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二年後俺と付き合ってください

 単位取得の呪縛から解き放たれた午後。

 本当なら遅ればせながらのサマバケ突入ヒャッホイ!のはずだったが、悲しき社畜魂が新たな荒波に身を投じてしまった。


 正直、連休は入院だけで満足したし、仕事があった方が気分が落ち着くという性分なのは認めざるをえない。だが断じて無理難題に好んで飛び付くアホ虫ではないと強調しておきたい。


 やばいわスケジュール。どうすんだよ。


 食後の腹ごなし程度の軽い気分で文化祭の日程を見積もった。ら、あらあら不思議、八月と九月の間に新たな月が必要になった。今から内閣府に頼んで間に合うかどうか。

 文化祭は十月の一週目。普通に考えれば企画と予算を夏休み前に確定させたとしてもギリギリ。毎年一部の実行委員が夏休みを捧げていたであろうことは想像がつく。


 そして今年の状況を鑑みれば、ふわっとしたテーマを決めて落書きに近い企画書をかき集めただけという前代未聞の遅れ具合。別で文実が動いているわけでもなく、既に機能不全と言っていい。


 会社にいた頃は別に珍しくもない、通常営業じゃないか。

 脳裏で過去の自分が嘲笑う。


 くっそ、なにが今年のテーマは「フリーダム」だよ。ムカつく。

 あ、フリーダムってことは文化祭やるもやらないも自由じゃね?

 校門のアーチゲートに「やらないという自由」って書いて終わりにするか。

 これはもはや現代アートだよ。素晴らしい。

 

 我が身を救済した女神様にそんな冗談を言えるはずもなく、まずは圧倒的に足りていない情報を補うべく生徒会室や顧問から残っている記録をかき集めるようお願いした。


 俺の方は、全容の再整理。企画書の精査は後回しにして、ざっと全てを読み上げ企画分類と数を計上することで全体規模を検討する。求めるのは徹底した効率化。校舎全体を会場にするのではなく、できるだけコンパクトなエリア構築を目指す。客足の集中する演劇、演奏などエンタメ系の中心となるのは体育館と視聴覚室、そして音楽室。それらを終端点として校舎入口とを結ぶ経路を会場として限定したい。


 特に希望が多い飲食系は集中させる。おそらく企画自体を絞り込むのは実質無理だと思っている。公平を期すためにくじ引きを行使しても、高学年を優先しろだとか、今から別の企画を考えられないとか、不満を抑え込むだけで時間と労力を消費してしまう。


 主な課題は衛生管理なので、食材保存と調理を調理実習室と隣の被覆室に集中して共用とし、向かいの広い講義室と教室の並びを飲食エリアとして使う。簡単に言えばフードコート方式を採用することで準備時間とコストを抑えつつ店舗密度を上げる。


 そして、個人的に気を抜けないのが文化系。

 これは完全に大人視点。美術、文学、歴史、語学、写真などなど、展示ものが主となるものは集客力が比較的弱くスルーされがちかもしれないが、これらの質が文化祭としての評価を決めると言っても過言ではない。

 ここで言う質とは、優秀な生徒がいるかどうかではなく、一見静かな事へ真摯しんしに取り組むエネルギーが見えるかどうかの問題。これが有ると無いとでは全く印象が違ってくる。


 今は悪い意味で目立っている学校。

 わざわざ難癖つけるために足を運んでくる暇人も少なくないだろう。

 ———— やっぱり無反省。お祭り気分でバカ騒ぎしているだけだ

 そうした声に勝る相手は学校の職員ではないし、ましてや感情的になった生徒でもない。

 同じように訪れて正当に評価してくれる客しかいないのだ。


 対して、この学校は偏差値的には中の中。

 普通科の超普通。やる気に溢れるやつもいれば、無気力なやつも同じ数だけいる。

 みんながやるなら自分もやる。集団から外れることが何より恐ろしい。

 いじめられる存在を見て、自分があちら側に居ないことを確認して安心する。

 総じて流されやすく、大きな声を発する存在に引っ張られがち。


 ———— うちの学校、全然盛り上がらなくてつまらない


 友達と他校の有名な文化祭へ行って羨ましがる。

 そんな普通の、つまらない人間が集まる学校。

 そこへ文化だ質だなんて求めるのは無理がある。

 根拠は、やはり俺の高校時代。


 俺が偏差値コンプレックスを抱いたときの話。

 こんな俺にも昔、バイト先で知り合った彼女がいたんだ。短期間だったが。

 部活辞めて、普通に青春するんだと駆け込むように始めたファミレスのバイト。


 当時は今じゃ考えられないほど学生バイトがたくさんいて誰が誰だかわからない中、すぐ目に止まって最初に名前を覚えたのがその彼女。可愛いのは違いなかったが、それよりも周囲を巻き込むパワーが気になった。まるで部活にいた頃のキャプテンを思わせる存在感。実際、リーダーだった。


