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アイアン・メイデン  作者: 荒宮周次郎
3/3

狩人

ベルがアリシアと小屋で話している頃、ベニア村へと続く長い街道を歩く者達がいた。




「ねぇ、本当にやる気?」


 まただ。エドは何度目かになるこの質問に心底うんざりしていた。


「もうこの話は済んだろ、ザネリ。俺達はやるんだ。それ以外ない。」


 エドは答えた。途中までは馬車に乗っていたのだが、ベニア村に行くにはこの道を歩いていくしかないらしい。あまりいいとは言えなかった乗り心地の馬車も、こうなると恋しくなってくる。


 ザネリと呼ばれた魔術師は、明らかに納得していないようだった。長い髪の間から、神経質そうな目でエドのことを見返してくる。この旅に出る前から、彼女は珍しく計画に乗り気ではなかった。目標が近づくにつれ、その不満が噴出してきている。


「やめときましょうよ。アリシア・ロウランと戦うなんて 無謀すぎるわ。」


「なんでだよ。奴が元円卓の騎士だからか?」


 エドは苛立ちながら問いかけた。


「それもあるけど……。」


「ビビりすぎだぜ、お前。」


「そー、そー。ボクらがしくじる訳ないじゃん。」


 エドの言葉に、少し後ろを歩いていたキーノが同意した。彼は小人族故に小柄だが、元暗殺者であり、その腕は1級品だ。


「ザネリのその慎重さは大事だよ。ボクも警戒するべきだとは思ってる。でも、ボクらが今回の標的について知っていることはあくまで噂だけじゃん。それだけ聞いて手を引くってのは早いんじゃない?」


「それに、教会が出した賞金の額を見ただろ。一生遊んで暮らせる額だ。諦めるなんてありえねえ。」


 エド達『烈火』は賞金稼ぎの一団だ。人だろうと魔物だろうと、賞金首とあれば関係なく狩り殺してきた。しかし、別に好き好んでそうしてきた訳ではない。


 エドは冒険者から落ちぶれてこの仕事しているし、ザネリは魔術の研究資金のためにやっている。キーノだって金のためだ。この仕事が成功すれば、3人全員がこの生活から抜け出せる。


「教会によると生死は問わないって事だけどさー。流石に生け捕りは難しいだろうね。まあ、どっちでも報酬の額は変わらないみたいだし、殺した方が手っ取り早いからボクはいいけど。」


「でも、二人とも聞いたでしょう?ロウランは1人でドラゴンを倒してるのよ。高位の魔族とも互角に渡り合えるって聞くし、まともに勝てる相手じゃないわ!」


「どれも酒場のくだらねぇ噂だろうが!」


 ドラゴンや魔族は、そこらの魔物とは比べ物にならない程危険な存在だ。人間1人で勝てる訳が無い。


「そういう噂は、決まって尾ひれがついてるもんだ。もしくはそう自分で言いふらしてるとかな。」


「ただの噂じゃないわ。」


「どうしてそう言いきれる。」


 今日のザネリはやけに反抗的だ。エドは心の中で舌打ちした。


「私、昔円卓の騎士の1人を見たことがあるの。遠目に見ただけだし、別に戦ったりしたことがある訳じゃないけど……。見ただけで分かるわ。彼らは別格よ。敵に回すべきじゃない」


「でも、そいつはロウランじゃあないんだろ。」


「ロウランは円卓の中でも実力者だって聞いてる。彼女だけが別なんて考えられないわ。」


「そこまで言うなら暴露しちゃうけどさー。」


 険悪な雰囲気になっていたエドとザネリは、二人揃って嫌そうな顔をキーノに向けた。キーノがこういう事を言い出す時は大抵───。


「ボク、アリシア・ロウラン本人を見たことがあるんだよねー。」


 とんでもないことを言い出すのだ。


「アンタ、なんでそんな大事なこと黙ってたのよ!」


「いやー、だってさー。2人がロウランを倒して『え?この程度?』って拍子抜けしてる顔が見たかったからさー。」


 ニヤニヤ笑いながらキーノは続ける。顔を真っ赤にしたザネリは、今にも掴みかかりそうだ。


「ボクもザネリみたいに、遠くから見てただけだしね。ちょーど、別の仕事してる時で、教皇の宮殿に潜入してる時に見たんだ。当時の知り合いから聞いてたけど、ホントに人形みたいな奴でさ。すぐ分かっちゃったよ。ただ、正直気が抜けちゃったね。遠目からとはいえ、全身隙だらけなんだもの。あんなの、暗殺者からしたら楽勝さ。いつでも殺してくださいって感じ。」


