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デニストン

「そもそもデニストン長官は何をしているんだ」


 怒りの収まらないアランの矛先はデニストン長官に向かった。


「デニストン長官は、先週、ホワイトホールに掛け合い、予算増加の申請を行っていると言っていたが」


 年長のゴードンがなだめるように言った。


「遅い、遅すぎる! 代わりに大して成果を出していない『Hut3』の人員を連れて来いよ」


 アランは吐き捨てるように言った。


 第一次世界大戦の終戦直後から、20年以上GC&CSのトップであったデニストンは、優秀なトップであり、彼のリーダーシップのもと、第2次世界大戦前まで、GC&CSは多くの外交文書を解読できており、結果を出していた。

 また、アランを始め、学者肌の暗号解読者の採用を積極的に行ったり、チェス、言語学者、クロスワードパズルなど様々な分野から人材を募集したのも自由と個性を重視する彼の考えが大きく反映されたものであった。

 そして、ロンドンオリンピックのホッケーの銅メダリストである彼は、チームプレイを大切にし、GC&CSの癖の強い暗号解読者達をまとめていった。また、彼のチームプレイは排他的ではなく、フランスやポーランドとの情報共有を行ったり、国をまたいだ協業にも積極的であった。


 組織が大きくなり、数千人規模になったこの時期でも彼はそのスタイルを変えていなかった。最近も、アメリカとの情報共有のため、大西洋を渡り、日本との開戦を見込み、米国陸軍信号情報局との連携体制の構築など行った。一方、急拡大している組織運営には疎く、部門間の利害調整などは適切に行われなかった。そのため、上位の人間関係が破綻し、成果が出ていなかった『Hut3』も適切に対処されず、組織の手綱がうまくとれていなかった。


「MI6のメンジーズ長官は駄目なのか?」


 Hut8の副リーダー、ヒューが訊く。


「ああ、デニストン長官に話を通すようにお願いしているが、デニストン長官とメンジーズ長官は最近どうもうまくいってないらしく、コミュニケーションできていないという噂を聞いている」


 スチュアートが答えた。


「大変な時期に個人感情で余計な障害つくるなよ」


 アランがそう言うと、暫く沈黙が続いた。


 そして、その沈黙を破ったのは、アランだった。


「こうなったらチャーチル卿に直接訴える」


「おい、いいのか、教授。立場がまずくなるぞ」


 アランは、この中では『教授』と呼ばれていた。


「私はブレッチリーにずっといるわけではない。別に構わないさ。ヒュー、いざとなったら君がこの『Hut8』を引き継げばいい」


「いや、教授だけに責任を負わせるのはだめだ」


 ゴードンが言う。


「ああ、我々4人で連名で書けば、上もそう簡単に手を出せないだろう」


 そう、スチュアートが付け加えた。


 こうして、窮状を訴えた手紙の草案をアランが書き、他の3人が追加や修正を行った。手紙は、アランの名前を筆頭に4人の連名とした。そして、手紙を持っていくのは、アランの無遠慮な提案でスチュアートになったのである。


【暗号解読者の採用(こーどぶれーかーのさいよう)】

 GC&CSの長官であるデニストンは、優秀な暗号解読者の採用を様々な方法で異なる分野から試みていました。例えば、デイリーテレグラフ社がクロスワードパズルの大会を開き、参加者に個別に連絡を取ったり、古代エジプトなどの文字を研究するパピルス学の専門家を雇ったりしました。また、彼は、ハイファンタジーの金字塔である「指輪物語」の作者であり、当時大学教授であったJ・R・R・トールキンにも声をかけます。トールキンはGC&CSでレクチャーを受けましたが、働くことはありませんでした。まあ、おかげで第2次世界大戦中に「指輪物語」の大半を執筆できたのですが。


【Hut3(はっとすりー)】

 1940年1月、ドイツ陸軍及び空軍のエニグマの解読結果を報告するために作られた部門です。実際ドイツ陸軍及び空軍のエニグマの解読は、ゴードン率いるHut6が担当していましたが、その結果をまとめ、チャーチルや連合軍司令官に報告します。当初、主要な4名の人間関係が破綻しており、1942年7月、そのうち3名を異動させます。その後は、大きな問題もなく、膨大に解読されたエニグマの情報をまとめて、連合国の勝利に貢献します。


【MI6(えむあいしっくす)】

 英国情報局秘密情報部(SIS:Secret Intelligence Service)の通称です。国外の秘密情報の収集および情報工作を任務としています。「ジェームズ・ボンド」シリーズのジェームズ・ボンドは、MI6勤務という設定です。トップは「C」と呼ばれるそうです。これは、シンクレアの前任者で初代長官のマンスフィールド・スミス=カミングがイニシャルの「C」を使っていたことからきています。

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