3.新しい婚約者の素顔
おそらく、初顔合わせの仕切り直しは少し先になるだろうなとの、私の予測は大外れした。
「ルイーズ嬢、昨日は途中ですまなかった」
「いいえ、お気になさらないで下さい。
クリストファー様はそれで…お加減の方は……?」
「ああ、まだ少し痛むが大分良くなったよ」
軽く挨拶を交わし、招待されたラムバレド公爵邸の二階中央、南向きのバルコニーに用意された、アシンメトリーの美しい庭園が見えるテーブルにつく。
公爵家の侍女が、美しい所作で淹れてくれた紅茶を一口頂いて、キラキラとした宝石のようなお菓子に目が釘付けにならないよう耐えた。
(うーん、さすが公爵家。まるで甘い花の香りがするような…それでいて重厚感のある味わいの紅茶……。
取り敢えず、出涸らしを出されなくて良かった。
結婚後もこの紅茶が飲めたらいいな、無理かなぁ)
私がカップをソーサに戻すと、クリストファー様が合図とばかりに会話を始める。
「それで、昨日も伝えた事だが…この婚姻は国王陛下の勅令で受けたものだ。
私が君を愛することはない」
「はい。承知しております」
(……そこからやり直さなくても別に良くない?)
「だが、結婚するからには君を生涯大切にすると誓う」
「………………………………えっ?」
「……その、……もしや迷惑なんだろうか?」
「……なんて?」
「えっ、聞いてなかったのか?
さささすがに二度も誓うのは……!」
目の前の、真っ白なリネンをかけられたテーブル越しに見えるクリストファー様は、狼狽してみるみる顔が真っ赤になっていった。
「……いえ、聞こえておりましたが……。
思いもよらぬお言葉でしたので、つい……申し訳ありません」
「そそ、そうか。ちなみに別に他に恋人がいるとかでは無いので、安心して欲しい。
その、なんと言うか……鍛錬ばかりで恋愛と言うものをした事がなくてだな……。
……君は私からすると随分年下だし、年齢が離れすぎていてなんとも…。
つまり、妻として愛するのは無理だと思うが、誠実な夫にはなれると思う」
(今度は首まで真っ赤に…!まさかの純情ボーイ……!?
ボーイって言っても、確かクリストファー様は御歳27歳のはず……。
いやいやいや!こんな感じで、権謀術数の渦巻く貴族社会をどうやって生き残ってきた!?)
まさか9歳も年上の男性から、しかも顔合わせで恋愛未経験を告白されると思わず、激しく動揺する。
そしてバルコニーの端に控えている執事や侍女たちも、無表情を装いながらも、こちらを心配そうに窺っているようだった。
(何だろう、この、お坊ちゃましっかり!みたいな空気…いやだって27歳…)
「あの、失礼ですが、以前夜会などでご挨拶させて頂いた時とは雰囲気が……?」
自分の知っているラムバレド公爵家の嫡男、クリストファー・ラムバレド様の姿を頭に思い浮かべる。
黄金色に輝く髪を後ろに撫でつけ、夏の青空のような美しい瞳。
端正な顔立ちに、鍛え上げられた恵まれた体躯。
社交界でも、結婚したい相手に必ず名前のあがる貴公子。
だが実は彼には裏の顔があり……みたいな展開の冷遇ルートを予想していた。
「ゴホッ……さすがに外では虚勢を張っているからね。
だが年下とは言え、ルイーズ嬢とは夫婦になるんだ。
これからの長い人生で信頼関係を結んでいく為には、偽りの姿ではなく、素の自分を見せるべきではないかと…」
(…………イケメンなのに、誠実でいい人!?)
情けなさそうに眉を下げたクリストファー様は、9歳も年上とは思えないような、可愛らしい方だった。
(断罪後の悪役令嬢に、こんなお気楽で甘い話ってあるんだ?
じゃあ冷遇ルートは消えて、私この穏やかそうなクリストファー様と、これからのんびり公爵夫人ライフが送れ……)
「…………それで、君の結婚後の事なんだが。
実は、陛下から内密に伝言を預かっているんだ」
……思いもよらぬ発言に体が固まってしまう。
聞く前に逃げ出さなかった迂闊さを、この先ずっと後悔する事になるのだけれど…。