アルトの執事姿
学校祭用の出し物が決まってから約二週間が経ち、生徒会を通じて発注していた資材や物品も届き始め、アルト達はいよいよ本格的に準備に取り掛かる。
クラス委員長であるナリアを中心として、授業の合間を縫って教室の改装案や役割分担なども話し合われ、順調にクラフト兼喫茶店が形作られていくのだ。
「シュナイド君、執事服が届いたわよ。試着して確認してくれるかしら?」
このクラスの目玉と言えば当然アルトであり、知名度のある彼が執事服を着て接客を行う姿こそ集客の要であった。
アルトはナリアから漆黒の執事服を受け取り、教室の隅で着替えて丈などをチェックする。
「サイズは問題なさそう。しかし、こういう格好は少し恥ずかしいな……」
オブライアン校長が纏っているようなベーシックタキシード型に、ロングテールコートが付随して腰回りをオシャレに演出している。
それでいながらも落ち着いた雰囲気で、アルトを見事な執事姿へと変身させた。
「ダーリン、めっちゃ似合ってるよ! ステキー!」
と、興奮気味に叫ぶのはキシュだ。翼をバタバタと激しくはためかせ、鼻息を荒くしながらアルトの全身をくまなく見つめている。
「ありがとう、キシュ。そう言ってくれるのは、きっとキシュくらいだよ」
「もっと自信を持ちなさいな。ちょーイケててモテモテ間違いなしだって! いやこれ以上モテられても困るんだけど」
実際、アルトは元々容姿が良い方であるし、衣装の魅力も相まって女子ウケは抜群だろう。
そして、このコスプレをするのはアルトだけではない。他の男子連中、ウィルもまた接客要員として渡された執事服に袖を通している。
「よお、アルト。どうよ、オレ様ってば最高にカッコよくキマっていると思わねぇか?」
アルトと違って自信満々なウィルは、堂々としてウインクを飛ばしてくる。
こういう時はヘタに恥ずかしがらず、むしろ気取っている方が格好が付くというもので、ウィルの立ち居振る舞いをアルトは参考にするべきだろう。
「かなりイイ感じ。めちゃカッコイイよ」
「だろ? けどよぉ、女子に言われてぇのよな、そーいう言葉。たとえばエミリーちゃんあたりにさ」
「まずはシュカに見せてあげなさいよ」
「そうするか……怒られたくねぇしな。にしても、この服は気に入ったぜ。学校祭当日はコレを着てナンパしまくってやる。きっと大漁間違いなしだ」
そっちの方がシュカの怒りを買いそうだが……
アルトは友人の女好きに呆れつつ、ネクタイなどを調整していると、
「いいんじゃないかしら、シュナイド君。さすがね」
着替え終えたアルトのもとにナリアも歩み寄り、その姿に見惚れている。
そもそも、アルトに執事服で喫茶店をやるよう進言したのはナリアで、見たかった光景が実現して誰よりも喜んでいた。ほとんど彼女の趣味を押し付けられた形だと言ってもいい。
「いや、そんなでもないさ……服を着ているというより、服に着られているってカンジだよ」
「まだ慣れないのは仕方ないわ。でも、暫く着用していればサマになってくるわよ。それに、生徒会長が執事の有り方について指導してくれるのでしょう?」
「うん。リンザ先輩に俺が執事役をすると言ったら、是が非でもレクチャーしたいって……かなり意気込んでいたな」
「あの方ならそう言うでしょうね……」
名家出身の真の令嬢であるリンザローテなら、執事についても熟知していることだろう。
ならば、リンザローテに指導を任せれば安心ではあるものの、ナリアにしてみれば複雑ではある。これ以上、アルトとリンザローテが親密になるのは避けたいからだ。
「でも、私だってある程度は指導できると思うわよ。というのも、私が持っている古代文明の書籍に執事について記載されていているのよ。本格的な所作なんかもキチンとね。だから、ワザワザ生徒会長の手を煩わせなくても……」
「ナリアにもアドバイスを貰えるなら心強いよ。リンザ先輩と両方の意見を参考にさせてもらうね」
「え、ええ。分かったわ」
「この衣装は借りていくね」
本当なら、”じゃあリンザ先輩じゃなくて、ナリアに教えてもらえばいいか”と言って欲しいところである。アルトに頼りにしてもらいたいし、なんなら二人きりの共同作業を増やしていきたいと思っているのだから。
だが、そんなナリアの心情は伝わっておらず、執事服を着たままアルトは生徒会室に行くべく教室を出ていってしまうのであった。
生徒会もまた平時に比べて忙しくなっていて、会長であるリンザローテは幾つもの書類に目を通して審査したり、各部門の進捗に合せて指示を出したりと多忙であった。
「ふぅ……少々準備に遅れが発生しているようですが、まだまだ巻き返すことは出来そうですわね」
若干の遅延が起きてはいるものの、このままなら予定通りに開催は可能だろうと、リンザローテは一息ついて椅子に深く腰掛ける。
生徒達の総大将として背負う責任は重大であり、プレッシャーも他のメンバーよりも強く感じていた。それによって少しだがナーバス気味で、疲労が現れはじめている。
「お疲れ様です、リンザ先輩。休憩中ですか?」
そんなリンザローテに声を掛けるのはアルトで、心配そうにリンザローテの隣に立つ。
「ええ、書類処理も一段落したので……って、その格好は例のヤツですの!?」
コスプレをしたアルトを見て、リンザローテはカッと目を見開く。愛しい人の特別な格好に疲れも吹っ飛んで、心拍の向上と共に脳も目覚めて全身が覚醒しているようだ。
「はい。リンザ先輩の実家で務められている本物の執事の方々に比べたら、ニセモノ感があるとは思いますが……」
「いえいえ、素晴らしいですわ! ああ……とてもお似合いですわぁ」
両頬に手を当てウットリとし、その目にはハートマークが浮かび上がっている。
「あの、リンザ先輩…?」
「ハッ! も、申し訳ありません、少し固まってしまっていましたわ」
「やはり仕事でお疲れのようですね。俺も補佐として、もっとお手伝いできればいいのですけれど……」
「ふふ、居てくださるだけでわたくしの力になってくださっていますわよ。さてアルトさん……今日の夜、時間はありますの?」
「クラスの方の準備も今日の分は終わっていますし、徹夜して作業をするわけではないので時間はありますよ」
アルトのクラスは予定よりも作業が進んでおり、スケジュールに余裕がある。これはナリアのリーダシップと、クラスメイト達の士気の高さのおかげであった。
そのため、夜まで居残りしなければならないという事態には陥っていないのだ。
「なら、夜の八時頃になったらわたくしの寮部屋に来てくださいな。執事の心構えなど、わたくしが直々に教えて差し上げますわ」
「いいのですか? 夜くらいはゆっくり休まれた方がいいのでは?」
「問題ありませんわ。むしろ、ぐへへ……元気になれますわ!」
「そ、そうですか。では宜しくお願いします」
「お任せを! モチロン、その服装でいらして下さいね」
リンザローテはアルトとの約束を取り付けられて、更に息巻いている。ナニを妄想しているのかは知らないが、さっきまでの疲弊した様子など微塵も感じさせず、残った仕事に全力で取り組むのであった。




