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白と赤

 スチュアートは、鞄を頭の上に持っていき、雨が降る中、小走りに首相官邸を出る。そして、近くの建物の屋根の下で、タクシーを探す。タクシーはすぐに見つかった。スチュアートは鞄を運転手の隣に置き、後部座席に乗り込む。そして、GC&CSのあるブレッチリーに帰るため、ユーストン駅に向かうようお願いする。


 スチュアートは、一つの不安が消えた中、車窓の中から小雨になった外を眺めていた。信号で止まると、雨に濡れてダランとした白と赤の旗が目についた。この辺は大使館が多く、旗が掲げられる建物は特に珍しいことではない。しかし、スチュアートは、その白と赤の旗、つまり、ポーランドの国旗から、その建物が大使館ではないことに気付いた。


 ポーランドは既にナチスドイツに取り込まれ、ロンドンにあるのは大使館ではなく亡命政府である。ポーランドの亡命政府の拠点は、当初パリにあった。しかし、1940年6月のパリ陥落後は、フランス西部のアンジェに、そして、ロンドンに移転された。


 エニグマの解読は当初、歴史的にドイツの脅威さらされていたポーランドで成功していた。ポーランド暗号局は、言語学者が主流だった暗号解読にドイツ語ができる数学者を採用する。そして、1932年、フランスの情報機関がスパイのハンス=ティロ・シュミットから得たエニグマの資料により、ポーランドの数学者マリアン・レイェフスキ達がエニグマの内部構造を解明し、ドイツ軍のエニグマの暗号解読に成功した。


 その資料には日鍵が載っていたが、解読を実用的なものにするためには、日鍵がない場合も解読に成功しなければならなかった。しかも、日鍵であるため数時間以内という時間制限がある。レイェフスキ達は、さまざまな工夫により、日鍵の特定を行う。それは、数学や運用上の弱点を使用し、日鍵の各設定を絞り込み、残りの候補は機械を使用して、総当たりで試すというようなものだ。それにより、日鍵の数時間以内の特定に成功していた。しかし、ドイツ軍も、ローターの更新頻度を高め、プラグボードの配線数を追加するなどエニグマの改良を行っていた。暗号解読は、イタチごっこのようなものであった。


 1938年、レイェフスキ達は、解読プロセスの高速化ができる暗号解読機「ボンバ」を開発した。「ボンバ」は、ポーランド語で爆弾という意味で、アイスクリームの名前が由来である。この「ボンバ」は、確認用のため2回日鍵を繰り返すドイツ軍の運用を利用する。その運用により絞り込んだ候補から、ボンバは総当たりで日鍵を特定する。総当たりを試すものであるため、台数が増えれば増えるほど解読時間は短縮化し、解読確率が高まる。一方、大戦に備え、ドイツもエニグマを改良し、ボンバが必要な台数は増えていった。そして、資金も人員もポーランド独力では対応できなくなり、ドイツのポーランド侵攻、つまり、第2次世界大戦開始のおよそ1か月前、イギリスとフランスに今までの成果を提供する。


(もし、ポーランドが解読できていなければ、もしくは、ポーランドの解読の成果が渡しそびれていたら……)


 スチュアートはゾッとした。


(解読作業がおそらく2~3年は遅れていただろう。その被害は幾分のものだろうか)


 信号が変わり、タクシーは右折し、スチュアートは左側にあったポーランドの国旗を見えなくなるまでずっと見送っていた。

 スチュアートは、駅に着いたタクシーから降りると、ちょうどブレッチリーへ出発する列車に乗り込み、ロンドンを後にした。


【ポーランド亡命政府(ぽーらんどぼうめいせいふ)】

 ナチスドイツのポーランド侵攻後、ナチス・ドイツ及びソビエト連邦によるポーランド分割占領によって崩壊したポーランド第二共和国を引継いだ亡命政府です。ナチスドイツのポーランド占領後、数万人が亡命し、連合国側として戦いました。本部は、当初パリにありましたが、パリ陥落後は、フランス西部のアンジェに、そして、ロンドンに移転されました。戦後も、冷戦で東側であったポーランド人民共和国とは合流しませんでした。1990年、共産主義の崩壊、東欧革命に伴い、ポーランド人民共和国が消滅、ポーランド共和国が成立するとともに、亡命政府も合流しました。



