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王宮を襲撃する”バルクルスの腕”

 イザリアはアルト達を引き連れて王宮へと急いで戻るが、時すでに遅しであった。とっくにガラーシュによって宝物庫から賢者の石を持ち去られた後であり、完全に後手に回ってしまっている。


「賢者の石を持っていかれたか……」


 イザリアは唇を噛みしめながらも、呼びつけた軍にガラーシュと実子であるカリスの捜索を命じる。その二人が一緒に行動しているのを王宮職員が目撃しているし、カリスこそが黒幕でガラーシュを従え反逆を企てていたのは間違いないと考えたのだ。


「あのバカ息子め……いや、ワシの育て方が悪かったのか……」


 そう反省しても、もはやどうにもならない。このような事件が起きたのは変えようがない事実であり、たとえ息子であっても処罰する以外の選択肢は彼女には無かった。


「女王陛下! 街に巨大な腕のような物体が現れ、攻撃を繰り返しながら王宮に接近してきるようです! しかも魂の保管庫がある島にも同様の物体が出現し、襲われたとの報告が……」


「なんだと!?」


 秘書からの悲鳴交じりの報告を受け、イザリアは窓の外へと視線を向ける。今のところは異変は確認できないが、秘書の言う事に間違いはないのだろうなと顔をしかめた。


「カリスめ、ワシの知らない兵器を隠し持っていたようだな……賢者の石を手に入れたら後は用済みと進軍してきたわけか」


 そう呟くが、この認識は正しくも間違っている。確かに魔法生物兵器バルクルスはカリスが秘匿していた物だが、今それを操っているのはガラーシュなのだ。


「よし、警備隊に迎撃の準備をさせ、オヌシら非戦闘員は退避せい」


「女王陛下はいかがなさるおつもりで!?」


「ワシはここで迎え撃つ。カリスのやった事ならば、親が責任を取らねばな」


「しかし、陛下の身に何かあったら……」


「このような年寄りがいなくなっても、若い者達のチカラがあれば何度でもやりなおせる。それこそエミリーのような、新しい時代を開ける人間が生き残ればよいのだ」


 イザリアは秘書らに王宮からの退避を促し、自身は兵器を迎撃するべく移動しようとする。

 しかし、敵の侵攻はイザリアの予想よりも早かった。


「なんだ…!」


 地面が激振し、王宮の一部が吹っ飛んでいくのが見えた。バルクルスの腕による大火力レイ・ルクスの砲撃が直撃したのだ。

 攻撃は更に続き、王宮は崩壊を始める。


「ここは放棄するしかないのか…! エミリー達は!?」


 バリアフルシールドで残骸を弾きながら、イザリアはエミリー達テラノイドを探す。




 一方、アルトはレイ・ルクスによる砲撃から仲間を守りつつ、その光の源であるバルクルスの腕を睨みつける。


「あの気味の悪い腕は一体…? キシュ、分かるか?」


「いや、知らないわね。とにかく、アレをブッ潰さないと全滅しちゃうわ!」


「そうはさせんよ。俺がキシュと合体してヤツに近づき、魔法を直撃させて沈める!」


 キシュとの一体化を果たし、アルトのくるぶしから魔力の翼が生える。これで空中に飛び出し、滞空したまま爆撃を繰り返すあの奇怪な腕に接近戦を仕掛けるつもりなのだ。


「リンザ先輩! 皆のことは頼みます!」


「お任せを。わたくしと校長先生で守りを固めますから。アルトさんも、どうかご無事で……」


 身を案じてくれるリンザローテに頷き、アルトは一気に飛翔していく。

 バルクルスの腕はそんなアルトを察知したようで、レイ・ルクスの砲口となっている指先を向けてきた。


『ダーリン、敵の光線が来るよ!』


「避けてみせる! ハクジャの全方位攻撃に比べれば、射線が分かるだけマシだ!」


 ハクジャとは違い、バルクルスの腕は指先のみからしか射撃をしてこない。そのため、指をしっかり観察すれば射線を見切ることは可能だ。

