二人きりの勉強会
初日の授業は全て終了し、放課後を迎えたアルトは背筋を伸ばしながら一息つく。
初めての学校というものを体感してみて、のびのびと暮らしていた故郷とは違う感覚に疲れを覚えていた。時間でしっかりと区切られているのもそうだが、慣れない集団環境に適応するには多少の期間が必要だろう。
「アルト・シュナイドはいらっしゃる?」
聞き覚えがある声に名前を呼ばれ、アルトは教室の出入り口に目をやる。
そこには生徒会長であるリンザローテが立っており、彼女もアルトを見つけて手招きしていた。
「アルト君、生徒会長に呼び出されるなんて、また何かやらかしたの?」
「人聞きの悪いコトを言わないでくれよ、エミリー。今回は退学の危機とかじゃないと思う。個人的な用事でしょ」
「へー。あ、じゃあナニかこうイヤらしいコト!?」
「ち、違うよ!」
からかうエミリーにヤレヤレと首を振りつつ、アルトはリンザローテのもとへと向かう。
その道中でクラスメイトの、特に男子からの視線を受けていると感じたのは錯覚ではない。というのも、麗しさと高貴な雰囲気を醸し出すリンザローテは新入生からも注目を浴びており、入学式で生徒代表挨拶を行った彼女に見惚れた者は少なくなく、出来ればお近づきになりたいと願われる存在なのである。
このことから、リンザローテと接することの出来るアルトを羨む気持ちが向けられていたのだ。
「アルトさん、この後の予定は空いてますか?」
「はい、特にやる事もないので」
「なら昨日の約束通り、わたくしとの勉強会というのはいかがです? 幸い、わたくしも今日は生徒会での仕事はありませんので」
「いいですね、是非お願いします」
アルトはリンザローテの提案に頷き、カバンを取りに自席に戻る。
すると、両者のやり取りが気になったエミリーが待ち構えていて、どういう要件だったのかを問いただしてきた。
「どうだった?」
「朝言った通りさ。会長が俺の勉強の面倒を見てくれるってやつ」
「ああ、ナルホド。始業初日から家でも勉強とは……」
「会長も時間を作ってくれているのだから、それを無下にするわけにはいかないっしょ? しかも俺から頼んだことだしさ」
そう言ってアルトはカバンを肩掛けにし、エミリーにサッと手を振る。
「じゃあ、またな」
「二人きりだからってハメを外して、間違いが起こらないようにね」
「間違いってどういう…?」
「そ、そんなコト女の子に聞かないで! ともかく、エッチなのはダメってこと!」
「そういう関係じゃないって!」
アルトは意味が分かって全力で否定しながら、早足で教室を出てリンザローテと校舎を出るのであった。
二人は場所を移し、再びアルトの寮部屋にて。
勉強をするなら他にも場所がありそうなものだが、特に相談するでもなく自然とこの場所に足が向いていた。静かな空間であるという点では最適であるものの、やはり年頃の男女が密室で二人きりになるのは多少問題ではあるだろう。それこそ、エミリーのように誤解する者がいても仕方がない。
「ふふ、エミリーさんには勘違いをされてしまったようですわね」
教室でのアルトとエミリーの会話を耳にしていたリンザローテは、思い返してクスクスと小さく笑う。その時のアルトの慌てようが面白く、デュエルで相対した人間と同一人物とは思えずギャップ萌えのような感覚を抱いていた。
「エミリーには勉強をするためだとキチンと話しておいたんですけど……」
「まあエミリーさんの気持ちも分かりますわ。あの方、おそらく……」
「なんです?」
「いえ、なんでもありません。もしかしたら、彼女は強力なライバルになるかもしれませんわね」
リンザローテも乙女である。エミリーがアルトに抱いている好意の感情を察したし、それが自分のものと同種だと分かっていた。
こうなれば対抗心に火が付くというもので、少しはアドバンテージを稼げるかもとリンザローテは大胆になる。
「少々暑いですわね」
と、独自調達した改造ブレザーを脱いで、内側に着ていた白シャツを晒す。生地が薄いこともあり、ボディラインと素肌が薄く透けていて目のやり場に困る姿だ。
「さ、始めましょう」
リビングのテーブルに椅子を並べて用意したリンザローテは、隣に来るよう誘う。
「べ、別に隣でなくても」
「このほうが教科書も見やすいですわ。それとも、わたくしに近づくのはお嫌で?」
「イヤだなんて滅相もない! むしろ……」
アルトとて色欲のある男であり、修行僧のように禁欲的な生活をしているわけではない。グラマラスで美人な上級生の至近距離に近づけるのであれば当然嬉しいものだし、脳内の欲求を司るエリアから全力のゴーサインが出ている。
「むしろ?」
「あ、いや……失礼しますね」
コホンと咳払いしつつ、冷静を装いながらリンザローテの隣に着席するアルト。
鼻孔をくすぐるリンザローテの甘い香りに思考を侵食されながらも、とにかく教科書を開いて煩悩を打ち消そうと必死になるのであった。




