マンティコアの猛攻
異空間にてアルトの前に立ちはだかるバロムナード。彼こそが今回の事件の黒幕であり、マンティコアと呼ばれる全高三メートルにも及ぶ異形の魔物を従えて明確な敵意を抱いていた。
「確かアルト君と言ったかな? キミの噂は聞いていたが、まさかラオムシフトを使えるとは小生も驚きだよ。この魔法は、現代においては忘れられし古代文明のモノだからね」
「アナタこそ、そんな古代の魔法を知っているのはなんでです?」
「小生の使い魔であるマンティコアに教えてもらったのだよ。ついでにこの異空間の存在もね。捨て去られた空虚と芸術家……とてもお似合いだろう?」
見るからに凶暴そうな魔物が、どのようにして魔法を人間に教えたのか。
そのアルトの疑問に答えたのは、他でもないマンティコアであった。
「我は古代文明の技術と知識の結晶である。この程度の魔法を授けるなど容易いことだ」
「しゃべった!?」
なんと、低音で腹に響いてくるような声で喋りだしたのである。
大抵の魔物は人間の言葉など扱えず、動物のように咆哮を上げたり唸るだけであり、こうしてコミュニケーションを取れるなど驚きだ。
「ダーリン、アイツはあたしと同じで古代において作られた魔法生物兵器なんよ。フェアリー族とは違う研究機関が製作して、戦闘力に特化したタイプなの。言語能力があるのは、魔法士の支援ユニットとして戦場に投入する計画があったから。意思疎通ができないと作戦遂行に支障が出るものね」
「なるほど。どうりで強そうなワケだし、言語を操る高度な知能があるわけだ……てか、アイツは技術と知識の結晶とかってキシュみたいなコトを言っていたし、古代の魔法生物は似たような思考なのかしら?」
「あんなのと一緒にしないで! フェアリーの方が凄いんだから!」
マンティコアと同列に語られるなど、フェアリーとしてのプライドが許さないらしい。キシュはプンスコと怒り、アルトの目の前で猛抗議している。
「フン……フェアリーの小娘如きが調子に乗るでない。我らマンティコア種こそが生物界の頂点に立つべき存在だ。貴様など一撃で粉砕してくれよう……」
「なぁにが”生物界の頂点に立つべき存在だ”よ! ハクジャに勝てないようなザコのクセに、アンタこそ調子に乗ってんじゃないわよ!」
「ハクジャとて我らがいずれ超える。貴様のような貧弱な魔法生物こそ、ひれ伏し身の振り方を考えるべきだろう」
「ナメてんじゃないわよ、この獣野郎! あたしの力を借り受けたダーリンがハクジャを倒してんのよ! これはつまり、あたしが倒したも同義なんだから!」
使い魔同士の煽り合い合戦である。アルトもバロムナードも口を挟む隙すらなく、ただお互いにヒートアップするパートナーの口論を見守るしかない。
「ダーリン、あのキモイ魔物なんかブッ潰しちゃってよ!」
「え、ああ…はい」
キシュの圧を受けて若干引いているアルト。なんだかもう部外者のような感じがして、さっきまでの戦意はサッと消え去っていたのだ。
「我が主よ、ここは任せよ。奴らは我が倒し、この楽園を守ってみせようぞ」
「うむ、頼もう。だが、あのコマリという娘は殺す必要はないよ。珍しくも小生の作品を理解してくれた稀有な存在だから、是非ともコチラ側に引き込みたい」
「では、まずは引き離す必要があるな」
バロムナードが背中から降りると、マンティコアは雄叫びを上げて威嚇し、アルト目掛けて突進する。その屈強な四脚から繰り出されるスピードは並みの動物を上回っており、鈍重そうに思える図体からは想像できない機動力を発揮していた。
「…ん、ん~? い、一体何が…?」
恐ろしいマンティコアの叫びが目覚ましになったのか、コマリはようやく意識を取り戻す。
が、それを喜んでいる暇などアルトにはない。もう目の前まで巨体が迫り来ていて、そちらに対処せざるを得なかった。
「コマリ先輩は動かないで! キシュ、コッチに!」
