状況的に立ち位置が忠犬にならざらるを得ない
「チヨ、相当怒ってんな」
おやつの後にあっては有り得ない状況をみるパイセン。
「先に食べてた事なら、もう気が済んでますよ」
レアチーズケーキの優越で帳消しになっているのは確かだ。
やや根にもつタイプだが、心配するほどじゃないのは付き合いの短い俺にだってわかる。
「違うよアホ丸。お前だバカ」
NOTパイセンBUTアホ丸=俺=バカ。証明完了。
パイセン、数学とか得意なんですね。素敵です。
「いやなんで俺すか」
「ナガミー。あんたワザとチヨの前であたしを名前呼びしたな?」
ほう。そっちのことか。
馴れ馴れしい態度のことでなく、“チヨの前で”を指摘するあたりはさすが女。
それはこの先見据えた軽いジャブ程度の営業テクだったんだが。
懇意にしてやっていると思っていた使い勝手の良い営業担当が他の客に懐いているのを知れば、囲い込みの心理がはたらいて優遇の方向へ傾く、かも知れない程度の話。
即効性を狙うものじゃないし、焦って多用すれば逆効果でしかない。
「いやあ、飼い犬が友達の方に懐いてたら少しは待遇改善が進むかなあと」
「アンタねえ……」
待てよ。違う方向の逆効果か。
「もしかして、神木先輩を俺に取られると思われたとか?」
「バカかお前はアホ丸!」
IF俺=バカTHEN俺=アホ丸。演算完了。
パイセン、プログラムもできるんですね。すごーい。
「いやだからアホはいいけど何なんすか?」
「てかなんで最初から犬狙いなんだよ信じらんない」
「べつに狙ってませんよ。状況的に立ち位置が忠犬にならざらるを得ないというか」
パイセンが何にイラついているのかさっぱりわからんと顔に出していると、呆れて再び特大の溜息を吐かれる。これがジェネレーションギャップというやつなのだろうか。おっさんがJKの細かい機微を推しはかるなど出来るはずもなく、わかりやすい言葉が出てくるのを待つほかない。
ほんと若いヤツとの業績面談は苦手。
「『千代乃』って名前はチヨのお母さんがつけたんだって」
「……そうなんですか」
何故か名前の話に巻き戻される。
ああ、巻き戻すって言わないんだっけか今は。
パイセンの世代は「VTR回転」とか知らんか。
首を傾げてしょうもないことを思っていると、じろりと睨まれる。
「あたしが言ったの内緒だからね」
あなたしかいないよね、というツッコミを飲み込んで頷くと、パイセンは閲覧机に両肘を突いて封をしていた事実を話し始める。
ほんと、ちっちゃい頃からの腐れ縁でさ。
昔はチヨの家によく遊びに行ってた。
チヨの家族はいつもすごく仲良しで、あたしは羨ましくて仕方ないくらいだった。
それが、チヨが中学校に上がった頃、澪ちゃ、チヨのお母さんが家から出て行っちゃったんだ。
理由は知らない。どっちかが浮気してたとかじゃないらしいけど。
ある日突然だったから、チヨが混乱しちゃってほんと可哀想だった。
あたしもどうしていいかわからなくて。
結局何もしてあげられなかった。今もだけど。
そのまま時が過ぎて、ひとりで我慢する自分に慣れちゃって、今はあんな感じ。
自分は母親の望んだ千代乃になれなかった。
母親と仲直りしないまま再婚した父親が嫌い。
継母と一緒にいたくない。
家に居たくないから出来るだけ遠くのって理由だけでこの学校選んじゃった。
本当はもっとレベル高い高校に行けたはずなのに。
それでもね、今でもあの子はお母さんの望んだ『千代乃』になりたがってる。
あたしに真顔で、「千代乃は千年後も仲良しでいられる人」って言ったんだ。
なんでそんな風になったか知らんけどさ、千年てどんなヤツだよって感じじゃん。
そもそもあの子、昔からてっぺんに咲く花だから近寄るのもムズいんよ。
本人なりに頑張って学校じゃすごい人気だけど、裏じゃ観賞用とか言われてんの。
それもわかってて良好なお付き合いのコツは浅く広くだとか強がってる。
だから誰とも付き合わないし、遊びにだって行かない。
特定のグループと仲良くすると陰口も湧くしね。
そういうのチヨにはほんとキツいんだ。
「これでナガミーが何をしでかしたか、わかったよね?」
「話が重っすぎて、ちょっと頭が追いつきません」
ゴッ。額にパンチくらって首が後ろに折れかけた。
これで頭追いついたよなあと迫られ、首を戻して頷くしか許されない。
