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ミニチュア大好き公爵は娘を憂う

「やっぱり少女趣味な布は少女に着せてこそね!」


 最早諦めて遠い目をしている執事とメイドを背に、私、公爵令嬢カナンは凄まじい速さでお気に入りの人形「アントワーヌ」にドレスをこしらえていた。ドレスの生地は先程まで私が着ていた薔薇色のローブ・ア・ラ・フランセーズ。


無惨にばらされたパーツのスカートはアントワーヌのドレスに、ローブ(マント)はアントワーヌのテーブルクロスに、リボンはボンネットに変貌しており、小さな兎のアントワーヌは国一の令嬢になっていた。



「ああ可愛いわ私のアントワーヌ……誰より可愛い!何より可愛い!」


心なしか普段より気高い表情のアントワーヌを両手にちょこんと乗せ、じっくりと細部まで眺める。


「見て頂戴リサ、このバックリボンの絶妙な位置を!薔薇の刺繍とのバランスが素晴らしいでしょう?」


「……そうですね、お嬢様」


「ほらガスパール、裾の刺繍も素晴らしいの!細かなダイヤモンドが縫い込まれているわ。でもこれ、ガラス細工のコスチューム・ジュエリーなのよ。ミニアチュール領の職人の技が光っているわ!」


「そうですね、お嬢様……」


長年共にいるから表情でわかる、執事ガスパールとメイドのリサの心は一つ。


(お嬢様、それはご自分が着た時に仰るべきでは……?)



***


ミニアチュール領は手練れの職人が多く住んでいる。


繊細な細工を得意とする彼らの作ったガラス製のコスチュームジュエリーや花の紋様を彫った家具はこの領地の特産品でもあり、ミニアチュール家はそれらの儲けを元手とした様々な産業で発展していた。


 そんな家に産まれた私カナンは、公爵令嬢かつ次期国王候補の婚約者という身分でありながらも王妃教育の合間を縫っては職人の技術を習得したため一時期は天才だなんだと呼ばれていた。


 現在、人は私を最大限の敬意を込めて『変態』と呼ぶ。


「そんなお嬢様でも、やるべき事はきちんと取り組まれていました。王妃教育も魔法授業も素晴らしい成績でしたのに……リサは悔しゅうございます」


涙ぐむメイドのリサに執事ガスパールは頷く。


「大勢の前で罪をなすりつけられ婚約破棄をするなど、ディミアン王子は何をお考えなのか私には分かりかねます。あまつさえ身分の低い男爵令嬢と婚約をするなど……」


暗い顔の従者2人とは反対に、カナンは大興奮で小さな扇子を組み立てていた。勿論使われる布はかつてドレスの裾を縁取っていたレースである。


「何言ってるの2人とも。これからは王妃教育の時間も聖女としての修行も無いのよ!!刺繍の時間にかこつけてアントワーヌのブラウスに刺繍をすることも、早起きしてエルマーの箪笥を彫る時間を作る事もない。自由!自由よわたくしは!!!!!!!!!!」


さようなら、王妃様。手取り足取り教えて下さった淑女としての振る舞いの数々は忘れません。


さようなら、王室仕えの魔道師様、司祭様。聖女としての勉強は正直1番怠かったけれど、今までお世話になりました。


さようなら、ディミアン。婚約破棄って事は貴方に(正確には貴方の家に)頂いたドレスやハンカチ類、全部有効活用させて頂いて構わないって事よね。そうよね?


さようなら、アリサ。私を蹴落として王妃になるって事は多分今後会う事も無いし、家同士の繋がりで私の屋敷に遊びに来る事もないのよね。え、嘘。言葉にしたらめちゃくちゃ嬉しいわ。何この解放感。


「こんなに解放的なら、わたくし一生独身で良いわ……ねっ、アントワーヌ」


「そんな訳無いだろう」


振り返るとお父様が立っていた。娘が辱めにあった悲しみと勝手に婚約破棄をした王子に対する怒り、あと私の作った新作のミニチュア作品へのソワソワで顔が凄い事になっている。


「カナン、私の可愛い娘よ。後の事はお父様に任せなさい。法の元に王子とあの男爵家を裁くからね」


「そんなの良いですわ、お父様。それにわたくし、姫妻になるのも別に構わないと思っていますの」


「そんなの駄目だよカナン。姫妻になるという事はつまり……」


「『結婚せず、子を産まず、女同士の契りを結び生きていく、女の喜びを全て捨てた終身刑』でしょう?」


 姫妻制度とは女同士で結婚の儀を行い、夫婦として片田舎に屋敷を構え聖女の仕事を行う制度のことだ。儀式の中で伴侶以外とは妊娠しない魔法がかけられるため、今後子孫を残すことは絶望的になる。

それらの事から貴族の女性の間では何より残酷な罰と言われていた。


「姫妻になれば、実質的に子を成すことが叶わなくなる。奇跡でも起こって女同士で身籠る事でも無ければお前は一生親になれないのだよ」


「わたくし別によろしくてよ。ミニアチュール家はお兄様が継いで下さるし、子供は居てもいなくても人生に関係ないと思いますの。お父様とお母様が抱ける孫の数は減りますけど」


「私たちのことはどうでもいいんだ。カナン、お前の人生の話をしているんだよ」


「本当に良いのよ、お父様」


 辺境の地で聖女として定期的に祈りつつ、老いて死ぬまで楽しくミニチュア三昧。姫妻の相手となるルカ様とは会った事も無いけれど、まあそれなりに仲良く出来るだろう。それにアリサに振り回される事も、ディミアンに睨まれる事も無くなるのだ。


「お父様、わたくしリリスの地に行きますわ。職人達にご挨拶をしたら、直ぐにでも出発します」


何より、面倒くさい社交界とおさらばできる!



__カナンを支えてきた3人の目には、ただただ気丈に振る舞う淑女として彼女が映っていた。子の心親知らず。カナンが本気でそう思っているとは誰も信じないのであった……。

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