賢者の石
王宮の最深部、そこには魂の保管庫と同様の巨大な扉が設置されていた。宝物庫を守るこの扉は鋼鉄製で、しかも対魔力コーティングが施されており、並み大抵の武力や魔法でこれを破壊するのは不可能だろう。
そんな扉の前に立つカリスは、ガラーシュを通じて手に入れたローネストの秘宝を掲げる。
「世界の新たなる王、カリス・ローネストに道を開けよ!」
無機質な扉には善悪の判断を行う機能は無いようで、カリスの要請を認証しガタンと大きな音を立ててゆっくりと開かれていく。
「宝物庫に入るのは幼少期以来か……」
ガラーシュを従えて宝物庫に入ったカリスは、その内部を見渡す。
部屋自体はそれほど大きくはないが、内部には多数の貴重な物品が収容されていた。いずれも古代文明から引き継がれた品々で、主に魔法関連の道具や魔石などである。
これらの中でも、最も異彩を放っているのが”賢者の石”と呼ばれる魔石だ。サイズは成人男性の体格並みであるものの、虹色に輝き宝物庫を照らす光源として存在している。
「賢者の石は再現性のない前代未聞の魔石でね。魔力を永遠に生み出すことさえ可能と言われているんだ……ちなみに、これを削って作ったのがローネストの秘宝なんだよ」
「そうなのですか」
誰も訊いていないのに、勝手に解説を始めるカリス。求めていた物を前にして興奮しているらしく、鼻息を荒くしながら賢者の石の表面を撫でた。
「どんな女の体より美しい……そうは思わないかな、ガラーシュよ」
「…さあ」
カリスの戯言に適当に返答しつつ、腕時計に目を落とす。
「カリス様、そろそろココを離れた方がよろしいかと。島の管理システムが復旧し、イザリア様達が緊急通報を行う可能性がありますので」
「ああ、そうだな。よしガラーシュ、賢者の石を運び出せ」
どこまでも人をこき使うしか能がないカリスは、ガラーシュに運び出しを指示する。この男にとって、他者など都合のいい道具でしかないようだ。
それを予想していたガラーシュは、スマートフォンを操作して二機のドローンを呼び寄せる。戦闘用ではなく作業用のようで、砲塔の代わりにアームユニットを装着し賢者の石をガッチリと掴む。
「地上にヘリを用意してあります。そのヘリに積み込んで、カリス様が所有する宇宙船へと運びましょう」
「うむ。ぼくも母上のように高度な空間転移魔法が使えればいいんだけど……ま、こうして賢者の石を手に入れたんだから、あとは全てどうにでもなる」
カリスは行き掛けの駄賃とばかりに、宝物庫のアイテム数点を盗み取ってから去る。
その背後を付いていくガラーシュの目は、とても穏健なものではなかった。
魂の保管庫の上層に設置された人工島。ガラーシュによってシステムをダウンさせられていたのだが、今は復旧して電力も回復していた。
だが、防衛用ドローンの暴走によって死傷者が出ているうえ、施設にも大きな損害が出て正常とは程遠い状態である。
「まったくウィルったら……心配させるんだから」
シュカを庇って負傷したウィルであったが、オブライアンによる治癒魔法を受けて傷は塞がっていた。とはいえ出血量は多かったために体調までは戻っておらず、今はシュカに膝枕されて体を休めている。
「へぇ、心配してくれたんか?」
「ちょ、ちょっとだけね」
「それでも嬉しいぜ。いっつも小言ばっかり言われている身からすりゃな」
「いや、そりゃあんたが悪いんでしょうが……アホな事しかしないんだもん」
と呆れながらも、こうして軽口を言い合えるのを嬉しく思うシュカ。死んでしまったらコミュニケーションだって取れはしないのだから。
「にしてもよ、なんでこんな事になっちまったんだか……」
ウィルはシュカのフトモモの上で首を回し、辺りを見渡す。ドローンはリンザローテの活躍もあって全て撃破されたものの、ミサイルによる攻撃によってアチコチが爆撃されたように抉れている。
「イザリアさんも無事でよかったけどさ……アルトのヤツ、エミリーちゃんを助けだせただろうか」
「アルトならやってくれるっしょ。ここにいる誰よりも強いし特別な魔法士だからね」
「オレだってアイツには負けてな…イテテテ、腕が……」
アルトへの対抗心から、ウィルは起き上がって腕を回そうとするが痛みで縮こまる。
「バッカねぇ本当に。いくら治癒魔法で治したっていっても痛みまで消えたわけじゃないんだから、大人しくしてなさい」
そのウィルを自らのフトモモの上へと再び戻し、シュカは未だ帰らぬ友人二人の無事を祈るのであった。
イザリアもまた痛みの残る足を引きずりつつ、女王としての責務を全うしようとしていた。しかも自分の使用人が起こした事件となれば、尚更に解決に向けて力を入れなければならないと意気込んでいるようだ。
「ヘリは動かせんのだな?」
イザリアらが乗ってきた人員輸送用のヘリは損傷しており、とても飛べる状態ではなかった。これもガラーシュの策略通りで、追撃の手を少しでも減らすためにドローンによる攻撃目標の一つに設定していたようだ。
「女王陛下、港にある海上クルーザーは使用できます。そちらは被害を免れたようで……」
「分かった。ワシとテラノイドの一同はクルーザーで街に戻る。出港の準備を急がせい」
施設職員に指示を出し、イザリアはオブライアンへと振り返る。
「申し訳ないな、オヌシらも巻き込んでしまって……しかし、力を貸していただきたい」
「生徒を危険に晒すのは本意ではありませんが、致し方ない状況ですな。エミリー君のこともありますし、この異常事態では共に力を合わせなければ生き残ること自体が困難でしょう」
「恩に着る。ワシの不手際でもあるのにな……この騒動が終わったら、オヌシらには出来る限りの礼をすると約束しよう」
この一件といい、テラノイドには迷惑ばかりを掛けてしまっているなとイザリアはため息をつく。本当は彼らを救いたくて月へと招いたはずなのに、事態はその逆に向かって進行中ともなれば頭を抱えたくもなるだろう。
そんなイザリアにリンザローテが近寄る。
「校長先生の仰る通りですわ。巻き込まれたエミリーさんを助け出すためならば、わたくし達が動く理由になりますわ。それに、アルトさんならば困っている人を見捨てたりしませんもの」
あのお人好しならば、たとえ命が懸かっている状況でも臆したりしない。だからこそ躊躇いなくガラーシュを追っていったわけだし、彼を止めるために協力は惜しまないだろう。
アルトが戦うと決めたのならば、それを支援するのは自分の役目だとリンザローテもまた決意を固めていた。生徒会長として、何より想い人の役に立つために。
「まずはアルトさんの現状が知りたいですわね」
「ここら一帯の通信装置および電波塔はまだ元に戻っておらんから、とにかく街まで行くしかない。幸いにもクルーザーは無事のようだから、オヌシらもそちらに移動してくれ」
まずは島から脱出し、飛び立ったアルトと合流する必要がある。願わくばエミリーとローネストの秘宝を奪還していてほしいものだが、もし失敗していても何か情報は得ているはずだ。
イザリアは少し離れた位置にある小さな港へと、リンザローテ達を誘導していく。




