ギットからの依頼
ハンブ・バタラに到着したアルト達一行は、ギットの案内で島内にある町を訪れる。この町の中に魔法高等学校が建てられており、そこに至るまでに商店街なども見学しながら歩を進めていく。
「町と言っても、皆さんが暮らしているパラドキア王国のモノに比べたら規模は小さいですけどね。けれど僕達島民にとってはここが首都であり、生活の拠点なんですよ」
ギットは自虐するようにそう言うが、町の規模はそこそこ大きく、校舎群や商業区を抱える広大なドワスガルの学校敷地にも匹敵するレベルであった。人々の往来も多く、結構な活気があるように見える。
そうして歩いている中で、何人かの島民達がギットに声を掛ける。
「おや、ギット君じゃないか。ソチラの人達がパラドキア王国からのお客さんかい?」
「はい。僕が案内を仰せつかったんですよ」
「そうかそうか。今やギット君は俺達島民の期待の星だし、王国の皆さんに名前を売って稼ぎに繋げてもらわにゃな! ガッハッハ!」
と老人の一人が大声で笑いつつ、ギットの肩を軽快にバシバシ叩く。
それに対してギットは少々困惑の入った苦笑をしながら、軽く会釈をして案内を再開する。
「やはりギットさんは有名人なんですね?」
アルトはギットの横に並んで歩きつつ、そう問いかけた。
「いえ、アルトさん程ではありませんよ。皆さんが僕に期待しているのは、完成度の高い魔法薬を海外に売って、外貨を稼ぐことですし」
「ギットさんの魔法薬は高値で輸出されていると聞きました。それが島の発展に繋がっているのならば、とても誇れる事だと思いますが?」
「そう、ですね。僕としては……まあとにかく、魔法薬を作って皆さんに喜んでもらえるなら僕も嬉しいですし」
どこか複雑そうに言葉を濁すギット。何か現状に思うところがあるようだが、まだ知り合ったばかりでそこまで足を踏み込むのは無理だろう。
「ちなみに、あそこは魔法薬専門店です。もっぱら僕が作った物が陳列されています」
そうギットが指さすのは、商店街の端にある魔法薬専門店であった。こじんまりとした外装で一見すると店のようには見えないが、そこではギットの作った魔法薬を販売しているらしい。
「体調を整えるサプリ系から、害虫除けの物など様々な種類を取り揃えてますよ。と言っても、ここは島民向けの店なので安価な薬が主体ですけどね」
「本当に幅広いジャンルの魔法薬を作成できるんですね。そりゃシュカが興味を持つわけだ」
「さ、後少し歩けば学校ですよ。行きましょう」
アルトの言葉に照れくさそうにしながら、ギットは商店街を抜けるのであった。
魔法薬専門店もある商店街から少し歩き、町の中心部に近い場所に”ハンブ・バタラ魔法高等学校”と記された立て看板が設置されていた。
「ここが学校です。どうぞコチラに」
その看板の先には、一階建ての校舎が街に紛れるように建っている。ドワスガルの校舎に比べると質素ではあるが、魔法士の人口規模や地域性を考えれば必要十分なのだろう。
アルト達は正面入り口を通り、教室を紹介される。
「教室は一つしかないんですか?」
「現在の全校生徒は二十八人ですし、これで事足りますからね。三つの学年の生徒が一堂に会して勉強するというわけです。上級生が下級生に教えたりもしますよ」
「そういうスタイルもあるのか。学校というものは、俺が知っている以上に形態があるんだな」
ドワスガルしか知らないアルトにとっては、ハンブ・バタラの形式は新鮮なものであった。
「ドワスガルの皆さんも当校の授業を受けてみては? 学校見学と交流をするならば、それが最適でしょう?」
「ですね。実はワタシの夢は地元に学校を作ることですので、他校の授業を体感しておくのは良い経験になりますよ」
「へぇ……立派な夢を持ってるんですね」
「お恥ずかしい事に、まだ何も具体的な構想とかは無いんですけれどね。だからこそ、今は他校の運営等についても勉強して知識を増やしておく必要があると思うんです」
アルトは教室を興味深そうに観察しながら自身の夢を語り、それを聞くギットの瞳にはアルトが眩しく映るのであった。
ハンブ・バタラの授業は一般的なやり方と異なり、ギットの言うように上級生が下級生に教えるなどドワスガルとは大きく異なっていた。
というのも、教師一人で全学年を見なければならないため、一斉に教えるという形式が不可能であったからだ。
「ミカリア先生も他の学校で教鞭を執れるなんて、貴重な体験になりましたね?」
そんな中、引率のミカリアはヘルプとして授業に参加した。あくまで見学だけの予定であったのだが、せっかくの教師枠に暇を与えるのは勿体ないと要請されたのである。
「先生も一段レベルアップ出来たような気がしますぅ。うっふっふ、これでアネット教頭先生にまた一歩近づけましたぁ」
それは勘違いだろうが、自信を持つのは悪いことではない。特にミカリアの場合まだまだ頼りない雰囲気があるので、一人前になるためにはこうした体験も無駄ではないはずだ。
「ところで……ギットさん、港でワタシにお願い事があると仰っていましたけれど?」
「ああ、その事ですね。実は、この島国の名産品でもある特薬草の採取が困難になっていまして……僕の持っているストックも底をついてしまったんです。これでは魔法薬を作れなくなりますし、海外に輸出する分も確保できなくなってしまう」
「しかし、それをワタシが解決するのは無理そうですが…?」
いくらアルトがS級魔法士だとはいえ、薬草を育成する魔法など使えはしない。
ちなみに、魔法薬の中には肥料に混ぜることで植物の成長を促進したり、耐腐食性を向上させる効果の物もある。
「特薬草が採取できるのは島西部にあるハンブ山なんですが、最近その山に恐ろしい魔物が出現しまして……僕も一応A級魔法士なんですけれど、あの魔物に勝つのは難しいですね」
「この島には、大人で強い魔法士はいないのですか?」
「残念ながらS級は一人もいませんし、平和な島なので戦闘慣れしている魔法士はいないんです。あの魔物も今はハンブ山を棲み処にしていますが、いつ町のある東部にやって来るか分かりませんから皆さん不安に思ってるんです」
魔法士だから戦いが得意かといえば、決してそのようなことはない。むしろ、アルトのように戦闘慣れしている魔法士は貴重なのだ。
「そーいうコトならダーリンの出番じゃないの。魔物なんて、あたしとダーリンならアッという間にボコボコにできるもんね。まっかせなさいよ!」
アルトの頭の上に立つキシュが、拳をブンブンと振り回しながら気合いを入れている。彼女もエミリーと同じように、リンザローテが近くにいないことで気分を良くしているらしい。
「キシュの言う通り、魔物との戦いなら任せてください。ワタシ以外にもウィルというデュエルクラブ部長も同行していますし、大抵の魔物ならば勝てるはずです」
「それは頼もしい。今回の見学にアルトさんが来てくださったのも、何か運命みたいなものですね」
「期待に応えられるよう頑張ります。では、明日にハンブ山に行くということでよろしいですか?」
「はい。僕が山まで案内しますね」
学校見学に来てまで魔物と戦う事態になるなど想像していなかったが、もはやアルトの参加するイベント事にはトラブルが付き物であり、感覚が麻痺して何も思わなくなるのであった。
次回更新は、4月29日(火)です!




