リンザローテを捜索せよ
久しぶりの実家にて、アルトは学校での生活の様子を祖母に楽しそうに話す。これまでも手紙の中で色々と報告してきたが、直接会って伝えたい事も沢山あったのだ。
「…それでね、今年の全国デュエル大会も優勝したんだよ。二年連続で優勝って滅多にないことらしいし、ドワスガルにまた貢献できて嬉しかったなぁ」
祖母イルフートの前では、純真な子供さながらの口調になるアルト。これは真にリラックスしている証左であり、アルトの本当の素の姿なのかもしれない。
「俺さ、S級魔法士で良かったと思ってるんだ。この力のおかげで皆の役に立ててるし、戦うべき時に戦える……もしS級じゃなかったら、今の俺はなかった。学校にスカウトされることもなかったろうしさ」
「……アルトよ、魔法力とはなんぞや?」
「人々を幸せにしたり、大切なモノを守るためにあるものでしょ? 昔、お婆ちゃんがよく言ってたじゃない」
「それを決して忘れちゃいけないよ。無闇に振りかざしてはいけないし、人を傷つけるなんて論外だ。ただし、無礼者に容赦する必要はないがね」
そのマインドを祖母から受け継いで忠実に守っているからこそ、アルトのお人好しな性格と、いざ敵と相対した時に全力で戦う姿勢が身に付いたのだろう。エミリーを助けた時もそうだし、闇魔法士に応戦した時も祖母の教えがチラついていた。
「勿論、分かってるよ。俺にとってお婆ちゃんは恩人だし、そもそもお婆ちゃんが山の中に捨てられていた俺を拾ってくれなかったら死んでいたわけだものね。そんなお婆ちゃんの言いつけは、キチンと守るよ」
「拾ってきた、か……ワシはオマエさんの恩人などとは……」
アルトの境遇にイルフートは何か思うところがあるようで、小さく呟いたあとに少しの沈黙が流れる。
「…? お婆ちゃん…?」
「いや、なんでもない。しかし、そう言う割には、女性と節度あるお付き合いをしなさいという言いつけは守っていないようだな?」
「あ、いや、それは……」
別に怒っている言い方ではないが、問い詰められているような気がしてアルトは視線を泳がし言葉に詰まる。リンザローテとの情事までは報告していないのに、全てを見透かすようなイルフートの目から圧を感じたのだ。
そんなアルトに更に追撃するのはキシュである。
「そーなんだよ、お婆ちゃん! ダーリンったら、アタシというサイコーの恋人がいながらリンザローテとかいう女と抱き合ってるんだもの、ヤんなっちゃうんだよ」
「おやまぁ。こんな可愛らしい恋人がいながら、他の女性にも手を出すなんて不義理な育て方をした覚えはないんだがねぇ」
キシュの告発に乗っかるイルフートはお茶目な老人といった砕けた雰囲気で、どちらかというと祖母は厳格なタイプであるのに、いつもと違う態度にアルトも翻弄される。
「ち、違うんだよお婆ちゃん! 俺とリンザは真剣に、そして相手への思いやりを持ってお付き合いをしていて……」
「オマエさんが真剣に人を好きになったのなら何も言うまい。ただ、交際するのなら最低限の理性とモラルは持っていないといけないよ」
「うん、そこに関しては任せて。そのリンザなんだけど……まだ到着してないのかな」
この村にてリンザローテと合流する予定だが、まだ彼女は到着していない。村の位置は手紙にて教えてあるものの、もしかしたら遭難してしまっている可能性もある。
「心配だから、俺ちょっと見てくるね」
「オマエさんも少し方向音痴な面があるから、気を付けるんだよ」
「さ、さすがにこの辺なら迷わないよ」
そう言って家を出たアルトが少し歩くと、村の中心部にある交番に人が集まっているのが見えた。何か事件でも起こったのかと、気になったアルトも野次馬に加わる。
「あっ、アルトくんじゃないか。どうやらキミにお客さんみたいだよ」
交番の中からアルトを発見した警官が、コッチに来てくれと手招きしてきた。
「お客さん…?」
野次馬を掻き分け、交番の中に入っていくアルトはその客とはリンザローテではないかと予想した。村に辿り着いたはいいが、アルトの家が分からず警官に尋ねるためにここを訪れたのかもしれない。
だが、アルトの予想は外れていた。
「アナタがアルト・シュナイドさんですか!?」
交番内の椅子から立ち上がり、詰め寄るように近づいてきたのは登山に行くような格好をした若い女性であった。アルトには見慣れない人で、なぜ名前を知っているのかと訝しむ。
「そうですけど……アナタは?」
「私、フランって言います! ガルフィアカンパニーの社員でして……」
「ガルフィアカンパニーの? リンザはどうしたんです?」
「実はリンザローテ様が行方不明になってしまったのです! 探索から戻らなくて、お渡しした信号弾も使われていないですし……社員で手分けして捜索したのですが発見できず……」
「なんですって!?」
フランはリンザローテと同行してボラティフ調査を行っていた社員であり、その調査の途中で疲弊してしまったために先にキャンプに戻ったのだ。
そのため、リンザローテが秘密研究所にてナイトに捕まってしまった事を知らず、単に山中で遭難してしまったのだと思っている。
「この村でアルト様とお会いすると知っていたので、助けを求めようと……」
「リンザがいなくなったのは、どの辺りなのですか!?」
「言葉で説明するのは難しいのですが、最後に見かけたポイントは憶えています。お願いです、アルト様。リンザ様捜索にご助力ください!」
「勿論です! 案内してください!」
リンザローテのピンチとなれば、助けに行かないなどという選択肢はない。アルトはさっきまでの穏やかな表情とは一転し、険しさに目を鋭くしながらフランに付いていく。
フランに導かれ、ボラティフでも特に人気の無いエリアに踏み込んだ。アルトもこの近辺のことは把握していないが、それでも懸命にリンザローテの名前を呼びながら捜索を行う。
「リンザ、どこにいらっしゃるんです!? 聞こえたら返事してください!」
しかし、返答は無い。アルトの悲痛な叫びにも似た呼びかけは、木々の間に吸い込まれて消えていくだけだ。
「こうなったら、上空から探してみるか。キシュ、合体するぞ」
「仕方ないわねぇ」
人の命が懸かっているとなれば、キシュとてアルトに従う。いくら恋敵であっても、死んでいいとは思っていない。
キシュの力を借り受けたアルトは魔力の翼で飛び上がり、上空から一帯の森林を見下ろした。
「印か何かあるといいんだけど……」
視界には一杯の緑が広がって、これではどこにリンザローテがいるのか特定するのは難しそうに感じるが、何かしらの痕跡がないかと探しているのだ。
例えば、魔物や危険な動物と戦って魔法を使用すれば、周囲の草木にも影響して薙ぎ倒されたり不自然に折れ曲がったりしているかもしれない。
暫く飛行したアルトは、そうした痕跡を見つける事はできなかったが、
「なんだ、アレは…?」
森林地帯の中、一つの建物がアルトの目に留まった。周囲の環境に溶け込むように迷彩色に塗られており、どこか不気味さを感じさせる。
「あんなのがあるなんて知らなかったな……」
このボラティフ地方を知り尽くしているわけではないが、地元民でも噂すら聞いた事の無い施設となれば怪しいものであるのは間違いない。
そして、それこそが今まさにリンザローテが囚われている研究所であった。
「少し調べてみるか。もしかしたら、リンザが避難しているかもしれないし」
アルトは研究所へとゆっくりと降下していく。




