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№7 お嫁さん

 将来について悩んでいた一部のクラスメイト達も、ひとり、またひとりと調査票を手にして教室を去っていく。


 そんな中で、ハルは最後まで取り残されてしまった。


 五月の連休明けからこっち、波乱の連続で、将来のことなど考える余裕もなかった。なので、いざ真正面から問いかけられると急に戸惑ってしまう。


 そうだ、高校二年生は、非日常的日常は永遠ではない。必ずどこかに転換点がある。いずれみんなの道も分かれるのだ。


 倫城先輩だって、あと一か月もすれば卒業で、ミシェーラや一ノ瀬だってやりたいことはあるだろう。そのために進むべき道はそれぞれ違う。それが重なることは、可能性としてはまずない。


 いつものメンバーも、いずれは自分の人生を歩んでいき、たまに顔を合わせるくらいの間柄になるのだろう。この数か月間でハルを中心に集まったグループも、時の流れに逆らえず、徐々にばらばらになっていくのだ。


 それはいいだとか悪いだとかいうことではなく、自然の摂理だった。何ごとも永遠ではない。だからこそ、一瞬一瞬が極彩色で美しく尊いのだ。


 将来、将来……


 ひとりになっていまだにうんうんうなっているハルの前に、黒い影が現れた。


「おい、いつまで悩んでんだ? もう日が暮れるぞ、ノロマ」


 いつまでたってもひとりだけ真っ黒なセーラー服、影子だ。そうそうに調査票を提出したらしい影子は、悩んでいるハルを見てにやにやしている。


「君はなんて書いたのさ?」


 少し不機嫌そうにハルが尋ねると、影子は思いっきり輝かしい笑顔で答えた。


「お嫁さん♡」


「…………そっか」


「なんか感想とかねえのかよ!?」


「いや、先生に怒られないといいね、としか……」


 影子ににじり寄られても、それくらいしかとっさに返せない。我ながら無粋な男だと思う。


 当の影子は突然ハルの前にあった白紙に、どん、と片手をついて、


「いいか、アタシはアンタが死ぬまで隣にいるって決めてんだ。それ以外はぶっちゃけどうでもいい。最悪、アンタ以外の人間がどうなろうとも構やしない……アタシにはアンタしかいねえんだからな」


 珍しく真剣な恋人に感化されて、ハルもまっすぐに真っ赤な瞳を見つめ返す。


「わかってるよ。君の将来を背負うことはもう覚悟してる。僕だって、君がいなきゃ意味がないんだ。だから、その進路、きっと叶えるよ」


 今度こそ決められて、ハルは内心ほっとした。言うべきことを言うのにこんなにも勇気が要るとは。


 思わず表情まで緩んでしまったハルのくちびるに、ふに、とあたたかいものが押し付けられる。まばたきの内に、ハルにキスをした影子が泣き笑いのような笑顔でささやいた。


「……バァカ」


「……ふふっ」


「笑ってんじゃねえよ」


「ごめん」


 そんな睦言をささやき合いながら、ふたりはもう一度触れるような口づけをした。


 


 結局、調査票は白紙のまま提出した。担任教師に謝り倒したところ、逆に『そこまで真剣に将来を考えてるなんて、俺はうれしいぞ、塚本!』と褒められた。


 夜になって影子が影にもぐり、眠る時間。


 ひとり自室のベッドに横たわり、ハルは思う。


 ……お嫁さん、か。


 あの影子が、自分の家族になるのだ。このまま順当に付き合いを重ねていき、年を取れば自然とそうなるだろう。戸籍やらなんやらは逆柳に頭を下げてもいいし、なんとでもなる。


 夫と妻だ。夫妻だ。


 そんなこと、つい最近まで考えもしなかった。


 付き合い始めたのが年末だったので当たり前だが、将来設計というものにはそういうことも含まれてくる。


 いっしょに人生を歩む伴侶。光に寄り添う影。切っても切れない腐れ縁のなれの果て。そんな存在が、ハルにとっての影子だった。この先何があっても、この縁はつながったままだという根拠のない予感がある。予感というよりは確信に近い。


 百の言葉を交わすよりも、ひとつの戦場を一番近くで共に戦う方が分かり合える。そういう意味では、ハルにとって影子以上の理解者はいない。


 妻、というよりは、パートナーと言った方がしっくりくる関係だ。


 ハルのパートナーはこれからもきっとやりたい放題だろう。いろいろな無理難題を引っ提げて、ファックファックと笑いながら、チェインソウを振り回すのだ。とんでもない相手を選んでしまった気もするが、それもまた一興だ。


 影子さえいれば、非日常的日常は形を変えて続いていく。成人しても、おじいちゃんになっても、ずっと。


 こりゃあ、しっかり稼がなきゃな……


 新たな課題に苦笑いして、ハルは久しぶりにしあわせな未来を妄想するのだった。


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