ミニチュア大好き令嬢は病弱王女と対面する
どんな関係性であれ、肝心なのは第一印象である。だからこそ淑女は美しい立ち居振る舞いを徹底的に仕込まれる。……そういう意味では、アリサの第一印象はかなり最悪……じゃない、個性的だったと言える。
「アリサね、ピンクが好きなの。だからカナンお姉ちゃまのブローチ、アリサにちょうだい?」
同い年である。
(薄ピンクのローズクォーツで彫られた花のブローチ、まんまとアリサに横取りされて呆然としたっけ……)
などと昔を振り返っている場合ではない。急いで自力で身なりを整え、玄関へ向かいかけふと足が止まる。
「……そういえばルカ様って、私の事なんて聞かされてるんだろ……」
王女ルカ。名前だけは知っている、ディミアンの妹君だ。元々体が弱いとかで幼少期から学園時代まで一度も王宮を出た事がないらしい。……そんなお姫様がこんな不便な土地で大丈夫なのだろうか。
っていうかルカ様視点だと罰ゲームすぎじゃない!?私の事を悪役令嬢だと思っている場合は「急に辺鄙な土地で意地悪で有名な元義姉と生活する事になる地獄」で、悪役令嬢だと思っていなくても「兄が無理やり婚約破棄した元義姉と急に気まずい同居生活」
ってことじゃんね。最悪だ。……なるべく怖がらせないようにしよう。
気を取り直して階段を降りると、丁度玄関が開くところだった。
……第一印象、美少女。
薄桃色の髪はこの年頃の令嬢にしては珍しくショートカットだが、ふわふわとした猫っ毛が華やかな印象を与えている。左右一房ずつパールの飾りを使って編み込まれていて、まるで薔薇に朝露が付いているようだ。
とろんとした瞳は深い青色。小さな薄い唇には端に黒子が一つ。人形のようでありながら隙のある、妖精のような少女だった。
「カナン様、ですか?」
声可愛すぎない?
「え、ええ。初めまして、カナン・ミニアチュールですわ。これからよろしくお願いいたします」
「こちらこそ!あっ、ルカ・シルヴァーと申します」
段差のない場所で向かい合うと、思ったよりルカ様は背が低くなかった。3つ年下の15歳にしてはある方だ。学園でもかなり大柄だった私とさほど変わらない目線に驚いていると、ルカ様がそっと沈黙を破ってこちらに微笑みかけた。
「なんだか安心しました。姫妻の相手がカナン様のような優しそうな方で嬉しいです」
「……わたくし優しそうに見えます?」
「ええ、とっても!」
……これはお世辞でも嬉しい。ディミアンは事あるごとに私を性悪だなんだと言っていたし、アリサの被害者ムーブもあいまって学園では遠巻きにされていたから、純粋無垢な笑顔がひたすらに眩しい。
「ありがとうございます、ルカ様。わたくしもルカ様のような素敵な方がお相手でとても光栄です。これから聖女のお仕事を2人で頑張りましょうね」
「あっ、あの、それなんですが」
「どうかなさいました?」
「私、お勉強はしたんですけど、どうしても聖女の能力は使えなくて……」
聖女の能力とは簡単に言うと聖魔法を使った防御壁の生産と管理である。というこ事はここら一体の防御壁を私1人でやらなきゃいけないのか。なるほどディミアンとアリサが考えつきそうな嫌がらせである。
「で、でも!それ以外の事はお任せ下さい!私、大抵の事は1人で出来るように頑張ったので!」
「大丈夫ですわルカ様、無理なさらないで。お身体に障るでしょう?」
「……ごめんなさい」
淋しげに俯くルカ様を励ましながら頭の隅で、これはもしかしなくても趣味に精を出す暇なんて無いのでは?と冷静になっている自分がいた。
「書面上とはいえわたくし達は夫婦ですから、補い合う事は必要ですわ。でも、自分の出来る範囲で良いとわたくしは思います。それにここは王都ではないから、完璧で無くても誰にも責められませんわ。ね?」
「……カナン様はやっぱり優しい方だわ」
うっ、笑顔プライスレス。こんな美少女と一つ屋根の下で暮らすならワンオペ聖女くらいの我慢は必要なのかもしれない。
しかしそんな私の密かな覚悟は、拍子抜けするほどすぐに覆されたのだった。