 とはいっても普通の魔法士では回避は困難だろう。しかし、フェアリーの力を宿した機動性と、アルト自身の反射神経が組み合わされれば不可能ではなかった。


「きたッ…!」


 バルクルスの腕から灼熱の一撃が放たれる。光速には到達していないとはいえ音速を超えて瞬時に迫り来るのだが、アルトは急上昇を掛けて逃れてみせる。

 そうして弧を描くように腕へと肉薄したアルトは、ヴォルカニックフレイムによって火炎弾を一斉射した。


「まだ仕留められないか…!」


 指の一本を砕いて落としたものの、完全には仕留めきれない。特に手甲部分は肉厚で防御力が高く、表皮が抉れただけで貫通はできなかった。

 このダメージを受けてなのか、バルクルスの腕はアルトを牽制しながらも地面へと降下していき、次の手段に打って出る。


「さっき破壊した薬指の付け根から触手が…?」


 アルトによって失われた薬指の付け根が変形し、多数の触手を生やして王宮へと差し向けたのだ。これは島を襲ったもう一本の腕と同様の変化で、人間を捕らえるためのモノである。


「なんだコイツ、ラグレシアのように人を捕まえて魔力と生命力を奪う気なのか!?」


 そのアルトの推測通り、触手は王宮から逃げようとしていた人間を捕縛していく。

 だが、ラグレシアと違うのは捕縛対象者を完全に吸収してしまうという点だ。触手の先端が口にようにパカッと開き、人を丸飲みにして喰らい栄養に変えるのである。


「奪うどころか完全に捕食している…! リンザ先輩達には手は出させない!」


 アルトはバルクルスの腕を追撃し、アイスランスを投擲する。頑丈な魔物すらも串刺しにする氷の槍が迫っていくが、


「っ!?」


 その槍を触手によってキャッチしてみせたのだ。しかも、圧力を掛けてバキッとへし折ってしまい、バリアすらも使わずに完全に無力化する。


『ダーリン、アイツは喰った人間をエネルギー源にしてパワーアップしているみたいだよ』


「化け物め……」


 キシュの推測通り、腕は捕食した人間を栄養へと変えて、自身の強化に用いている。アルトによって破壊された指も再生を始めているようだ。

 そうして着実に力を付けていくバルクルスの腕は、攻撃を激化させていく。レイ・ルクスを乱撃し、王宮はもう廃墟と化していた。


「クソッ…! 皆は無事なのか…?」


 土煙に紛れて隠れたアルトは、リンザローテや皆の姿を探す。このような状況になっては、とっくに死んでいてもおかしくはない。

 と、ズサッと瓦礫が動く音がして、アルトはその近くに降り立つ。


「誰かいますか?」


「ワシじゃよ」


 瓦礫の向こうから聞こえてきたのはイザリアの声であった。どうやらバリアフルシールドで身を守っていたらしい。


「ああ、イザリアさん!」


「すまん、エミリーらは近くにおらんのだ」


「俺が敵の注意を引きますから、イザリアさんが皆を……」


 そう提案した直後、バルクルスの腕が上昇して退いていくのを視界の端で捉えた。

 腕の目的は王宮の破壊そのものだったようで、与えられた指示通りに王宮を灰燼に帰したことで満足したらしい。


「ヤツが撤退していく!? せめてどこに行くのかが分かれば、ガラーシュさんの潜伏先も分かるだろうけど……」


 再び飛び上がろうにも、合体の限界時間が来ていた。翼は点滅しながらスゥッと消えて、キシュもアルトの体から分離して実体化する。


「ここはワシの使い魔に追わせよう。いけ、アカフク」


 テラノイドとムーンノイド邂逅のキッカケともなったイザリアの使い魔。エミリーによってアカフクと名付けられたこの使い魔を召喚し、腕を追わせる作戦のようだ。

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