錬成魔法”クラフト”
アルトはミカリアの錬成魔法授業のサポートをすることになり、四苦八苦しながら素材に魔法を掛けているクラスメイトへ助言してまわる。
希少金属で扱いの難しいオリハルコンをアルトは容易く短剣へと変えてみせたが、実際には普通の木材や鉄を加工するのも難しく、かなり慣れないと成功するものではないのだ。
「アルト君、お助けぇ~!」
そんな中、エミリーも半べそ状態で苦戦しており、アルトに助けを求めた。
「どうした? こ、これは…?」
この授業での作成目標は園芸用のスコップのはずである。実際にミカリアが例を見せて、それを模倣して作ればいいのだが、
「…とぐろを巻いたヘビ?」
木材と鉄がごちゃ混ぜになり、ヘビが渦巻き状にとぐろを巻いたようなナニモノかがエミリーの机の上に置いてあった。
コレをスコップと認識するのは到底不可能であるが、アルトは興味深そうに観察している。
「そ、そんなに見つめないで!」
「いや、コレはコレで面白い形をしているよ。不思議な魅力があるし、ある意味で芸術品じゃないだろうか」
曲面は美しく、交じり合った木材と鉄のコントラストは不気味さを醸し出しながらも目を引く。狙って出した物ではないからこそ、一点ものの芸術的な価値があるのではとアルトは惹かれていた。
「エミリー、キミは天才かもしれない。さっそくコレを美術館にでも寄贈しよう」
「恥ずかしいからイヤだよ! 進級するためにも技術を身に着けなくちゃだから、ちゃんと錬成出来るようコツを教えてほしいの」
「なんか惜しい気もするけど、任せて。とりあえず、もう一度やってみせてよ」
エミリーのどこに問題があるのか見極めるべく、アルトは新しい素材を渡して再チャレンジするよう促す。
受け取ったエミリーは自信無さげに木材と鉄を掌の上へと乗せた。
「よぅし。今度こそは……クラフト!」
魔法陣が淡く光り、素材が溶け合っていく。その光景は神秘的で、まさしく超常現象が引き起こされるのだが、
「ひぃ~……どうしてこうなるの……」
またしても目標物であるスコップは出来上がらず、今度は栗のイガ部分のように球体にトゲトゲが突き出る形状となった。
二度目の失敗にエミリーはしょんぼりとし、自分の才能の無さに呆れている。
「むぅ。やっぱりC級魔法士じゃ錬成魔法は難しいのかなぁ」
「そんなことはないさ。練習を重ねて慣れれば上達するものだよ。最初こそ大変だけど、こうして授業を通してゆっくり学んでいけば、一年生が終わる頃にはエミリーだって得意になっているかも」
「だといいけどねぇ。アルト君は昔から錬成魔法は結構やってたの?」
「ああ、まあね。俺の故郷にゃ店自体が少なくてさ、しかも貧乏だから必要な道具は錬成で揃えるのが普通になっていたんだ。こういうスコップは勿論、クワとか包丁とかもね。だから俺も慣れてたんだよ」
アルトは故郷を懐かしみつつ、錬成魔法を得意としている理由を口にする。貧乏な家庭で生活をしていくためには、この魔法を扱いこなさなければならず、だから授業でのレベルを超えて習得していたのだ。
「さ、もう一回試してみよう。魔力の加減もそうだけど、一番重要なのは落ち着いて集中力を高めることだと俺のお婆ちゃんが言っていた。まずは呼吸を整えてみて」
「呼吸……ひっひっふー、ひっひっふー!」
「妊婦なの…? まあいいや、次は魔力コントロールを。クラフトと唱えて魔力を流すのはいいんだけど、その時に作るべき対象物をしっかりイメージするんだ」
「イメージを……クラフト!」
唱えながら目を閉じて脳内にスコップを強く思い浮かべる。このままならば成功しそうだとエミリーは強気になって目を開けるが、
「はわわ!?」
机越しに正面にいるアルトと目が合って気が動転してしまった。まだ出会って間もないとはいえ、想いを寄せている相手なのだからこうなっても仕方がないだろう。
せっかくの集中力は吹き飛び、魔力の流れが乱れてドカンという爆発音と共に素材が四散。物体を形成するどころか、塵へと還ってしまった。
「お、おい大丈夫か!?」
「あ、うん……」
「怪我してると大変だ。よく見せて」
アルトは至極真面目な顔でエミリーの頬に手を添え、自分の方を向かせて傷がないかしっかりと確認する。素材の爆発は小規模なものであったとはいえ、頭部や体と近い位置だったため負傷のリスクがあった。そのため、アルトは真剣に確かめようとしたのだ。
「あわわ!?」
一方のエミリーは近距離まで迫るアルトにドギマギしており、動悸が激しくなり息も荒くなる。しかも目が泳いでいて、さながら職務質問されている不審者のようであった。
「どこか痛いところがあるの?」
「いや、問題ないでござる! 本当でござる!」
「どこの国の言葉…?」
照れのせいで思考がオカシクなっているエミリーは、不可思議な言い方をして両手をブンブンと振っている。
「とりあえずは大丈夫かな。もし違和感や痛みがあったらスグに言うんだよ?」
「う、うん」
スッと離れるアルトの温もりを惜しむように、無意識に彼の手が当たっていた頬を片手で押さえるエミリー。これでは虫歯を抑えている感じに見えなくもないが、今のエミリーには痛みなどなく幸福感だけが全身の感覚を支配していた。
「あ、俺の顔はどう?」
「カッコイイよ!」
「いや、その……怪我があるかなって話なんだケド…?」
「ああ、そっちね! そうだよね! うんうん、負傷箇所無し!」
勘違いをしてカッコイイなどと言ってしまって真っ赤になり、エミリーは誤魔化すようにグッと親指を立てる。この数分間、乙女回路を刺激されっぱなしで妙なテンションになってるようだ。
「そ、そうか。ともかく気を付けないとね」
ある意味でアルトのせいでもあるが、ここで彼の責任を追及するのは酷というものだろう。
結局、エミリーはその日の授業では錬成魔法を成功させられず、失敗した奇怪な造形物を提出して終わるのであった。