 そのうち何度かシフトが重なって言葉を交わすようになったある日、互いに同い年と知った俺は心底驚いた。大学生もまとめてるからてっきり歳上だと思っていたと言ったら、「君の方が老けてるからね!」と怒ること怒ること。

 何度謝っても許さない素振りをする彼女のついぞ見せたはにかむ笑顔が、一発で俺の胸を撃ち抜いた。


 それから数日後、胸熱の治まらないまま無我夢中で告ったら、まぐれの大当たり。

 付き合い出して納得したのは、めちゃくちゃに偏差値高い進学校に通う頭キレキレの彼女だったということ。まわりから不釣り合いだとよく揶揄からかわれたものだが俺は全く気にしていなかったし、彼女も気に掛けず笑い飛ばしていた。


 そんな彼女に高校の文化祭があるから来ないかと誘われ、無防備に足を踏み入れた俺。

 彼女は口にしなかったが、思い切った彼氏のお披露目だった。

 さすがに俺も気にして見た目は頑張って取り繕ったが、即席じゃ中身はどうにもならず。

 彼女に案内される中で幾度も遭遇する友達に冷やかされつつ、ボロが出ないよう軽く挨拶だけして誤魔化すように展示物へ目を向けながら距離をとるのが精一杯だった。


 そんな時、

「率直にどう感じます?」

 不意に隣から声を掛けられた。


 見遣れば、頭のてっぺんに髪を団子でまとめた背の低い女子。

 俺を見上げる目はまん丸で、ちょうど眺めていた一枚の絵を指差して感想を求めている。

 その絵を描いた本人だとすぐに察したが、期待に満ち溢れた目に戸惑った。


 当然、俺には上手い下手も構図の良し悪しやらもわかるはずがなく、まして有名画家の作風を引用して知的なコメントを返すなんてのは遥か昔から無理。慌てて絵を見返すも、そもそも理解が及ばない。

 キャンバス一杯に描かれた手が、何かを握りしめている。

 指と指の間から細長いものがたくさん生えているような、溢れているような。


 フライドポテトみたいだ。


 だめだ、一度そう思ったら、もうそれにしか見えない。

 思いっきり鷲掴みしてんな。

「めちゃくちゃパワフルなヤケ食い……」

 つい頭に浮かんだ情景を漏らすと、背中をバシバシ連打してくる。

「そうそうそう! めっちゃめちゃヤケ食い!」


 Lサイズのポテトをまとめ買いしてトレーの上にどっさり盛って、有らん限り手のひらを広げて掴み上げたところなのだと。何に腹を立てていたのかは語らなかったが、俺がパワフルだと感じたそれこそが嬉しかったらしい。間違わなかったことにほっとするもそれでは終わらず、ジャケットの袖を引っ張られてあれもこれもと熱く語られてしまう。


