心の受領印が欲しいわけ
夏休み終了のお知らせは突然にやってくる。
「え? 八月三十一日はココ。今日はココですけど」
スマホのカレンダーを指差すも首を傾げられる。
「なにウチのおとんみたいな事言ってんのさ。おじかよ」
俺の指が退けられ、始業式はココだよと一週間前倒しされる。
まじかよおおお!
いつの間に夏休み縮んだんだよ、温暖化の影響?
材料費高騰で中身減らすみたいな?
どうすんだよ、本気で納期割れるぞ。
その前に俺の頭が割れる。
「やべえ……、やべえ……」
「だ、だいじょぶ? ナガミー」
なにが悲しくて高校再デビューまでして会社と同じ気分になるんだ。
青春謳歌するんじゃなかったのかよ。
いや俺だけじゃない。
「先輩はいいんですかっ!」
「うわっ、近っ。なんだよ!」
「高校二年の夏休みと言えば黄金の季節。バンドだけで終わっていいんすか、もっとあっちゃこっちゃ遊びまくったりしないんすかっ」
「お、黄金、あっちゃこっちゃって……、ガチのおじか」
「ほら、海とか、夢の国とか、夏祭りとか、ほら、ほら……」
「くんなオッサン! 怖いっつーの」
久々腹にグーパンチ。くうっ、小さな拳が繰り出す衝撃たまらんぜ。
やめろやめろ。正気に戻れ。
つい我を忘れて瞳孔開き気味に迫ってしまった。
とうとうオッサンは身バレした。
「すみません。取り乱しました」
パイセンはしっかりプリンごと避難して俺から距離をとる。
なにをやっているんだ俺は。納期割れしそうなくらいで動揺がすぎるぞ。
これじゃ離婚したあの頃からまるで学習してないじゃないか。
「べつに遊びなんかいつでも行けるし。そんなのよりも今のあたしは一曲でも多く作って歌いたいんだよ。だから夏休みも全部使う。それがあたしの黄金。の季節? 文句ある? あっても言わせないけど」
全部、か。
ほんとそれな。
「文句ないです。オッサンの価値観はクズです。昭和でほんと申し訳ないです」
所詮、俺の思いつく青春なんて矮小でしかないんだよ。
根拠は何をやっても全力出す気になれなかった俺。
いい歳こいたおっさんがJKに昭和かよって笑われてやんの。
でもさ、俺はちっちゃい青春が欲しくてたまらなかったんだよ。
昔から変わっちゃいないし、変われないんだろうな。
「あとさ、こうして図書室でプリン食べるとか普段ぜったいムリじゃん。一生の思い出になるくらい超楽しい。ナガミー、グッジョブだよ」
うわ、カミキンパイセンかっけー。フォロー上手の上司みたい。
こんなん惚れるわ。
どさり。
図書室の入り口で何かが派手に崩れる音がした。
そこに一柱の女神がこちらを向いたまま呆然と立ち尽くしている。
足元に人類の知恵を記した書物(書類)を撒き散らし、失望した瞳を伏せ隠す。
「先に……、おやつ食べてるなんて、酷いよユキト……」
「いや、先に弁当食べてた人に言われたくないというか」
「ユキトのバカあ!!」
両の手を固く握って、勢いよく出て行ってしまった。
既に二個目のプリンを胃に収めてしまったパイセンがおもいきり焦ってしまう。
「ちょっ、チヨ、やばっ。ナガミー、追いかけないと!」
俺が冷静でいられるのは、直近では俺の方が一緒に過ごした時間が長いからかもしれない。
彼女の状態判断も、この後の対処も、既に心得ている。
「大丈夫ですよ」
「ダイジョブじゃないってば。かなり怒ってたよ」
「手を洗いに行っただけ。すぐに戻って来ます」
果たして、自由な女神は俺の正面で上機嫌である。
「ユキト、これカラメルが甘苦くてすっごい好き」
「よかったですね」
昼飯のあと洗っておいたマグカップへコーヒーを注いでお供えする。
女神が目を閉じてふうっと冷ます息がゆるりと時間をかけてここまで香りを届かせる。
「固めのプリンも美味しいね、ユキトの言ってたとおりだね」
ひとり頷きながら、友達の存在も構わずユキトの連呼には少々面食らった。
意外だったのは、俺よりもパイセンの方が衝撃を受けていること。
「チヨ、あのさ……」
「二個も食べた人間はそこで静かにしてなさい」
女神の断罪。人間て。
発言権を剥奪されたご友人が可哀想すぎる件。
「莉愛先輩がオトナの階段を一歩進んだお祝いとして俺が二個あげたんですよ」
「誤解する言い方やめれ」
いつの間にか有効射程にいたパイセンにツッコミ裏拳をもらう。
狙った通り、ご機嫌だった女神のゆらゆらパタパタがピタリと止まった。
そりゃあオトナレースでリードを許したとあっては心穏やかではあるまい。
最近食べさせ過ぎたからな。
見た目じゃ分からないが体重増加は必至。
グラムあたりいくらの責任の重さになるのか恐怖でしかない。
ここでカミキンパイセンのポテンシャルマックス画像を披露すれば、否が応でも暴食を自制するようになるはず。とかいう目論見なのだが。
「ユキトおかわり」
その器はご飯茶碗じゃないんだよ。
「あーと、プリンはそれでおしまいです」
こてんと女神が首を横に傾げる。
「ユキト。おかわり、だよ?」
待て待て怖い怖い!
