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ミニチュア大好き令嬢はお人形の名前に気付く

『聖女の仕事は、瘴気の浄化と国境の防御壁の管理の二つに分けられます。前者は王宮仕えの聖女が、後者は姫妻の聖女が主に担当します』


 まだ妃教育が始まったばかりの頃の夢を見た。初々しい7歳の私が、その歳が持ち上げるには大きすぎる本を一生懸命開いている。


『よろしいですかレディ・カナン。聖女の能力は貴族の女性に多く発現します。貴女も5歳のお誕生日を迎えた日に発現しましたが、多くの場合は5歳から7歳の間に発現するとされています。個人差はありますが』


 この授業はよく覚えている。先生がやたら個人差を強調していたのと、本来なら一緒に教わる筈だった『王族男性に発現する能力』が飛ばされたのが印象的だった。


『先生、次のページは読まないんですか?』


『……ええ、今日はやめておきましょう』


 今思い返してみると、当時の王宮は普段の比にならないほどピリついていた。……元婚約者で私と同い年の第一王子ディミアンが、7つの誕生日を迎えても能力の発現が来なかったからだ。


(それだけじゃなかった気もするけど……)


 とにかくそんな背景があったからか、当時の私は何かと「ディミアン様を支えられるように」と無茶振りをされていた。通常の数倍詰め込まれた忙しい妃教育をこなし、たまの休みは押しかけてきたアリサの相手をする日々だ。


(そんな姿を見て不憫に思った父がくれた兎の人形が、私のミニチュア道の始まりだったっけ)


……その時の人形はアントワーヌでもエルマーでもない。朧げな記憶の中では、誰か大切な相手に渡した筈だ。静養で領地に帰ったお友達だったか、他国にお嫁に行ったお姉様だったか。


(アリサじゃない事は確かね)


微睡みながら記憶を辿る。魔法みたいに立派な庭園でおままごとをしたあの子は一体誰だったのだろう。最初の兎、アントワネットを渡したあの子。


『カナンさま、次にウサギのお人形をお迎えしたら「あんとわーぬ」って名前にして沢山かわいいお洋服を着せてあげてくださいね。そしたら、わたしきっとあなたを見つけますから』


『わかったわ!……でも、どうしてアントワーヌなの?男の人の名前でしょう』


『それはね、その名前にしたら私と同じになるから』


「貴方と同じ……?」


 ***

 昨日の今日だから安静にしていろと強引にベッドに寝かそうとするリサに、せめてアントワーヌとエルマーをと駄々をこねた私はベッドで2人の着せ替えに精を出していた。


「……ねえリサ、思えば『アントワーヌ』って男性名よねえ」


「今更ですね!?」


「いや、当時は敢えて付けたはずなのよ。はっきりとは覚えてないけど。……本当に今更だけど、今からでも改名しようかしら?アンナとかアンジェリカとか」


 人形に性別は無いけれど、男の子の名前を持つ子にドレスを着せるのはちょっと可哀想な気がしてきた。


「でも、あなたはずっと『アントワーヌ』だったのよねえ……」


 小さな白い手にレースの手袋を着せていると、窓の外から私の名前を呼ぶ声がする。


「あら、ルカ様ですね……あらっ!?」


 窓を開けて素っ頓狂な声を出したリサに思わず駆け寄ると、目を疑う光景が広がっていた。

 あの広いだけで雑草しか生えていなかった庭が見事に整備されているのだ。


「カナン様〜!体調はいかがですか〜!!」


 花々が咲き乱れる庭園もさる事ながら、一際目立っているのは端に広がる畑だ。いや畑!?しかもなんだか物凄く色んな種類の作物が出来ている。……本当に何故?


「トマトとおナスが収穫出来たので!!今晩はこれを食べましょうね〜!!」


 そしてその畑の真ん中で腕いっぱいに野菜を抱えて笑っているのは、ルカ様本人だった。

 もうどこから突っ込んで良いやら……。


「ね、ねえリサ。ちょっとだけ庭に出ても良い?ちょっとだけ、先っぽだけだから、ねっ?」


「何言ってるんですか。ほら病人は安静にしててください!ちゃんとあのお野菜はお夕飯に出しますから」


 ベッドに強制連行される直前に手を振ると、子犬が尻尾を振るみたいに手を振りかえすルカ様が見えた。


「……本当にお姫様なのかしら。変な子だわ」

 変だけど、物凄く可愛くて良い子だ。


 昨日できた疑問と今朝の妙な夢の事はすっかり忘れた私は、嬉しそうに野菜を抱きしめたルカ様の笑顔だけ思い浮かべながらもう一度眠りについた。

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