 そのうちに、友達と話を済ませた彼女が咳払いで割って入ってくれてようやく解放された。

「彼女が見てる前で他の女の子に連れてかれるとかあり得ないんだけど!」

 一緒にいた友達に大爆笑されたとおかんむり。


「いやあ。勢いに圧倒されてさ、ごめん」

「そんなんじゃ、うちの学校のみんなに持ってかれちゃうじゃない」

 言われて見回せば、男子女子関係なく一人一人が際立っていることに気が付いた。

 四、五人がつるんで歩いていても、一括りにならないで全然違う粒の集まりに見える。

 自分の学校とは根本的に違うことを肌で感じた瞬間だった。


 それも束の間、意を決した彼女が俺の腕をグッと引き寄せて密着してきたので、全く別次元を肌で感じて他の事はすっ飛んだけども。

 一通り見て回って抱いた感想は、最初の印象と変わらなかった。

「うちの学校じゃ、こうは盛り上がらないかな」

「なんで?」

「なんていうか、冷めたやつが多いんだ」

 自分の事だとは言わず、まわりの所為にした。

 彼女は「んー、きっと違うんじゃないかな」と懐疑的になるも、露店の輪投げを見つけるやいなや俺を引っ張り連れていき、そのままになった。



 何の話だったか。

 そう。偏差値が一定レベルに満たない学校は文化祭などやる価値も意味もない説。

 どこぞのノリだけ真似たハッピーハロウィンがゴミの山しか残さないのと同じなんだよ。

「思い出した。あの時行った文化祭のテーマ、『Liberty』だったな」

 勝ち取った自由。リバティ。

 彼らはフライドポテトと一緒に自由を掴み取る。

 こっちは漂うだけの自由。フリーダム。

 やっぱ偏差値よ。

 クラゲの集団に何を説けば自分の意思で泳ぐようになるのかさっぱりわからん。


 いかんな。思考が止まった。

 ところでウチの自由な自由の女神様が図書室を出て行ってから、もうすぐ二時間になる。

 生徒会室でフリーダムにお昼寝モードになってなければいいが。


 完全に気が散って詮無いことを考えていると、図書室の引き戸が動いた。

 漸くのご帰還。収穫に関係なく労ってやらねばと思えば、違った。


「あれ、チヨはいないの?」 


 首だけ入れて中を覗くのは神木莉愛。女神様の数少ない友達だ。

「調べ物に行ってます。生徒会室か職員室に居るかと」

 そっかと呟くと、友達の行方を追うのではなく、そのまま中へ入ってつかつか歩み寄って来た。


 他に誰もいないことをきょろきょろ確かめながら隣の椅子へ座り、ずずっ、ずずっと椅子ごと俺の近くに迫ってくる。不穏を感じた俺もずずっと離れると肩を叩かれる。

「ちょ、なんで離れんだよ」

「気味が悪いから」

 もう一度叩かれる。あの女神の友達だけあって手が早い。


 最初こそ「ひっ」とか「ひいっ」とか楽しいリアクションをしてくれた神木先輩だが、二週間を経た今では机の上に常備となった茶菓子を摘んで図々しく茶をせがむようになっている。少々人見知りだが、ひとたび慣れれば開けっ広げになるようだ。最初の印象をいつまでも引き摺らない性格なのは好ましいと思う。


 とはいえ、今まで女神の方にしか用はなく積極的に俺へ絡んでくる事などなかった。

 だから気味が悪いと言ったのは冗談でなく本心だ。

 そんな俺の警戒心などお構いなくシャツの袖を鷲掴みにして引き寄せられる。

 取り出したスマホを横向きにして見せたのは、自分自身を撮影したポートレート。


「ビフォー」

 ほう。


「アフター」

 おおっ。


 見事なメイクアップ。

 動画配信だったなら万ビューは軽く超える変貌ぶり。

 見たことないから知らんが。

 俺の提案を実行したわけだ。その行動力や良し。

 大変失礼だが想像以上の出来栄え。出来映えか。

 派手さ控えめの自然な仕上がりに見せかけて、その実若さを刃物に変えている。

 おっさん滅多斬りにされて死にそう。死んだけどな。


 どや顔で自慢してくるかと思えば、すぐ隣に居ながら聞こえづらい微かな声。

「ど、どうよ?」

 もしかして、自信がないのか。


 変身した自分に人見知りしてんのかよ。

 ちょっと揶揄いたくなるが、これは相当に勇気を振り絞っている。

 いきなり親しい友達に見せて気遣われたりしたら辛いと思ったのだろう。

 そこそこ話せる程度までの関係である俺に感想を訊きたくなるのはもっともだ。

 ならば、誠意をもって心証を述べよう。


「神木先輩」

「正直でいいからっ」

「二年後俺と付き合ってください」

「なんで二年後だよっ!」

 バシンと盛大な音を立てて俺の肩が揺れた。


 夫婦めおと漫才でももうちょっと手加減すると思うんだが。

 肩をさすりつつ横を一瞥すると顔を赤くして解釈に困っている様子。

「二年もすれば、その外見に中身が追いついて滅茶苦茶イイ女になってると思いまして」

「それ褒めてないよね」

「褒めてないと思います?」

「…………。褒めてる」

 あらかわいい。


 若い子には今のカワイイが大事なんだろうが、俺からすれば将来の自信をもって過ごした方が人生楽しいだろうと思う。とりあえず無事満足してくれたので安堵。しかし、そこからが長いこと長いこと。


「いつも担当してもらってる美容師さんにちゃんとしたメイクしたいって相談したら、目がピカって光ったんだよっ」

 わりと人気があっていつも予約が埋まってる人なんだけど、わざわざ夜に時間作ってくれてさ、たくさん教えてくれたんだ。それで色々試していったら、ぜんぜんイメージ変わるじゃん? 超オモシロでヤバいのなんの。これとか、これとかさ、絶対あたしじゃないよね。これなんか目がばちくりしてて笑える。


 隣でコーヒーを淹れながら「へー」、「ほー」と適当に相槌を打ちながら最後の写真に至るまでの経緯を聞いてやる。これはあれだな。その美容師のほうが相当に楽しんでいたに違いない。


「メイクできたら髪型変えたくなるじゃん? 似合いそうな服とかアクセとか、二人で盛り上がって超楽しかった」

「いい体験ができてよかったですね。そんなオトナの一歩を踏み出した神木先輩にお祝いです」

 クーラーバックから取り出した白い陶器のカップを目の前に置いてやる。

 艶々の黄色い表面から、心を緩ませる甘い匂いが広がる。


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