確かにセンスなくて俺も危険と思う
「うわ、これプリン?」
「ここのブックカフェオーナーのお手製プリンです」
「すごっ! てか家から持って来たのコレ」
ジトっとクーラーバックを見られる。
言いたい事はわかるよ。高校生が夏休みに毎日学校通って何してんだって話だよ。
教科書より嵩張るんだよ、弁当とおやつ。
毎朝電車ん中で俺どこ行くんだっけってなるんだよ。
「女神様の注文が日々レベルアップしてまして」
思わず女神と口走ったが、十分に通じたようだ。
「なんか図書室来るとめっちゃ食ってる匂いしかしないもんなー。チヨ絶対太ったな」
「あの人の食欲、すごくないですか?」
「それな。満腹中枢イカれてるから腹一杯食わせたらダメだぞ。プリンうんま!」
やはり神木先輩も承知のことなのか。
満足するまで与えてはいけないという先達のアドバイスは貴重。
「コーヒーにがー。砂糖は?」
一緒に出してやったコーヒーはインスタントとはいえドリップバッグのやつ。
苦い渋いの前に風味を感じてもらいたいものだ。
別に砂糖入れてもいいんだけどプリンが甘いからさ。
「それがオトナの味です。神木先輩ならもう美味しさがわかるのでは」
「ま、まあなくてもいいけど」
そうそう。そうやって背伸びする様が微笑ましいじゃないか。
冗談抜きであっという間に大人になる歳頃。
黙っていても糖質カットだ、ソイミルクだとかすぐ言うようになる。
今まさに幼年の蛹から抜け出ようとする神木莉愛。
そんな彼女の前についついスティックシュガーを一本置いてしまう。
気分は昆虫観察。
「ナガミーって性格悪いよね」
「さあ。会ったことないんで。バンドのメンバーですか」
「あんたの事だよ。ナガミネだからナガミー」
「俺はユキト。ユキト・ナガミネだからユッキーとかがいいです」
「ユッキーはトモダチにいるからダメえ。だいたい似合わんし」
「ではせめて、ながみん☆とか」
「やだよキモい」
俺もキモくて嫌だよ。ノリで言ってみたけども。
渾名か。正直あんまりいい思い出がない。
俺の生前の名は千住悠。小学時代はハルカと読む名が女みたいだと揶揄われ、中学時代はセンジュの苗字からセンジュリ、センズリとか呼ばれ恥ずかしい思いをしたもんだ。全国の千住さんゴメン。
普通に苗字で呼ばれるようになったのは高校に入ってからだ。
当時付き合ってた彼女からはハルカくんと呼ばれてたな。唯一怒られるときだけ、
「ハル!」
「ごめん! ってなんだ、なんでだ?」
神木先輩が悪い顔で笑っている。
なんだそういうことか。焦らすなよルミさん。
「まったく。条件反射でとりあえず謝るのは昔からなのですね。呆れます」
言いながらプリンをひとくち。目を丸くして喜んでいる。
「ヒトの甘くてほろ苦な記憶を引っ張り出して遊ばないでくれ。なんだよいきなり」
「危険なやりとりでしたので警告に来ました」
「別にその子をどうこうする気は無いぞ」
「そうではなく。名前の事です」
「ナガミーのことか? 確かにセンスなくて俺も危険と思う」
もうひとくちとスプーンを加えたまま「ヒガイマス」と首を振ってから、
「間違っても自分の事を旧い名で名乗らないでください」
そんなことを警告された。
なんだそんなことか。待ってくれ聞いてないぞ。
「間違ったらどうなんの?」
「貴方の魂が長嶺行人の体から離れます」
「やべえじゃんよ、それ死ぬって事だろ!」
「一度や二度で死にはしませんが、そのくらい危険な行為だと認識しておいてください」
それ取説の一番冒頭に書くべき重要事項だよな。
しれっと教えたったみたいな顔してるが、ルミさん、俺に説明するの忘れてたろ。
「他に注意すべき点は?」
「他人から旧い名や渾名で呼ばれるのも魂の健康に良くありません」
「さっき思いっきり呼んだよな!」
「わはひはにんへんへはあいまへん、ん。ので大丈夫」
三口目。ヒトのもん食いすぎ。
大丈夫って言うけどな、はるか昔の記憶が蘇ってちょっと胸が疼いてんだよ。
とりあえず冗談でもユキトの身で俺の名を使ってはならないことは理解した。
マジで危なかったぞ。酔った史奈さんにハルカくんと呼ばせたい願望はあったしな。
「あとは平気? 忘れてた事無い? あったら上司に怒られちゃうよ?」
「ハル!」
「ごめんてば」
二十年以上経っても残る悲しき条件反射。
「ほんと失礼ですね。私が忘れてたのではなく、貴方が忘れてしまうから必要な時に教えているのです」