そんな据わった目はやめなさいって、サイコパスホラーじゃんか。
プリン中毒だったヒロインが豹変、気付けば俺の腹に刺さったデザートスプーン。
ぐりぐりと臓物が抉られ息絶える。
ユキトのレバープリンもおいしいね。
どうしてこうなった……。
———— DEAD END
俺はパイセンに「ビフォーアフター、ビフォーアフター」と小声で繰り返し求めるも、「ムリ、ムリ」と全力で首を振って拒否られてしまう。
確かにタイミング最悪だけれども。
「いや、ほら、甘い物摂りすぎは肌に良くないとか……」
「ユキトは、おかわりくれないんだね」
わかった。わかったからスプーンの持ち方は戻してくれ。
臓物ひっかき回す道具じゃないからソレ。
まったく。こうも第一印象とは当てにならないものなのか。
廊下の窓際で見惚れた日が既に懐かしい。
仕事柄、人間を見る目はそれなりに養ってきたつもりだが、まだまだ浅かった。
カロリー問題は先送り。命大事。
クーラーバッグを開いて、プリンとは別のグラスカップを取り出す。
「リスエストもらってたレアチーズケーキ」
メイド・バイ・フミナ。
俺にはこんなのまでぱっぱと作れるスキルないからな。
この暑いのに本当に持っていくのかとかなり心配されたよ。
おかげで保冷剤ぎっしり詰め込んで重かったのなんの。
「ユキト、爽やかだよー、濃厚だよー」
そりゃ史奈さんの手作りが美味しいのは万物の理なんだけどさ、俺は「ユキトの輸送努力に感謝だよー」と認めてもらいたいわけ。心の受領印が欲しいわけ。
つか、変わり身ちょっ早だな。
おっと。全部食われてしまう前に。
「待て」
俺が二週間かけ唯一成功した調教の成果。ザ・マテ。
動画再生の一時停止ボタンを押したときのように匙の動きが止まる。
そこへ小瓶を傾け赤紫色のベリーソースを垂らす。
「よし」
再生。
「ユキト、ベリー・ベリー! んー、ベリーだよー」
「よかったですね」
もう語彙力喪失してんな。
いいのかよ、こんなんで。
間違ってる気がするんだよなー。
「ナガミー、アレずるいよお」
こっちはこっちで面倒くせえなあ。
「今日は我慢してください。三つは食べ過ぎだから。また今度」
「じゃあ明日?」
くっそお、続くのかこれが。
明日はどうすっかなあ。
てか書類仕事だけなら俺一人の方が捗る気がするんだよ。
学校来なくてもよくない?
「折角の夏休みなんだし、一度くらい二人でどこか遊びに行ったらどうです?」
一度羽目を外せばもう止まらないってのが若さよ。
なんなら残り一週間あっちゃこっちゃで遊びまくって欲しいんだが。
だがパイセンは眉根を寄せて難儀なことを言う。
「誘っても乗ってこないんだよチヨは。昔から」
昔からか。
何がきっかけになったかは安っぽい想像ならいくらでもできそうだが、そうやって人と連むのを避けているうちに本気で面倒くさく思うようになってしまう気持ちならわかる。根拠は離婚直後の俺。
でもまあこの歳頃でそれじゃあ先行き暗すぎだろう。
「莉愛先輩と一緒にデザートビュッフェでも行ってきたらどうです?」
タイムリーかつエクセレントなアイデアを提示する。
ビュッフェならばご機嫌タイムがエンドレスなことだろう。
エンドレス……。バシンと隣から肩を叩かれる。
「それ言ったらダメなやつ! 誰が止められるんだよ!」
当然そうなるわな。でもその役は俺じゃないから問題なし。
賽は投げちゃった。襟を掴んで揺さぶっても手遅れですよパイセン。
あとはよろしくです。
莉愛おいしーよー、とはしゃぐ姿が目に浮かぶ。
勝利した気分でいると、対面から俺の目論見を射抜くような鋭い眼光が。
「それ、このケーキより美味しい?」
「それはないです」
しまった!
つい条件反射的に真理が口を衝いてしまう。
だって史奈さんの手作りより美味しいなんて嘘は俺の魂が許さないんだよ。
やはり伊達に女神を気取ってはいないな。(俺が勝手に言ってるだけだが)
即席で繕った魂胆など容易に看破されてしまうわけか。
「じゃあ出掛ける必要ないね。ごちそうさま」
他に良案ないかと考える間もなく、完食。
すんとした顔になりパイセンの食べ終わった器も集めてトレーに乗せ「洗ってくるね」と立ち上がる。
パイセンも一緒に行こうとしたのか腰を浮かすが、足元に散らばった書類を構わず踏んで出ていく姿に慄いてそれ以上動くことができなかった。
諦めて尻を落とすと、深い溜息を吐く。