「莉愛先輩とのイチャイチャは刺激が強かったと。ちょ、つねるのだめイタタ!」
「ブサイクな飼い犬にさえ懐かれないんだって自分に怒ってんだよ!」
それは話の途中でなんとなく気付いたけどさ、こんなおっさんの気移りで凹む美少女が不憫だとか俺が考えるようになったら、自意識過剰が限界突破して粘液撒き散らすほど気持ち悪いだろうに。
しかし重いな。
長嶺行人は家族に愛され、外では忌み嫌われた。
早坂千代乃は外では愛でられ、家族に見放された。
負けず劣らずの両者だな。
ユキトになった俺は外の世界を強引に塗り替えている。多分どうにかなるだろう。
だが彼女の家族に同じ手法は使えないし、使ってはならない。
外の世界が彼女の心を満たすことがない限り、状況は変わらないだろう。
もしも魂の傷と関係があるのだとしたら、これは相当に難儀だ。
たとえ飼い犬であっても、例外なく配慮が必要。それはよくわかった。
彼女にとってずっと寄り添ってくれたパイセンの存在がいかに大切であったかも自明だ。
「犬は可愛い子に尻尾振りまくりですが、ちゃんと主人のところに帰りますんで」
「どんだけ犬根性なんだよ!」
「間接的にカミキンパイセンをカワイイと言ったつもりですが」
「ば、ばっか、そっ、その呼び方やめ!」
「では莉愛先輩で」
まずは親友が認めるくらいの犬でなくては心を許してはくれまい。
たとえ不快に思われたとしても仲良しアピールは継続。
しかし俺、犬プレイ大好きなんだな。自分新発見。
「……なんか疲れた。もう帰るね」
調教を諦めたらしく、肩を落として立ち上がるパイセン。
なんとなく俺が悪い自覚はある。ここは見送るしかない。
「お疲れさせましたです」
「変な挨拶やめれ」
ギターケースを背負う姿を眺めつつ、ふと不思議に思う。
「友達の秘密、なぜ俺に教えてくれたんです?」
振り向き、女神がご機嫌に座っていた席を見つめている。
———— りあ、プリンおいしーね。ママおかわりくれるかなあ
「ナガミーだけずるいよ」
その呟きを聞き取ることはできなかった。
「なんです?」
「いいからブサイクな飼い犬はしっかり主人の役に立ちな。あたしの大事な友達をいじめんなよ?」
「ブサイクは言い過ぎでしょ」
「あたしの顔に細工が足りないつったのはナガミーだろ」
細工不足と不細工は意味が違うでしょ。
あんまり変わらないのか。
いや俺は言い方が違うからとぶつぶつ弁明していると、
「細工って言えば。そのうざったい髪くらい切ってスッキリしなよ。ナガミーはあの動画のイメージ引き摺らない方がいい。全然違うんだからさ」
へえ。そんな事まで言ってくれるのか。
むしろ引き摺りまくって俺を忌み嫌う輩を一網打尽にしようと考えていたのだが。
俺の事を心配してくれる人がいるとあっては、イメチェンも吝かじゃない。
「考えてみます」
「そ。じゃね」
「ああ、それと」
「なんよ、まだなんかあんの?」
我ながらくどい。でも残る時間は限られる。
「やっぱり二人で遊んで来たらどうです。さっきの話からして莉愛先輩は特別だし」
人生一度きりの高二の夏。
何か外での思い出も残すべきという、俺の身勝手な価値観が黙っていられない。
お節介と嫌われても切っ掛けになれるなら、それでいい。
「あたしに出来るのは千代乃の代わりに叫んで歌うだけ。そんな事より、」
ちょい待ち、パイセン、カッコよすぎっ!
なにそれ新曲の歌詞なの?
痺れるねえ。ロックだねえ。
「そんな事よりあの子、独り立ちしたくて焦ってる。ナガミーなら危ないってわかるよね」
「そりゃ、まあ。危ないっすね」
はい。危なくする側のおっさんです。
すぐお金出しちゃう自信あります。
保護欲的な?
ふるさと納税で支えちゃうぞみたいな?
返礼目当て?
それはまあ大人になってからで。
……まったくもって申し開きのしようもございません。
かくなる上は生まれ変わったつもりで心を入れ替え真っ当に生きる所存。
実際死んだけど。
「ちゃんと見張るんだよ」
「はっ。番犬役、仰せ付かりました」
「犬はやめれ」
足元の書類を避けて去るパイセンを起立して見送った。
一緒に片付けてくれてもよかったんだけどね。
仕方なく拾い上げた古い冊子は、手書きの文字に親しみを覚える文化祭の栞。
表紙に掲げるメインテーマは『輝く未来、夢と希望』だってさ。
おじさん泣いちゃうぞ。