負けず嫌いなところは井澤さんそのままなんだよな。
奇妙な死神だよ。
「ところでルミさん。俺のお手製プリンがだいぶ気に入ったようですね」
いつの間にか器が空になっている。
警告はサポート業務の範疇。食った分の見返りは何かもらわねば。
さぞバツが悪いだろうと思いきや、切ない顔してきやがる。
「ナガミー。あたしいつ全部食べたんだろう」
ルミさん逃亡。
使い捨てされた神木先輩が可哀想すぎる件。
せっかくのお祝いが水を差されたままでは寝覚めも悪い。
「俺の分をあげますよ」
手付かずのカップをもう一つ取り出して渡す。
「いいの? うれしーナガミー!」
うれしータクシーくらい使い勝手のいい男になってしまった気分だ。
まあお祝いだしな。今日は甘んじて便利君になろう。
しかし名前ひとつが魂に深く影響するとはな。これからは注意せねば。
そういえば。折角だし、訊いてみるか。
「カミキンパイセン」
「ユーチューバーかっつの。やめれ」
「神木先輩は、女神様のことチヨノって呼ぶじゃないですか」
「それがナニ?」
「あの人、下の名前で呼ばれるのを嫌ってるようなのですが。気の所為ですかね」
知り合って最初の頃、早坂だよと、呼び名を何度も念押しされた事に少し違和感があった。
馴れ馴れしいのを嫌がる程度に思っていたが、もしネクタイの色褪せと無関係でないならば気になる。
「チヨに言われたの?」
「いえ。ただなんとなく」
プリンを掬った匙を口に入れたはずなのに苦そうな顔をする。
ちらりと横にいる俺を見て、少し迷った素振りを見せてから、
「さあね。そう思うなら早坂の方で呼んだ方がいいよ」
なんとも煮え切らない回答。
だが何かしら知っていると見た。
さてどうやって攻略するか。
今ので警戒されただろうから、一旦話題を切り替えよう。
「軽音部って、バンドがいくつもあるんですか?」
「今はひとつだけ。去年は三つあったんだけどね。先輩達抜けて減った」
「ひとつか。バンド活動ってもっと人気あるのかと思ってました」
「人気だよ。みんな外でやってる。学校の部活ってのがなんかダサい感じするじゃん?」
コーヒーの入った紙コップを両手に持って鼻先を当てている。
香りは心地よいと感じているのだろう。
ちょびっと口をつけると神妙な顔になる。
「そんなものなんですね」
納得した風で俺は机の端に避けていた文化祭の資料を引き寄せ、演奏関係の企画を確認する。
バンドが五つもあった。つまり四つは有志参加というわけか。なるほど。
しかし多いな。今年は教室の利用を減らす分、体育館の利用密度が上がる。
クラスの演劇や合唱などの企画数をもう一度チェックしておかねば。
「何見てんの?」
「文化祭の参加企画書です。女神様に俺の勉強を助けてもらったので、今度はこちらが恩返しのため手伝うことになりまして」
「ねえ、なんでチヨはひとりで頑張ってんのさ。訊いてもぜんぜん教えてくんないんだよ!」
突然決壊したように強く問うてくる。
疑問を抱えながら見守る体でずっと我慢していたんだな。
やはり貴重な友達じゃないか。
「さあ。教えてくれないなら訊かない方が良さそうですね」
俺の反応に暫しポカンとしていたが、ムッとした顔に変化した。
先ほどの意趣返しであることに気付いたようだ。
そんな睨まれても、駆け引きだからさ。こういうことは。
「真面目に助けたいと思ってます。だから女神様、なんかじゃなく千代乃先輩と呼べるくらいには仲良くしていきたいんですよ。莉愛先輩」
ぞわっと鳥肌の立つ音が聞こえそうなほど背を反らせてから、でっかく息を吐くカミキンパイセン。
罵詈雑言を浴びせてくれるのかと期待していると、何か言わんとしては言葉を詰まらせる。
「……って、だって、人んちの家庭のこととかやたら話せないじゃん!」
ドメスティック方面の話だったか。
さすがパイセン、友達のプライバシーをしっかり考えていらっしゃる。
それに引き替え女神様は考えなしに公開処刑してしまうからな。少しは見習えって話だ。
しかしケアする方向だけでも知ることができて良かった。
「わかりました。生徒会の事情も今は話せませんが、夏休みはまだ二週間あるので俺がなんとかしますよ」
なんだか頼もしいな、俺。
あたしの大事な友達なんだからしっかりやってよね、的な締めくくりで次回乞うご期待。
「夏休み来週で終わりだよ?」
「え?」