【ハンス=ティロ・シュミット(はんす=てぃろ・しゅみっと)】

 第2次世界大戦前からフランスと通じていたドイツ人スパイです。彼は第1次世界大戦に参加した元軍人ですが、毒ガスによる後遺症のため、軍人を続けられず、事業も失敗して、彼の家族は貧乏で屈辱的な生活を強いられます。一方、同じく陸軍で第1次世界大戦に参加した兄ルドルフ・シュミットは軍で順調に出世し、エニグマの陸軍の使用承認も行いました。ハンス=ティロは、ルドルフに助けを求め、ベルリンの暗号局の仕事を紹介してもらいます。ベルリンは物価が高いため、ハンス=ティロは、家族と離れ、そこで一人で生活し、働きます。そのため、孤独感を感じ、軍を追い出した母国への怒り、兄ルドルフへの嫉妬、そして、金銭欲のためか、フランスにエニグマの日鍵などの重要情報を売ります。

 情報提供は、1931年からドイツがフランスに侵攻する1940年まで続きました。しかし、1943年4月に仲間の裏切りにより逮捕され、9月に自殺とみられる獄中死しました。ハンス=ティロは、助けてくれた兄を裏切る身勝手で嫉妬深くお金に強欲な、物語的には、所謂、「最低な」性格ですが、それにより世間一般の「悪役」ナチスドイツ敗北に大きく貢献したエニグマ解読が進んだというのは、筆者としてはなんか違和感を感じてしまうストーリーです。

 兄ルドルフは、最終的に陸軍の上級大将(2番目の階級、元帥の次)まで出世しましたが、弟の逮捕の時、ヒトラーと上層部への批判の手紙が見つかったため、更迭されました。戦後、ソ連に逮捕され、25年の懲役刑を受けるも、1955年に釈放され、1957年に70歳で死去しました。


【レイェフスキ達のエニグマ解読方法(れいぇふすきたちのえにぐまかいどくほうほう)】

 小説にも書きましたが、エニグマ解読はイタチごっこです。ポーランドのレイェフスキ達は、スパイのハンス=ティロ・シュミットの情報などにより、解読に成功しますが、ドイツ軍もエニグマやその運用方法を改良します。

 改良方法は、ローターの更新頻度を高めたり、ローターに可変の軸を加えたり、プラグボードの配線数を増やしたり、リフレクターを変更したりとシンプルですが、これらは組織内全てに適用しなければなりません。今だと、企業内でパスワードルールを強化したり、セキュリティ関連ソフトを更新するような感じでしょうか。やることは単純ですが、これはこれで費用と手間が掛かり、簡単そうではなさそうです。

 これらの対応のため、解読にはいろんな工夫がなされます。例えば、キーボード配列から鍵を予測したりします。今だと、パスワードのハッキングにQWERTYを試す感じでしょうか。あと、兵士は若いので、恋人の名前になりうる若い女性の名前なども使用されました。今の時代と同じように、使用者のセキュリティ意識は大切なようです。また、グリル法(プラグボードなどの設定を見つけ出す方法)、サイクロメーター(必要な組み合わせの導出機械)、カードカタログの導入と暗号解読方法を改良します。これらは、数学や運用上の弱点を使用し、日鍵やプラグなどの各設定を絞り込み、残りのブルートフォースアタック(総当たり攻撃)しないといけない面倒な所は機械を使用して解読を高速化するものです。今だと、ハッキング方法を工夫したり、セキュリティホールを突いたり、総当たり攻撃するプログラムを作ったりするような感じでしょうか。ドイツ側のエニグマの機器及び運用の改良といい、今のコンピューターセキュリティにも通じるイタチごっこのようです。


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