「お前、宮殿に潜入って誰を……いや、やっぱりいい。聞きたくない。」


 エドはわざとらしく耳を塞いだ。キーノの話に深入りすると危険だというのを、過去の経験から知っているからだ。


「貴方が見たのは、本当にロウランなの?」


「というと?」


「偽物だったとか、そんなことは無いのかって話よ!」


「あー、そういう事?影武者じゃないのかって事ね。まー、そりゃ可能性はゼロじゃあないけどさー。仮にも武勇で鳴らしてる人が、有事でもない時にそんなことする?普通。それに聖騎士ってのは、面子をすっごく気にする奴らじゃん。教皇がそうしてるってなら分かるけどさ。場所も宮殿内だし。」


 ザネリは押し黙ってしまった。


 キーノの言う通り、偽物という可能性は低い。普段の彼からして、見間違いをするというのも考えにくい。キーノの言うアリシア・ロウランの姿は、話で聞くものとあまりにも差がありすぎるが、彼の実力をザネリが知っているのもまた確かだ。キーノが隙だらけだったと言うなら、少なくとも彼が見た人物は本当にそうだったのだろう。


「とにかく、警戒するのは大事だけど、しすぎるような相手じゃないってこと。それに、もしホントにヤバそうな相手だったら、ちょっとだけ見て逃げればいいじゃん。」


「それは、あなたの足なら可能でしょうけど……。私には無理よ。」


 キーノの気楽な発言に、ザネリは弱々しく返す。


 魔術師が戦士に1度でも接近されたら、離脱するのは非常に困難だ。肉体能力は比べるまでもない。魔法を唱えるのも難しい。ザネリは転移魔法を扱うことも出来るが、発動までに時間がかかるので、よほど格下の相手でもない限り逃げるのはほぼ不可能である。


「大丈夫、大丈夫!」キーノが気楽に手を振る。「偵察はボクがするし、何かあってもエドが殿をしてくれるって。ザネリはもうちょっと気楽に構えてくれればそれでいいよ。それに、今はエペタムもいるじゃない。前衛はバッチリだよ。」


「そうだな。おい、新入り。お前もザネリになんか言ってくれよ。さっきからだんまりじゃねぇか。」


 エドは『烈火』の最後の一人、最後尾をに歩く男に声をかけた。染めているのか、緑の髪を後ろで結んだ痩身の彼は、己の髪のように緑に煌めく片刃の刀剣を背に担いでいた。


「え、自分っスか。」


 声をかけられると思っていなかったのか、エペタムはきょとんとした後、困ったように笑った。


「いやぁ、自分はまぁ、どうするのがいいかよく分かんないっス。けど、キーノ先輩の言う通り、何かあったら逃げりゃいいんじゃないスかね。逃げれば。」


「おいおい、あくまでも逃げるってのは最終手段だからな。お前も俺みたいに良い剣を持ってんだから、しっかり気張ってもらわないと困るぜ。」


「そんなぁ、無理ッスよ〜。自分のは見た目だけッス。リーダーのは特別じゃないっスか。聞きましたよ〜、リーダーの剣って火を吹くんでしょ?火!カァッコイイなぁー。」


「皮肉か?」


「うん?何がっスか?」


「……そんな変な持ち上げ方しても何も出ないからな。」


 エペタムは、『烈火』が新しいメンバーを募集していたところ、数ヶ月前にパーティー加入を志願してきた。回復魔法が使える人材を探していたので、剣士と知った最初は断ろうと思っていたが、彼は回復魔法をそこそこ扱えたし、戦士としての腕も確かだったのでメンバーに加えた。無名なのが気になったが、調べても犯罪歴などは出てこなかったし、キーノがメンバーにいる段階で気にしても今更である。チームに迷惑をかけなければ、過去がどうであれ気にしない。賞金稼ぎなんて、後ろ暗い所のある奴らばかりなのだから。


 とはいえ───。


「お前のその、わざとらしい話し方はどうにかなんねぇのか?」


「いやぁ、変えようと思えば変えられると思うんスけどねぇ……。まぁ、人の言うところの性分って奴だと思って、諦めて欲しいっス!」


 にこやかに言うエペタムに、エドは眉を顰めた。やっぱりこいつの加入を認めたのは失敗だっただろうか。しかし、キーノとの仲は良好のようだし、ザネリとも意外と良い。何より、彼の実力もさる事ながら、彼の剣が持つ能力は賞金稼ぎにとっては非常に有用な物だ。手放すのはあまりに惜しい。