マンティコアの大きく鋭い爪による切り裂きを回避し、アルトはキシュを呼び寄せる。S級のアルトとはいえ、このまま戦っても勝ち目は薄く、フェアリーの力を借り受けてパワーアップする必要があった。
そのアルトにキシュは溶け込んでいき、彼のくるぶしに光の翼が出現する。これによって機動力が向上し、マンティコアの素早さにも充分に対応可能だ。
「しかし、コマリ先輩を背負ったままでは厳しいか……」
これがリンザローテならともかく、戦闘力が皆無のコマリを一人で放り出すわけにはいかない。しかもバロムナードはコマリを同志か何かと勘違いしているようで、手に入れようと狙っているのだから尚更だ。
だが、コマリを背負ったままでは戦いにくいのは間違いなく、どうしたものかと逡巡する。
「そんな程度で我に勝とうなど笑止千万!」
反撃が飛んでこなかったことでマンティコアはアルトを脅威ではないと判断し、嘲笑しながら次の攻撃に移る。
「我が主のオーダーである。その娘は頂く」
跳躍したマンティコアは、尻尾の先端にある凶悪な長針に炎を纏わせた。これは炎系基礎魔法フレイムの応用であり、対サイクロプス戦でアルトが斧の刃に火炎を付与したのと同じ技術だ。
逃げに徹するアルトを串刺しにするべく、その針を素早く突き出した。
「チィ…!」
死の一撃を急上昇してギリギリで回避するアルト。足元を灼熱が駆け抜け、靴が少し焼け焦げる。
が、この空振りで攻撃は終わらない。マンティコアは翼をはためかせて追撃し、至近距離まで接近してから再び尻尾をビュンと振るってきたのだ。
さすがにこれを避けるのは難しいと判断して、アルトはバリアフルシールドを展開する。S級の魔力によって強固な防壁を発生させ、防ぎ切ろうとしたのだが、
「威力がダンチだな…ッ!」
マンティコアのパワーと魔法力は見た目通りに並みではなく、針を受け止めたバリアにヒビが入る。更には炎がバリア全体に延焼していき、チリチリと溶け始めていた。
「そんなバリアではな、小僧!」
もう少しで押し切れると判断したマンティコアは、もう一度力任せに針を叩きつける。
すると、耐久力を上回る負荷を受けて、バリンと砕けるようにバリアは消滅してしまった。勿論すぐに再展開することも可能だが、この無防備になった一瞬をマンティコアは見逃さない。
「小娘を手放してもらう!」
バサッと広げた黒く禍禍しい翼に魔力が流れ、その翼から強烈な突風が吹き出す。
これは風系魔法のスプレッドウインドであり、殺傷能力こそ低いものの敵の姿勢を崩すには丁度良い術だ。
「しまった! コマリ先輩!」
「きゃ、きゃあ…!」
突風によって後方に飛ばされたアルトの背中からコマリの華奢な体が離れ、クルクルと回転しながら宙を舞う。翼の無い彼女は空中で姿勢制御を行えるわけもなく、スプレッドウインドを受けた勢いのままに空を流れるしかなかった。
「クソッ!」
絶体絶命なコマリを救うべくアルトは急旋回して追いつこうとするが、それを許すマンティコアではない。
「小僧、貴様の相手は我だ」
「どけよッ!」
「断る」
コマリとの間にマンティコアが割って入り、またしてもスプレッドウインドを放ち妨害する。
これをアルトはバリアフルシールドで防ぐも、マンティコアの狙い通りに足止めをくらってしまい、コマリは地面へと落下していく。
「コマリ先輩!」
「案ずることはない。この娘は小生が預かる」
落下地点で待ち受けていたバロムナードが、ウインドでコマリの落下速度を削いだ後にキャッチする。彼の目的は自分のファンであるコマリの確保であり、マンティコアの協力を得てそれを達成したのだ。
そうしてバロムナードはコマリを抱えたまま美術館へと去って行く。
「我が主の目的は達成された。後は、貴様を排除するのみだな!」
「ふざけんな! コマリ先輩は返してもらうぞ!」
この魔物をすぐに倒してコマリを救い出すと誓うアルトは、闘志と魔力を漲らせてマンティコアへと突撃する…!




