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№19 ハッピーバースッデー

「肝心のカゲコがいなくてちょっと物足りないけど……とにかく、ハッピーバースデー、ハル!」


「誕生日おめでとう、塚本」 


「ほら、早くローソク消してよ」


 祝われるがままに17本のローソクにともった火を吹き消すハル。炎が消えるとともに、全員がクラッカーを鳴らした。


「ほら、ハル!」


 ミシェーラにシャンメリーの入ったグラスを渡され、今度は乾杯の音頭を取ることとなる。


「みんな、ありがとう。誕生日はちょっと先だけど、本当にうれしい。今日は集まってくれてありがとう……乾杯」


『かんぱーい!』


 高らかな音と共にグラスを合わせ、注がれたジュースを飲む。大人になりきれないお子様ならではの甘い味がした。


 それからもパーティーは続いた。


 ピザやお惣菜を取り分けて食べ、甘い飲み物を飲みながらハルたちはあれこれと話し込む。


「塚本。塚本影子の件、ホントに悪かった」


「もういいですって。今度出てきてくれた時に、僕から事情を説明しますから」


「結局、あんた浮気してないんだって? あのときは本気で刺してやろうと思ったんだけど、まあそれならいいや」


「……一ノ瀬、目がこわいよ……」


 やはり話題に上るのは、ここにはいない影子のことだった。


 今回のお誕生日会の立役者たる影子がいないと、どうにも場がしまらない。


 ふと生まれた沈黙ののちに、ぽつりとミシェーラがつぶやく。


「……カゲコ、出ておいでヨ」


 呼びかけるが、反応はない。天岩戸の天照大神とは違うのだ。


「……こればっかりは、ね……」


 ハルが申し訳なさそうに返すが、なんとなく気まずい空気が流れた。


 それをとりなすように、倫城先輩が唐揚げを食べながら提案する。


「そうだ、プレゼント持ってきたよな? ここで開けようぜ」


「そだネ! あとはケーキだけだし、プレゼント開封しヨ!」


 先輩の機転で、ばつの悪い雰囲気は取り払われ、プレゼントお披露目の時間がやってきた。


「じゃあまず私から。はい」


 さっさと終わらせたい感満載の一ノ瀬が投げるように手渡してきたのは、リボンでラッピングされた透明な袋だった。中にはハンドクリームらしきものが入っている。


「ありがとう、一ノ瀬」


「プレゼントなんもナシじゃ私もカッコつかないから持ってきただけ。ハンドクリーム贈っときゃなんとかなるっしょ」


「……大切に使うよ」


 かなり適当に選ばれたらしいシトラスの香りのハンドクリームは、一ノ瀬の照れ隠しと思いやりが詰まっていた。ハルは苦笑しながらハンドクリームを机の上に置く。


「次、俺な。ほい、塚本。ハッピーバースデー」


 続く先輩のプレゼントは、袋に入った服飾品らしきものだった。


「ありがとうございます、先輩。なにをくれたんだろ……?」


 わくわくしながら袋を開いて中身を出すと、そこにはエナメル加工された超ハイレグの黒い女性用競泳水着が入っていた。


「…………」


 違った意味で気まずい沈黙がやってくる。


 それにも構わず、倫城先輩は、ずいっと身を乗り出し、


「ぜひともこれを着てくれ、塚本。そして、俺の上にまたがってくれ。またがるだけでいいんだ。なんなら、先っちょだけでもいいんだ」


「なんですか、そのヤリチンみたいなセリフは!?」


「俺は真剣だ」


「いや、ガチで真剣な顔をして頼み込まないでください……!」


 もちろんハルが着るつもりはまったくない。着てしまったら最後、もう戻れない世界に行ってしまうような気がする。


 新たな性癖に目覚めることなく所在なさげに水着を抱えるハルに、先輩はさわやかに笑って言った。


「まあ、いいや。じゃあ代わりに、塚本影子とのプレイにでも使ってくれ」


「そこまで進展してないですから……!」


 それが先輩としての落としどころだったらしい。逃げ道を作ってもらって、ハルはありがたく水着を受け取ることができた。際どい水着を影子が着てくれるのはいつになるかわからないが。


「じゃあ最後、ワタシから! はい、ハル、お誕生日おめでとう!」


 ミシェーラからは長方形の小箱を渡された。


「ありがとう、ミシェーラ。開けさせてもらうよ」


 リボンをほどいて箱を開けると、中にはアンティーク調の万年筆が入っていた。ハルの名前が刻印されている。


「わあ、いいね、これ」


 万年筆を取り出してキャップを開けたり眺めたりして顔を輝かせるハルに、ミシェーラは満足げな表情で、


「デショ? ほら、ハル官僚になるって言ってたじゃない? だったら、勉強がんばれるように、仕事がんばれるように、って。できるなら、ずっとこれ使ってヨ。親友からのプレゼント、って」


 そこまで考えてくれていたらしい。これは17歳のハルへのプレゼントであると同時に、これから先、未来のハルへのプレゼントだ。


 粋な計らいに表情をゆるませ、ハルはその万年筆を机の上に飾った。


「ありがとう、ミシェーラ。これからたくさん使わせてもらうね」


「絶対ヨ!」


 ミシェーラはこれでハルのことを『親友』だと割り切ることができた。なにかの踏ん切りがなければ引きずりそうだったが、このプレゼントのおかげで未来永劫ハルの親友であり続けることを選んだのだ。


 ハルもまた、ミシェーラからの篤い友情を感じ、未来の自分へと思いをはせることができた。ここにいいる面々と、将来もずっと友達でいたい。つながった縁が途切れることがないようにと、切に願った。


 やがてお惣菜がなくなり、ケーキを食べることになった。


 ささやかなお礼に、とハルが紅茶をいれ、みんなでケーキを等分して食べる。


「うん、スーパーのケーキにしてはうまいな」


「やっぱりイチゴのにして正解だったネ!」


「はあー、影子様にあーんして差し上げたかったなあ」


「なんだかんだで、お誕生日会のケーキっていつもよりずっとおいしいよね」


 思い思いにしゃべりながら、すっかりケーキを平らげてしまう。


 そして夕方になり、パーティーは終了、解散、といった流れになった。


 三人を玄関先まで見送り、ハルは一息つきながら少しさみしい気持ちになった。


 お誕生日会の終わりというものは、だいたいこんなセンチメンタルな気分になる。また会えるというのに、もう二度と会えなくなるような気がしてしまうのだ。


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