「でも、もしかしたらエドの炎は、今回は役に立たないかもしれないわね。」


 エドがエペタムについて考えていると、ザネリが口を挟んだ。


「そりゃまた、なんでっスか?」


「聞いた話だと、ロウランに魔法は効かないそうよ。」


「ええっ!?そんな事ってあるんスか?」


「……魔法に生まれながらに耐性を持つ人はいるわ。でも、何もしなくても完全に無効化出来る人は非常に稀ね。問題はどこまで無効化できるのかってところだけど。ただ、これは必ずしも私達に不利に働くことじゃないわ。」


「というと?」


「魔法に耐性がある人は、魔力伝導が低いとされているの。」


「魔力伝導?」


「魔力を伝える能力のことよ。人の場合は自分の肉体にね。縮めて魔導って呼ばれることもあるわ。魔導学とか、聞いたことない?」


「いえ、全く。」


「魔術師にとって、魔導率が高いか低いかっていうのは結構重要な要素なのだけど。貴方、回復魔法使えたわよね?」


「自分、天才っスから。」


「……それは良くないわね。魔導学について理解していないと、思ってもないところで問題が起きる場合がある。聖暦1295年に起こった事例では、ある魔術師がゴーレムを作ろうとした際に材料の魔導率を誤った結果、必要以上に魔力を注ぎ込み過ぎて暴走、そのゴーレムを鎮めるまでに10人以上の死者を出してる。それを抜きにしても、魔導学はあらゆる物体の魔導率を理解し、魔力を効率よく流すことに必要不可欠で、今後使える魔法を増やしたり新たな魔法を研究するなら───」


「ストップ。ザネリ、ストップ。お前がエペタムを心配するのは分かるし、魔法に対する熱意も理解してる。でも今は、今回の仕事に必要なこと──ロウランに関わる事をエペタムに教えてやれ。」


 ザネリは、話を中断された事に不満気な顔をしたが、渋々エペタムへの説明に戻った。


「……仕方ないわね。魔導学についての勉強は戻ってからにしましょう。」


「結局そこはするんスね。」


「で、アリシアの魔導率が低いということは、彼女は魔法を使うのが得意ではないということになるの。魔法を使うには、自分の魔力を使うにせよ、他の物から供給するにせよ、一度自分の体を魔力が伝わっていく必要があるのよ。魔法が効かないって言われる程なら、魔法はほぼ間違いなく使ってこないわ。そこは私達にとって有利に働く。」


「まあ、俺みたく魔導具で魔法を使ってくるかもしれないけどな。」


 エドの言葉に、ザネリは首を傾げた。


「どうでしょうね。魔法耐性がある人程度ならまだしも、魔法無効ともなれば、使える魔導具はかなり限られると思うわ。『鉄の乙女(アイアン・メイデン)』とはよく言ったものね。」


「『鉄の乙女』?なんスか、それ。」


「アリシアの異名よ。金属は一部の物や特殊加工されたものを除けば、魔導率が極めて低いの。魔導具に使われている物は、ルーンを刻んだりして対処してる。特に、鉄や鋼は最悪とされてるわ。だから『鉄の乙女(アイアン・メイデン)』。」


「他にも、金属みたいに冷てぇ女だからとか、理由は色々あるみたいだぜ。」


「ボクはもっと別の理由を聞いたけどねー。」


「どんなの?」


 ザネリが問うと、キーノのイタズラっぽい笑みが深くなった。


「性格がキツすきて、未だに『乙女』だからなんだって。どっかの誰かさんみたいだね。」


 言い終わった瞬間、ザネリの鉄拳がキーノの頭頂部に炸裂した。


「痛いなぁ……ちょっとからかっただけ……。」


「ちょっと……何?」


「いや、ごめん。なんでもない。なんでも!ねぇ、エド?」


「そ、そうだな!と、そんなことより早く村に行かねぇと。なぁ!」


「そうっス!無駄話してる場合じゃあないっスよ!」


 怒ったザネリは危険だ。男3人は、彼女と目が会わないように顔を背けた。


「そうだ、エペタム。ロウランの位置は変わってないか?一応、確認しておいてくれ。」


「え?あ、りょーかいっス。」


 エペタムは立ち止まって、目を閉じた。刀の刃を地面に向け、前に掲げている様は何かの儀式のように見える。エドは、彼が刀の能力を使用したことを察した。


「どうだ?」


「……見えたっス。」


 エペタムは、ゆっくり目を開いて答えた。


「ロウランの位置は変わってないっス。日がある内に辿り着けるっスよ。」

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