「僕の」


 半魔女は立ち上がると書架の並ぶ奥の方に消え、そして戻って来たかと思うとそのまま目前を通り過ぎて貸出受付のカウンター席に座る。あんな図書委員が受付係なら連日貸出満員御礼になるだろう事は認めるが、いったい何がしたいのか。


 カウンターに両肘を突いて手を組み、小さなおとがいを乗せる。

 心の底からつまらなさそうな顔になって、息を吐く。

 嫌な予感しかしない。


「文化祭は私の仕事よ」


 そ、そうだぞ。俺の仕事じゃあない。

 正しいのになんなんだこの胸騒ぎは。

 きょろりと目だけが俺に向けられる。


「……その私の面倒を見るのが、莉愛から受けたキミの仕事」


「ちょっ、それは」


「とても熱心ね。莉愛からどんなご褒美をもらえるのかな」


 そっちかあああああ!

 飼い犬が、友達の投げたボールを喜んで取りに行って戻ってきたみたいな。

 普段ぜんぜん言うこときかないくせに。みたいな。


 そりゃつまらんわなあ。

 これ絶対パイセンに殴られるやつだ。


 しかしなんで知ってんだよ、あの時の会話は聞かれてなかったはずだろ。

 もしかして鎌を掛けられたのか。違うな、あれは確信の目だ。


 いやそこはどうでもいい。

 問題はこの俺が同じ失敗を繰り返したことだ。

 もしこれが部下の見ている前だったなら死ぬほど恥ずべき事態。

 死んだけどな。


 文化祭の納期に焦り過ぎて本分を誤った。

 今すべき俺の仕事は夏の青春、納期はこの夏休み終了までだ。

 しっかし超絶面倒臭えなこの半魔女はっ!


「ご褒美? いったいなんの事ですかね」


「恍ける気なんだ」


「トボけますよ。嘘ばかりの先輩に真実なんてもったいない」


「嘘なんてついてない」


「訊かれないから言ってないだけ。ですもんね」


 彼女が先に目をらす。それでいい。

 俺は立ち上がり、ゆっくりとカウンターを目指す。


「さっきの終わらない仕事の話、それを防ぐ第一の策はコミュニケーションだと言われます。要らない仕事は些細な齟齬そごから始まる。一方的な思い込みというやつです」


 もう老害と言っていいほど役員ジジイどもが口にするコミュニケーション。

 奴らは自分の考えを相手に言わせて安心したいだけだ。

 ところが管理職より下の裾野は沈黙するから不安で仕方がない。


 まだコミュニケーションが足りない?


 そんなことはない。現場はよく動いている。

 単に奴らが難聴で老眼で物忘れが酷いだけだ。

 不安だから口数を増やす。結果、余計な仕事が増える。

 煩ければ耳を塞がれ余計に離れてしまうというのに。

 おかげで間に挟まる俺たちはこれまで幾度研修を受けさせられた事か。


 そうやって俺たちはみな、独自の知恵を身に付けていったとさ。


「どうやら僕らの間にも、交わす言葉が足りなくて互いに思い込みがあるようです」


「僕ら?」

「僕らです」


 あからさまに剣呑な雰囲気を纏っていく。

 そりゃそうだ。つまらない思いをさせたのは俺で、言葉を尽くして釈明すべきなのも俺なのだから。だが俺は同じ失敗を二度繰り返したという結果だけで終わらせるわけにはいかないのだ。


 適当な本を手に取り受付カウンターに置いて対面の椅子に座る。

 夏休み中の本の貸出と返却はセルフサービスなのだが、今日は超絶美少女が対面で受け付けてくれる。みんなには内緒だぞ、くらいはささやいて欲しいものだが。


 いやそこで立ち上がろうとしないで。


「少しゲームをしましょう」


「は?」


 やっぱいいわ、その険しい顔。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