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№24 敗北者

「……この僕が、負けた……?」


 今もまだ状況を理解しきれていないらしい。夢の中にいるようなぼんやりとした声音で、『独裁者』がつぶやいた。


 現実を突きつけようと、ハルはきっぱりとした口調で断言する。


「はい、あなたの負けです」


「……どうして……?」


 この期に及んでまだ負けを認めたくない『独裁者』は、答えなど求めていないクセに問いかける。そんな無様な様子に、ハルは苦い顔をして、


「思い通りにならないことだってある、そういうことを知らなかったからですよ。いや、目をそらし続けてきた、と言った方が正しいか。だから、あなたは驕った。僕らを甘く見ていた……だから、負けた」


「…………」


「驕りは思考を鈍らせる。思考停止したあなたに、勝ち目はもともとなかったんだ」


 冷静に戦いを振り返るハルの言葉についていけず、『独裁者』は青白い顔をして目を回す。どこまでも頭が悪いらしい。


「あなたは負けた。あなたの思い通りにはならなかった。それだけです」


「違う!!」


 単純な核心を突かれて、ようやく『独裁者』は理解した。


 そして、今度は必死に否定しようとした。


 目を血走らせてのどを嗄らすように叫ぶ『独裁者』。


「違う違う違う!! 僕はずっと、計画通りにやってきたんだ!! 僕の思い通りにならないことなんて許さない!! こんなのおかしい!! おかしいよおおおおおおおおおおおお!!」


 わんわん泣き始めたタキシード姿の『独裁者』は、その場に大の字になって手足をじたばたさせ、駄々をこねた。


 いい年齢の大人の男がすることではない。良くて幼稚園児までだ。


 その光景のあまりのアンバランスさに、ハルは不気味なものを感じて背筋を凍らせた。なにか、精神に異常をきたしている画家の描いた絵を見ているような、胸のざわつき。


 『独裁者』は、精神的なバケモノだった。


 人外である影子よりも、ずっとずっとバケモノだった。


 ある意味ひとの轢死体よりもグロテスクなものを見せつけられて、ハルは思わず吐きそうになる。


 エゴのモンスター。醜悪な怪物。サイコパスと言うにはあまりにも病的すぎるその悪徳に、自分たちはずっとさらされていたのだ。特に影子が。


 そう思うと、心底ぞっとした。


 気分を悪くしているハルのことなどなにも構わずに、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら手足をばたつかせる『独裁者』は、気に入ったオモチャを買ってもらえなくて売り場で駄々をこねる子供のようだ。


「影子様が欲しいよおおおおおおおおおおお!! 影子様は僕のものだあああああああああ!!」


「いい加減にしてください!!」


 耐え切れず、ハルが鋭い声を上げる。


「そういう自己中心的な考え方で、ひとを愛することができると本気で思ってるんですか!? 相手のしあわせを一番に考えて行動する、それができないなら恋なんてする資格はない! あなたが恋してるのは影子じゃない、自分自身だ! そんなエゴのために恋なんて言葉を利用して、恥ずかしくないんですか!?」


「やだあああああああああああああ!! 僕は、ぼくは、しあわせになるんだああああああああああ!!」


「あなたの言う『しあわせ』は、全部自分の思う通りに人生を歩んでいくことでしょう! そんなムシのいい話、あるわけないってわからないんですか!? すべてが思い通りに行くことが『しあわせ』じゃない、思い通りにならないことも乗り越えて、違う目的地にたどり着いたら、それが『しあわせ』なんだ!」


 普通はそれを思春期以前に学習するはずなのだ。だというのに、『独裁者』の精神は幼いままで、からだばかりが大きくなってしまった。大きな幼児なんて、それこそ精神的なグロテスクに他ならない。


 どれだけハルが言葉を尽くしても、届きはしないだろう。これからも『独裁者』は自分のエゴを最優先にするだろうし、誰の言葉も聞き入れず、気に入らないことがあればこうして駄々をこねるのだ。


 すさまじい徒労感に襲われて、ハルはげっそりとした。


「いやだ!! そんなしあわせ、認めない!!」


 泣きじゃくりながら、『独裁者』はようやく立ち上がった。そして、頭を抱えて絶叫する。


「僕は、君を認めないぞおおおおおおおおおおおおおお!!」


 ずん、としたプレッシャーと共に、『独裁者』の影からたったひとつだけ『アイアンメイデン』が出現した。どうやら、最後のちからを振り絞ったらしい。


 しまった、こんな余力があったなんて。


 ハルひとりでは、一体きりの『アイアンメイデン』でさえ脅威だ。影子がいたから攻略できたものの、肉体的にはただの人間であるハルの手に負えるようなものではない。


 頼みの綱の影子は、全力を出し尽くして影で眠っている。援軍はない。今回はASSBのちからは借りていないので、特別な護衛もない。


 ないない尽くしのピンチに陥り、目を見開いて凍り付いているハルに、にたあ、と泣き顔の『独裁者』が笑った。


「……さあ、今から君を否定してあげるよ……!……そうすれば、影子様は僕のものだ……!」


 ぎい、と音を立てて『アイアンメイデン』の扉が開く。内部の暗闇に立ち並ぶ杭を見せつけるように、ゆっくりと。


 今から鎖がハルを捕らえ、あの中に連れていく。


 そして、全身串刺しになったハルは今度こそ死ぬのだろう。


 逆転に次ぐ形勢逆転からのさらなる逆転に、太刀打ちするすべはない。


「……今度こそ、殺してやる……塚本ハル……!!」


 チェックメイト宣言のように殺意を表明する『独裁者』を前にして、完全降伏しようとした、そのときだった。


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