アルトはムッツリスケベ!?
女王イザリアの提言通り、月の中央議会はテラ帰還作戦を一旦中止する決定をした。テラには魔法兵器が派遣されて実行に移す寸前で、本当にギリギリのタイミングであったのだ。
これはエミリーの献身あっての事でもあり、もしエミリーが王家ローネストの血を引いていなかったら結果は変わっていたかもしれない。
「アルト君、私はお婆ちゃんに付き添って入場するから、また後でね」
臨時議会の翌日、王宮にて急遽パーティが開催される運びとなり、これはテラノイドとムーンノイドの親善を目的としたものである。二つの種族は不幸な出会い方をしてしまったが、ここから新たに関係を構築して共に未来を歩んでいくためのファーストステップとなるのだ。
そのパーティまでもう間もなくという時間となり、エミリーは祖母であるイザリアに呼ばれてアルト達と別行動することになった。
「俺達も準備したら会場に向かうよ」
「うん。アルト君、そのタキシード似合ってるよ」
パーティ参加にあたり、アルト達には正装となる衣装が貸し出されたのだ。さすがに学校の制服のままではドレスコードに反しているし、月の権力者や重鎮が集まる場においては尚更である。
アルトは慣れないタキシードに身を包み、少々堅苦しそうにしながらも笑顔を作って、王宮の長い廊下をスキップしながら去っていくエミリーを見送った。
ちなみに、オブライアン校長は普段着がタキシードとシルクハットであったことから、そのまま参加するようだ。
「そうかねぇ……校長先生やウィルなら合うだろうけど、俺ではイマイチじゃないだろうか……」
「あら、そんなことありませんわ。とてもお似合いですわよ」
と、背後から声を掛けてきたのはリンザローテで、アルトはネクタイを調整しながら振り返る。
「ああ、リンザ先輩。貸し出されたドレス、もう着替え終わっ……」
リンザローテを視界に入れたアルトは、そこで言葉を途切れさせる。以前にリンザローテの水着を見た時と同じように、強烈な視覚的インパクトを受けたのだ。
「わたくしのドレスはいかがです?」
リンザローテは学校においてドレス型の特注制服を纏っているので、着替えてもあまり変化は無いだろうとアルトは思っていたのだが、それは大きな間違いであった。オシャレに疎いが故の愚かな思考であったと言ってもいい。
今リンザローテの体を包んでいるのは、普段の爽やかな純白色とは異なる煌びやかな金色のドレスだ。彼女のロールを巻いた髪の色にも似て眩く、セレブ感マシマシな印象である。
しかも、胸元がいつもより大胆に晒されているし、足元にはスリットが入っていて太ももがチラリと露出していた。もはやビジュアルの暴力で、水着とはまた違った魅力にアルトの理性は崩壊する寸前だ。
「ア…エト……スゴイ……」
壊れたロボットのように片言で喋るアルト。失礼だとは分かっているが目を離すことが出来ず、リンザローテ・ガルフィアという魅力に魅入られたまま動けない。
「ふふ、ではわたくしをエスコートして頂けるかしら?」
リンザローテはウインクしながら、固まったままのアルトの腕に自らの腕を絡める。こういう時でもアピールを欠かさない図太さがあり、本当のカップルのように密着して周囲にも見せつけてやろうと考えているようだ。
その様子を少し離れた物陰から観察しているのはウィルとシュカである。二人も着替え終えて廊下に出て来たのだが、アルトとリンザローテのイチャつきを見て思わず隠れたらしい。
「くっそー、アルトの野郎羨まし過ぎるぞオイ! あんなにくっ付かれて、胸だってメチャクチャ当たってるじゃねェか!」
「ウィル、まったくあんたってやつは……」
「オレだったら速攻で揉みにいってるね。それどころか近くの部屋に連れ込んで押し倒してる」
ウィルは血の涙を流しながら、リンザローテの後ろ姿を穴が開きそうな程に見つめる。リンザローテのドレスは背中もザックリと開いており、滑らかな肌に釘づけになっているのだ。
「あのね、前にも言ったけどウィルみたいに不純な人間じゃないのよアルトは。というか、よくまぁ女性の前でそーいう戯言を言えたもんだわ」
「オレは何事もオープンで隠し事をしない主義なの。てかな、アルトにだって性欲はあるぜ? アイツはオレと違って、古代でいうムッツリスケベだからな」
「なに、それ」
「古代の島国”ニッポン”における言葉だ。普段は表には出さないが、頭の中では卑猥なコトを考えていたりするヤツを示すんだってよ。真面目な人間ほどムッツリスケベになりやすく、こういうのに限って結構エグい性癖を持っていたりするらしい」
「確かにアルトは生徒会長の胸を盗み見たりしてるし、そのムッツリってのかも」
本人のいないところで言いたい放題だが、真実アルトはウィルとは違って欲を内側に溜めて押し殺すタイプではある。
「アルトのヤツ、動きがぎこちなさ過ぎるだろ……」
リンザローテにせがまれ、彼女をエスコートしながら会場に向かおうとするアルトだが、とんでもなく緊張しているようで全身の動きがカクついている。あれでは不審者そのものだ。
「ったく、オレ達が見本を見せてやるとするか。いくぞ、シュカ」
「え、ちょっと!」
ウィルはシュカの腕を引き寄せ、自らの横へとくっ付ける。
多少強引ではあったが、決してシュカは嫌だとは思わない。むしろ、ウィルとカップルのように振る舞える機会は嬉しいものである。
「オレが完璧にエスコートしてやるから、シュカはオレに身を任せてくれればいい。なぁに心配すんな、恥はかかせねぇよ」
「普段はちゃらんぽらんなクセに、こういう時はカッコいいんだから……」
「何か言ったか?」
「ううん。なんでもない」
シュカは笑顔を浮かべ、ギュッとウィルの腕にしがみつく。
本心では常にこうやって独り占めしたいものだが、思春期特有の照れや、幼馴染として長年付き添ってきた故の複雑な気持ちが重なって臆病になっていた。だから今は、流れのまま自然に身を寄せられて幸福であった。
そんなご機嫌のシュカを連れ、ウィルは相変わらず奇妙な歩き方をしているアルトを追い越す。
「アルト、そんなんじゃリンザローテ会長のパートナーとしてカッコ悪いぜ? オレみたいに堂々とせにゃな」
「そ、そうなんだけどさ……」
「まずは自然体になれ。同じ方の足と腕を同時に動かして歩くのは不自然だぞ。右足を前に出す時は、左腕を前に出すもんだ」
「あ、ああ」
アルトは歩き方すらヘタくそになっていたが、一度立ち止まって深呼吸する。ウィルの言うように、リンザローテを先導する以上は彼女に相応しい振る舞いをするべきだと自覚したようだ。
「前にも言ったが、オマエはもっと自信を持て。全ては気持ちの持ちようだからな」
「分かった。ありがとう、ウィル」
「いい顔つきになったじゃねぇか」
落ち着きを取り戻したアルトに、ウィルはグッと親指を立ててサムズアップする。
「行きましょう、リンザ先輩」
「うふふ、戦いに赴く時のようで勇ましいですわ。このまま二人でパーティを抜け出して、どこか遠くまで行ってしまいましょうか?」
「いや、それはチョット……イザリアさん達が待っていますから」
「真面目さだけはいつでも変わりませんわね……ま、それがアルトさんの良いところですけれどね」
小さく微笑みながら、リンザローテはアルトと共に歩む。
今はただ、それで充分であった。




